小林誠司の日常(脚本)
〇事務所
プルルルルルッ──ガチャッ
小林 誠司「はい。要弁護士事務所です。 はい・・・はい・・・分かりました。 ご連絡ありがとうございます。」
──ガチャ
小林 誠司「要先生。 例の後藤さんの依頼ですが、やはり養子縁組の方向で行くそうです。 明日の12時に電話連絡が欲しいでそうです。」
要 幸平「了解だよ。ありがとう。 後藤さん、遂に決断してくれたんだね。良かったよ」
小林 誠司「はい。 これが、おそらく彼らにとって最善だと思います。」
要 幸平「そうだね。 きっと苦労もされてるから、これが一番だよ。」
要 さよ子「後藤さんたちの件? そう、決めたのね。」
要 さよ子「親子なのに、悲しい話ね。 でも、仕方ないわね。それがきっと最善。幸平さん。しっかりと最後までお願いしますね。」
要 幸平「はい。お義母さん。」
要弁護士事務所。
ここは誠司の働いているバイト先である。
主に取り扱っているのは民事。個人と中小企業が多い。
要幸平は要さよ子の義理の息子だ。
婿と姑関係だが仲が良く、こうして一緒に仕事をしている。
小林 誠司「大先生。 大先生の仕事も、処理しておきました。 確認してください。」
要 さよ子「あら? ありがとう小林くん。」
大先生と呼ばれた要さよ子は、この事務所の所長である。
上坂 健太郎「確か、依頼人の後藤さん。 ゲイカップル・・・でしたっけ?」
小林 誠司「ええ、同性愛者ですね。 それゆえに親族との縁は切れています。 だからこそ、親族に資産はびた一文も渡したくないと──」
上坂健太郎。
彼も弁護士であり敏腕。事務所の主戦力である。
要 さよ子「難しい問題ね。 今、セクシャル関係はオープンになってきた方だけど、まだまだ差別は消えないから・・・」
上坂 健太郎「一昔前なら、病気扱いでしたからね。 後藤さんは、まさにその時代の人間でしかたから。」
小磯 朱里「最近、そっち関係の仕事も増えてきましたし、これからも増えていくんでしょうね。」
要 さよ子「そういう依頼もしっかりと対応できるようになりましょう。そんな人たちにとって弁護士は最後の砦だからね。」
小磯 朱里「ところで、小林くん。 私の方の資料はどうなった?」
小林 誠司「こちらです。」
小磯 朱里「ありがとう。本当に仕事ができるわね。」
小磯朱里。彼女もまた弁護士。
要事務所はこの4人で仕事をこなしている。
勤務人数は8人。その内、アルバイトは2人だ。
小林 誠司「私以外にも、太田さんがいますよ。 彼女の方が仕事ができます。」
太田 伊予「ね、ねぇ・・・それ皮肉じゃないよね?」
小林 誠司「私は事実を言ったまでです。」
太田 伊予「あうぅ・・・同じ事務員でも、こんなに差が出るの~ってくらいなのにぃ・・・私、正社員なのに~」
彼女は事務員での正社員。
太田伊代だ。
要 さよ子「あら? 大丈夫よ伊予ちゃん。 私の補佐ができるくらいなんだから。ね?」
太田 伊予「だ、大先生~ありがとうございますぅ」
要 幸平「でも、もし小林くんが事務所に就職したいなら、すぐにでもって感じだよ?」
上坂 健太郎「そうだね。 小林くんが来てから、俺も定時に帰れるようになったし、子供との時間も取れるようになった。感謝してるよ。」
要 幸平「ウチも奥さんが、あれ?仕事サボったの? って最初言われたくらいだよ」
要 さよ子「ウチの娘・・・そんなこと言ったの?」
要 幸平「いやいやいやいや、ジョークですよ!? 絵里ちゃんなりのジョークです!」
小林 誠司「有難い話ですが、現状予定はありません。 ただ、法律関係を学ぶのは考えています。」
小磯 朱里「そう言えば、高卒だったわね。 もの凄い仕事ができるし、法律の覚えも早いから、毎回勘違いしちゃうわ。」
小林 誠司(実際は、高卒どころか小学校すら行っていないのだがな・・・)
そこは魔王とその側近。魔法で色々イジったのだ。
小林 誠司(私という存在にとって、この状況こそ皮肉と言わざるを得ない。 存在が非合法なのだからな。)
小林 誠司(しかし、それも我が主。魔王様の為だ。 汚名や悪行など大したことではない。魔王様のお役に立って地獄に落ちるなら本望。)
そして、将来起業を計画する柾を弁護士という形で補佐できるのも、誠司にとっては大きな魅力だった。
上坂 健太郎「小磯先生。学歴差別に聞こえちゃうよ。それ」
小磯 朱里「そんなつもりはないけど、法律とか院生でも覚えるの難しいから、つい・・・」
小磯 朱里「ところで! 法学部の大学なら、I大をオススメよ。私の出身校!」
上坂 健太郎「I大か・・・母校が大好きだね。 良い事だけど・・・」
小磯 朱里「そりゃ、青春だったからね!」
和気あいあいな会話。
事務所のアットホームな雰囲気。
それを肌身で感じる誠司。
小林 誠司(なんともまぁ・・・平和な国だ。 日常でどんな事件が起こっているか興味本位でこの仕事を選んだが・・・)
小林 誠司(民が平和ボケするのも無理はない。 人の生き死にがこれほど遠い国が、存在するなど・・・魔王様が傾倒するのも頷ける。)
小林 誠司(我々は成し得なかった理想郷。その一つの姿・・・闇も苦労もある。 だが、それでも弱者や敗者を救い出せる余地のある国。)
小林 誠司(全く、我々の苦労は何だったのか・・・そう思わせる国だ。)
太田 伊予「そう言えば、最近この近くのお店がバズってるの知ってます?」
小磯 朱里「え? どこどこ?」
太田 伊予「ジュリコって店なんです! インフルエンサーが常連で、教えたくない店ってことで紹介したんですよ~」
要 さよ子「教えたくないのに教えちゃったの?」
上坂 健太郎「ま、まぁ、それは方便のような物でしょうね。・・・ははは」
小林 誠司(柾さまの勤務先ではないか!?)
小林 誠司(SNSでバズる。つまり、忙しい。 もしかすると、お疲れになって帰って来るかもしれん!)
小林 誠司(確か、柾さまのシフトは終わりまで・・・イカン! アルバイトを早く切り上げて精の付くお食事。そして風呂を用意せねば!)
太田 伊予「仕事が終わったら、みんなで行きませんか?明日はお休みですし! 誠司さんは勤務時間の後、少しだけ待ってもらいますけど──」
小林 誠司「申し訳ありません! 今日の時間は終わったので、これで上がらせてもらいます!」
太田 伊予「ええええええええええ!?」
要 さよ子「あら? 用事でもあるの?」
小林 誠司「はい。私の使命がございます。」
要 幸平「し、使命? なんだか凄い言い草だけど?」
小磯 朱里「な、何か相談できることある? ここ弁護士事務所だし・・・」
小林 誠司「ありがたい申し出ですが、これは私の成すべき事なので、それでは失礼します!」
誠司はものすごい勢いで退社した。
上坂 健太郎「な、成すべきことって・・・なんだが時代劇みたいな言い方だったけど・・・」
要 幸平「たまにだけど、小林くんは変な言い回しするよね。」
小磯 朱里「癖・・・なのかしらね? もしかした凄く良いところのお坊ちゃん・・・とか?」
上坂 健太郎「・・・彼ならあり得る。 ミステリアスを地でいってるしね。」
要 さよ子「まぁ、そこが良くて採用したんだけどね! イケメンだし、目の保養になるでしょ?」
要 幸平(お義母さん、意外と面食いなんだよなぁ~ 若いアイドルとか好きだし・・・)
小磯 朱里(くっそ! 分かる!! マジでイケメンだから目の保養にしかならん!)
太田 伊予(わ、私は苦手だな~。 というか私・・・嫌われたりしないよね?)
その時、突然事務所の扉が開いた。
戸田 夏江「は~い!皆さん!普段着でごめんねぇ! 今日は誠司くん来てるよねぇ!? たまたま近くに通ったんで会いに来たよぉ!」
小磯 朱里「今さっき帰りましたよ。ナツさん。」
戸田 夏江「くそ! 逃げられたか!? 私の若いツバメ! 目の保養!」
正社員の事務員で、古株の戸田夏江は悔しそうに頭を抱える。
要 幸平(・・・イケメンなりの苦労もあるんだろうなぁ。)
上坂 健太郎「とりあえず、仕事終わらせましょうか? ・・・ははは。あと若い燕はやめましょうね?」