〇ファストフード店
神崎　ゆい「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
　　某ハンバーガーチェーン店にて
　　私はお決まりの台詞を言った。
ばあさん「魚の揚げ物が入ったハンバーガーと ポテトとアイスコーヒー」
　　客である老婆がだるそうな声で注文した。
　　魚の揚げ物のハンバーガーとは
　　バーガーフィッシュのことだろう。
　　カタカナのメニューが言えないのか
　　独特の表現で注文してくる高齢者は多い。
　　だったら手元のメニュー表を
　　指差してくれた方が
　　何倍も分かりやすい。
神崎　ゆい「バーガーフィッシュ、 ポテト、アイスコーヒーですね」
神崎　ゆい「ポテトとアイスコーヒーのサイズは いかがいたしましょう？」
ばあさん「一番小さいのでいいよ」
神崎　ゆい「それぞれSサイズですね。 お会計820円になります」
　　老婆は財布を取り出し、
　　指をペロッと舐めた。
　　唾で湿らせた指で
　　五千円札を差し出した。
神崎　ゆい「5000円、お預かり致します」
　　私は別に潔癖症というほどでもないが、
　　さすがに目の前で唾をつけられると
　　引いてしまう。
　　老婆が触ったところをさわらないように
　　五千円札を受け取り、お釣りを手渡した。
　　おつりの硬貨もきっと
　　どこかの老人の唾で汚れているだろうが、
　　諦めて触った。
　　後で手を洗おう。
神崎　ゆい「お品物の準備ができましたら、 番号でお呼び致します。 あちらでお待ち下さい」
神崎　ゆい「次にお並びのお客様、こちらへどうぞ」
　　次の客を呼んだそのとき、
　　男性客をさえぎり
　　一人の老人が割り込んできた。
じいさん「おい、あんた！ 俺は10分も前に注文したのに まだできてないのか！」
　　老人男性が大声を出して
　　私をにらみつけている。
　　私の記憶が確かなら、
　　この男性は先程の老婆の前の客、
　　つまり注文からまだ５分と
　　経っていないはずだ。
　　しかし、ここでバカ正直に
　　そのことを指摘しても
　　火に油を注ぐだけなことは
　　経験上知っている。
神崎　ゆい「申し訳ございません。 ただいまお昼時で 大変込み合っておりまして・・・」
じいさん「帰りのバスの時間があるんだ！ 早くしてくれ」
じいさん「それか家に届けてもらうことは できないのか？」
神崎　ゆい「申し訳ございません。 当店ではそういったサービスは 行っておりません」
じいさん「だったら早くしろ！」
じいさん「バスに乗り遅れたら、 タクシー代を出してもらうからな！」
　　まだ怒りがおさまっていない様子だが、
　　老人男性はもといた場所に戻っていった。
神崎　ゆい（助かった・・・）
　　去っていく老人男性を怪訝な目でみつつ、
　　次の客が私の前にやって来た。
サラリーマン「チキンエッグバーガーと ポテトとアイスコーヒーのLを お願いします」
　　注文を聞きつつ、
　　私は心の中で別のことを考えていた。

　　いったいいつからだろう。
　　こんなにクレームが増えたのは──
　　今の客ほどではないにしろ、
　　「早くしろ」、「あと何分かかるんだ」と
　　怒鳴られるのは日常茶飯事だ。
　　しかも、その大半が高齢者だった。
　　もちろん、本当に混んでいて
　　長時間お待たせすることもある。
　　ただ、若い人ならスマホをいじっているので、
　　たいしてクレームにはつながらない。
　　それに比べて老人は
　　やることがないのであろう、
　　５分も待てなくなっている。
　　腕時計と店員を
　　交互ににらんでくる年寄りが本当に多い。
　　私──神崎ゆいは16歳にして、
　　高齢者相手のサービス業に
　　疲れきっていた。