エピソード9(脚本)
〇山中の川
雨宮 ゆりか「どうしよう・・・」
雨宮ゆりかは焦った。
友達の日笠くんが溺れている。
雨宮 ゆりか「私のせいだ! 私がハンカチを風に飛ばされたから!」
雨宮 ゆりか「どうしよう、どうしよう!」
雨宮 ゆりか「警察、消防?」
スマホを取り出した瞬間、
自分は言葉がしゃべれないことを
思いだした。
いや、これまでに発音練習は
してきたから、多少はしゃべれる。
でも私はしゃべろうとすると
震えが止まらなくなる。
そして自分たちの状況も
この場所も伝えられない。
そうなった原因はわかっている。
小学校時代のいじめのせいだ。
〇教室
──7年前、小学校の教室
クラスメイト「カエルくんは手紙を待っていました」
男の子の唇が動く。
クラスメイト「でも、どれだけまっても 手紙は来ませんでした」
後ろの席の女の子も
すらすら唇を弾ませる。
国語の授業。
先生は教科書の文章を席順に
朗読させたのだ。
そしていよいよ私の番──
雨宮 ゆりか(7歳)「・・・」
書かれている文字は
「もう待ちくたびれたよ」
たった、これだけ。
だが、しゃべりたくない・・・
雨宮 ゆりか(7歳)「・・・」
国語教師「・・・」
私が黙っていると
先生は私の教科書の
読むべき文章を指さした。
順番を飛ばしてくれる気配はなかった。
私が黙ったこともあり、
クラスの中がしんとする。
クラス中の視線が私に集まる。
雨宮 ゆりか(7歳)「みょう まちくちゃ びゅれたよ (もう待ちくたびれたよ)」
私が意を決して読み上げると
クスクス、クスクス聞こえた。
実際に私の耳には届いてないが、
わかるのだ。みんな肩が震えている。
きっと私の発音は皆と違う。
でも自分がどんな発音をしたのかさえ、
私にはわからない。
それがとてつもなく
悔しくて、悔しかった──
〇教室
クラスメイト「みょう まちくちゃ びゅれたよ~」
クラスメイト「みょう まちくちゃ びゅれたよ~」
その日から男子たちが、
私のしゃべり方をまねした。
周りの男の子たちが
げらげら笑っているのが
唇から読めた。
雨宮 ゆりか(7歳)「きゃっ!」
クラスメイト「やべぇ! 雨宮に触っちまった!」
クラスメイト「おい! こっち来んな! 菌がうつるだろ!」
そして、辛かったのは
『菌回し』という遊びだ。
男子がわざと私にぶつかって来て、
当たった部分をふき取る。
それを友達に擦り付け、
鬼ごっこのように走り回る。
女の子たちは
男の子のように目につくいじめは
しなかった。
もっと冷酷に、
そして陰湿に私を無視した。
私一人をターゲットにすれば
自分が無視されなくて済むから。
2週間ごとにターゲットを決めて
無視をする遊びは、
私の番を最後に終わったようだ。
〇白いアパート
──雨宮ゆりかの自宅
家に帰れば、母が毎晩、
私に発音練習をさせた。
母の唇が言っている──
母「『きゃ』じゃなくて『か』!」
母「まじめにやりなさい!」
母「このままじゃ一生しゃべれないよ!」
発音練習をどれだけやったって、
私は笑われ、からかわれた。
クラスメイトにとって
私の発音など正しい正しくないの
問題ではない。
──面白いかつまらないかなのだ。
『皆と同じようにしなさい』と
育てられてきた子供たちにとって、
異質なしゃべり方をする私は
最高のターゲット。
母にも子供時代があったはずだから、
それくらいわかりそうなものなのに・・・。
結局、私のいじめは
私が小学校を卒業するまで続き、
母は私を私立の中学校に入学させた。