君の瞳は100万ポンド

結丸

彫り師と少女(脚本)

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結丸

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〇古風な和室
  その日は、朝から雨だった。
男「ったく、鬱陶しい天気だなぁ」
氷見 怜士「そっすねぇ」
  客の背中には氷見の手によって彫られた
  見事な鯉がある。
男「はぁ・・・」
氷見 怜士「ハハ、そんなに雨が嫌いなんすか」
男「いや・・・ ちょっと面倒なヤマを担当することに なっちまってよ」
氷見 怜士「面倒なヤマ?」
男「ああ。 ったく、お偉いさん方の考えてることは 分かんねえよ」
男「JK捕まえて来いとか──」
氷見 怜士「JK?」
男「っと、なんでもねぇよ」
男「それより、今日で完成なんだよな? 俺の鯉」
氷見 怜士「ええ、ご指定の文字を入れたら最期です」
男「ようやくだな。 まぁ、手彫りだから時間がかかるのは 覚悟してたけどよ」
氷見 怜士「・・・」

〇古風な和室
  ──2時間後
氷見 怜士「お疲れ様でした」
男「おう」
氷見 怜士「・・・」
男「? 何だよ、じーっと見て」
氷見 怜士「や、毎回忘れるんですよね。 制服着るまで警察だってこと」
男「ははっ、何だそれ。 もう行くぜ?」
氷見 怜士「あ、ちょっと待って」
男「今度は何──」
  客の言葉を待たないうちに、氷見は掌から
  取り出した針を客の首に突き刺した。
男「っは・・・!?」
氷見 怜士「“最期”つったでしょ?」
  客は口をパクパクと開いて──
  そのまま畳の上に倒れた。
氷見 怜士「あんた、鯉になっちまったな。 まぁ死にはしねぇから安心し──」
???「氷見さーん? ご飯できたよー」
氷見 怜士「あ・・・ ああ、すぐ行くー!」
  氷見は素早く客の身体を探った。
氷見 怜士「・・・予感的中」
  客の胸ポケットから現れた写真に、
  氷見は表情を曇らせた。

〇実家の居間
???「ごめんね、まだ仕事中って知らなくて・・・ フツーに呼んじゃった」
氷見 怜士「いや、仕事は── 済んだ後だったから」
氷見 怜士「・・・なぁ、天音」
  スリッパの軽快な足音と共に、
  キッチンから少女が顔を出した。
西園寺 天音「んー?」
  氷見は客が持っていた写真を天音に見せた。
西園寺 天音「私の写真・・・?」
氷見 怜士「ウチの客が持ってた」
西園寺 天音「お客さんが? な、なんで・・・」
氷見 怜士「分からない。 でも、客は天音がココにいることを知らない みたいだった」
西園寺 天音「そう・・・ でも、お客さんだったらまた来るんだよね?」
氷見 怜士「いや、その客は・・・ もう終わったから来ない」
西園寺 天音「あ、刺青完成したんだ」
氷見 怜士「・・・ああ」
西園寺 天音「でも、だからって来ないとは限らないんじゃ ないの? たくさん彫る人だっているし」
氷見 怜士「いや、そいつはもう── っていうか、問題はそこじゃない」
西園寺 天音「えっ? どういうこと?」
氷見 怜士「その客・・・警察なんだ」
西園寺 天音「け、警察!? そんな・・・じゃあ、警察も私のことを?」
氷見 怜士「追ってる、って考えていいかもな」
西園寺 天音「そんな・・・ ど、どうしよう・・・」
  天音は肩を震わせた。
  目にはうっすらと涙を浮かべている。
氷見 怜士「なぁ」
西園寺 天音「・・・何?」
氷見 怜士「腹減ったんだけど・・・ 晩メシ、もう食っていいか?」
西園寺 天音「・・・はい?」
氷見 怜士「ほら、昼メシ食いそびれたから 腹減りまくりでさぁ」
西園寺 天音「で、でも今はそれどころじゃ──」
氷見 怜士「俺にとっちゃ晩メシ以下ってこと」
西園寺 天音「氷見さん・・・」
氷見 怜士「お前には俺がいるだろ」
西園寺 天音「・・・うん」
氷見 怜士「よし。 じゃ、いただきま──」
西園寺 天音「っていうか、いつまでそんなふざけた格好のままなの? 早く着替えてきてよ」
氷見 怜士「ふざけた格好って・・・ これはお客さんの気持ちを和らげるために わざと着てる作業着だって言ったろ?」
西園寺 天音「はいはい。 ほら、さっさと部屋着に着替えてきて」
氷見 怜士「わ、分かったよ・・・着替えてくる」
西園寺 天音「・・・」
西園寺 天音「ありがと、氷見さん」

〇古いアパートの部屋
氷見 怜士「ふぅ・・・」
  氷見は作業着を脱ぎ、部屋着に袖を通した。
氷見 怜士(ま、ハナから警察はアテにしてなかった けど・・・ 相手にするとなると少し厄介だな)
  氷見は壁にかかっているカレンダーを
  めくった。
氷見 怜士「あれから半年か・・・ そういえば、あの日も雨だったな」

〇平屋の一戸建て
  ──半年前
氷見 怜士「あーあ・・・ 洗濯物、洗い直さなきゃな」
  氷見がびしょ濡れになった洗濯物を取り込んでいると、家の前に一台の車が停まった。
氷見 怜士(ん? 今日の予約はもうないはずだけど・・・)
西園寺 丞「・・・ここか」
氷見 怜士「・・・!」
氷見 怜士「さ・・・西園寺先生!?」
西園寺 丞「氷見・・・元気そうだな。 相変わらず珍妙な格好だが」
氷見 怜士「な、なんで──」
西園寺 丞「なぜ、とは? お前が美大卒業後に彫り師になったことを 私が知っていることか?」
西園寺 丞「それとも、両親が遺した家で仕事を始めた ことか?」
氷見 怜士「り・・・両方です」
西園寺 丞「ふっ、まぁいい。 とにかく今日はお前に頼があって来たんだ」
氷見 怜士「俺に・・・頼み?」

〇実家の居間
氷見 怜士「あの、お茶を・・・」
西園寺 丞「いや、結構。 こちらの用件を済ませたい」
氷見 怜士「はぁ・・・ では、頼みというのは?」
西園寺 丞「私の孫娘、天音をお前に預かってもらいたい」
氷見 怜士「えっ? いやあの、俺こんな格好してますけど 保育士じゃ──」
西園寺 丞「それは分かっとる! 私の薦めを蹴って彫り師になったんだからな」
西園寺 丞「いくつかギャラリーにもお前の絵を紹介して やったのに・・・」
氷見 怜士「そ、その節は大変ご迷惑をおかけして・・・ でも俺は人間の身体に絵を描きたくなった っていうか・・・」
西園寺 丞「その件はもういい。 とにかく、私の“預かってくれ”というのは お前の腕を見込んでのことだ」
氷見 怜士「えっ?」
西園寺 丞「お前、彫り師の他に・・・ ”片付け屋”もやってるんだろう?」
氷見 怜士「・・・なんだ。 そっちの家業もご存じでしたか」
西園寺 丞「殺さずに人間を破壊する・・・ 不殺の片付け屋、だったかな」
氷見 怜士「・・・周りが勝手に言ってるだけです」
西園寺 丞「とにかく、お前のその腕を見込んで 孫娘を預かってもらいたい」
西園寺 丞「天音を・・・ 守ってほしいんだ」
氷見 怜士「・・・君は、それでいいの?」
  氷見が声をかけると、それまで西園寺の隣で
  無言を貫いていた少女が口を開いた。
西園寺 天音「はい。 西園寺家を守るためにも・・・ おじいさまの指示に従います」
氷見 怜士「・・・そう」
西園寺 丞「この依頼・・・受けてくれるか?」
氷見 怜士「・・・分かりました」
西園寺 丞「ありがとう・・・これで何も悔いはない」

〇古いアパートの部屋
氷見 怜士(その直後、先生は不慮の事故で亡くなった。 西園寺家の連中は遺産相続を巡って大モメだ)
氷見 怜士(なんせ資産の中でも百数億の価値がある 美術品や骨董品を格納した宝物庫の“鍵”が 見つかってないんだからな・・・)
  考え込んでいる氷見の背後で襖が開いた。
西園寺 天音「遅い! 冷めちゃうじゃない」
氷見 怜士「お、おい! いきなり開けるなっていつも言ってるだろ」
西園寺 天音「何よ、慌てて。 まさか変なことしてたんじゃないでしょうね」
氷見 怜士「バカなこと言ってんじゃねぇよ。 ちょっと考え事してただけだ」
西園寺 天音「早く降りて来てよ。 せっかくハンバーグが上手く出来たんだから」
氷見 怜士「はいはい・・・」
  そう言い放ち、天音は部屋を出ていった。
氷見 怜士「まったく・・・」
氷見 怜士「ここの生活に慣れたのはいいけど、 口うるさいのはどうにも──」
西音寺天音の声「きゃー!!」
氷見 怜士「天音!?」
  続く

次のエピソード:さぁ、どうする?

コメント

  • そもそも警察官がなぜ刺青を入れるのか、その設定から惹かれました。そして画家として活躍できた身でありながらも彫師という肩書を選び、又針一本で人を静止させる技をもつ主人公。興味深い謎祭りで続きが待ち遠しいです。

  • クールな氷見さんのちぐはぐな格好がツボでした!(これも何か意味があるんですかね?)こんな裏稼業をしているのに、天音ちゃんに対して垣間見える優しさに拭えぬ悪い人じゃない感。
    天音ちゃんの抱えるもの、氷見さんはなぜ2つの稼業をしているのか、そして天音ちゃんの悲鳴の先は?恩師の事故は本当に事故だったのか…(深読みしすぎですかね?)
    警察まで敵に回すなんて……続きが気になります!

  • ドラマティックな設定と展開で、読んでいてどんどん引き込まれていきました。ストーリーが動き出すヒキで、次話の展開も楽しみです。

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