真っ暗闇の死神(脚本)
〇黒
この物語の登場人物は四人
繰り返す
この物語の登場人物は四人
シンバルのイッチ
シンバルのイッチ「よろしく!」
アコーディオンのニィニ
アコーディオンのニィニ「どうも!」
太鼓のサンクス
太鼓のサンクス「お任せ!」
ラッパのシリー
ラッパのシリー「ドンとこい!」
彼らは十九世紀
ドイツの町を練り歩くカルテット
町から町へ移る際
近道として
岩山の洞窟に入ったのが運の尽き
中ほどまで進んだところで
落盤事故が発生!
出入口を塞がれ
四人もろとも生き埋めになってしまった
シンバルのイッチ「お~い! 皆無事かぁ!?」
「あぁ!!」
シンバルのイッチ「ハモッちゃわからん」
シンバルのイッチ「いまから点呼をとる!」
シンバルのイッチ「俺から順に、番号を読み上げるんだ! いくぞ!!」
シンバルのイッチ「一!」
アコーディオンのニィニ「二!」
太鼓のサンクス「三!」
ラッパのシリー「四!」
???「五!」
「ん!?」
シンバルのイッチ「き、気のせいか?」
シンバルのイッチ「もう一度いくぞ!」
シンバルのイッチ「一!」
アコーディオンのニィニ「二!」
太鼓のサンクス「三!」
ラッパのシリー「四!」
???「五!」
シンバルのイッチ「誰だァ ふざけとるのはーッ!!」
アコーディオンのニィニ「誰だか知らんが こんな状況でよく冗談が言えるな」
太鼓のサンクス「まったくだ とてもじゃないがついていけん」
ラッパのシリー「おい皆、なにを騒いでるんだ?」
シンバルのイッチ「誰だ? 誰かいるのか!?」
ラッパのシリー「おいイッチ、いったいどうしたんだよ?」
アコーディオンのニィニ「今の笑い声、女の子みたいだったぞ」
ラッパのシリー「なぁニィニ!」
太鼓のサンクス「もしかしたら 本当に俺たち以外に誰かいるのかも」
ラッパのシリー「サンクスも!」
シンバルのイッチ「ちょっと待て 整理させてくれ!」
シンバルのイッチ「俺たちが洞窟に入ったとき 他に誰か見たか?」
アコーディオンのニィニ「いや、見てない」
太鼓のサンクス「俺たちだけだったぞ」
ラッパのシリー「お前ら、いい加減にしろ!」
ラッパのシリー「さっきから いるとかいないとか いったいなんの話をしてるんだよ?」
太鼓のサンクス「おいシリー、おちつけ」
アコーディオンのニィニ「五人目を名乗ったり クスクス笑う女の声が聞こえたろーが!」
ラッパのシリー「それがわからないって言ってるんだよ!」
ラッパのシリー「そんな声、俺は聞いてない」
シンバルのイッチ「そんなハズないだろう?」
ラッパのシリー「ウソじゃない 俺は声なんか聞いていない!」
太鼓のサンクス「わかったわかった、おちつけって!」
太鼓のサンクス「お前は声を聞いてない、そうだな?」
ラッパのシリー「あぁ!」
アコーディオンのニィニ「わかったよシリー しかし話は続けさせてもらうぞ」
アコーディオンのニィニ「仮に五人目がいるとするなら 出口から──」
アコーディオンのニィニ「つまり 俺たちとは反対側の入口から 入ったことになるな」
シンバルのイッチ「試しに呼んでみるか」
シンバルのイッチ「お~い! 誰かいませんか~!?」
「お~~~~い!!!!」
シンバルのイッチ「ダメだ、返事がない」
太鼓のサンクス「ケガかなんかして、声を出せない 状況にあるのかも・・・・・・」
ラッパのシリー「そんな女 はじめからいないんじゃないのか?」
アコーディオンのニィニ「おい、よせよシリー」
シンバルのイッチ「まぁいいだろう 女のことはひとまず保留にしよう」
シンバルのイッチ「問題は 我々がいかにしてここを抜け出すかだ」
シンバルのイッチ「幸い、皆ケガはなさそうだが 楽器の方は大丈夫か?」
アコーディオンのニィニ「そうだった! 大事な商売道具!!」
アコーディオンのニィニ「無事なようだ」
太鼓のサンクス「俺のカワユイ太鼓ちゃんは・・・・・・」
太鼓のサンクス「ウム、問題ない!」
ラッパのシリー「俺のラッパも平気だ」
シンバルのイッチ「ふふ、俺様のシンバルも まだまだ現役でござい!」
「おいイッチ、かんべんしてくれよォ~!!」
シンバルのイッチ「いやぁスマンスマン ここの音響効果を試してみたくなったんだ」
「ははははははははは!!!!」
シンバルのイッチ「お、おい皆、聞こえるか?」
アコーディオンのニィニ「あ、あぁ、聞こえる」
太鼓のサンクス「これは・・・・・・口笛の音だ・・・・・・」
ラッパのシリー「おいおいまたかよ 皆して俺を からかってるんじゃねーだろうなぁ?」
アコーディオンのニィニ「シリーはここを出たら まず耳鼻科へ行くんだな」
シンバルのイッチ「とにかく これでハッキリした この洞窟にはまだ見ぬ五人目がいる」
太鼓のサンクス「アジなマネしゃーがる さっき呼んだ時は返事をしなかったのに」
シンバルのイッチ「それにしてもこの曲、なかなかイケてるな」
アコーディオンのニィニ「イッチもそう思うか? 実は俺も──」
太鼓のサンクス「なんかこう、ノリがいいというかさ 聞いてて元気になるよな」
ラッパのシリー「あー・・・・・・ どなたか難聴の私めに 解説していただけませんでしょうかねぇ」
シンバルのイッチ「いいだろうシリー シンバルでいうと、盛り上がる タイミングは・・・・・・ココだ!」
ラッパのシリー「うわっ! なんだまたかよ!?」
アコーディオンのニィニ「アコーディオンで伴奏するとこう!」
太鼓のサンクス「太鼓でリズムをつけるとこうだ!」
イッチ、ニィニ、サンクスは
口笛の音に合わせて演奏をはじめた
口笛が聞こえぬシリーも
音楽魂に火がついたのか──
付け焼き刃でラッパを吹いた
四人とも、メロディに聞き覚えはない
東洋音楽とも西洋音楽ともつかぬ
エキゾチックな新鮮味があった
一通り演奏しきった四人は
かつてない高揚感を覚えた
シンバルのイッチ「ブラボー!」
アコーディオンのニィニ「なかなかいいんでない?」
太鼓のサンクス「俺たちのグループで使いたい位だ」
ラッパのシリー「まぁたしかに悪くないな」
???「ふふふ、おそれいります」
シンバルのイッチ「しゃ、しゃべった!」
アコーディオンのニィニ「しゃべったぞ!!」
太鼓のサンクス「どうだシリー? さすがに今のは聞こえたろう!?」
ラッパのシリー「いやダメだ、聞こえん」
アコーディオンのニィニ「えぇい! 貴様の耳はホラ穴か!?」
???「皆さんとなら もっとステキな音楽を演奏できそう」
シンバルのイッチ「お、おいウソだろ? アレよりもっといい音楽を・・・・・・」
アコーディオンのニィニ「素晴らしい!」
太鼓のサンクス「真っ暗闇のお嬢さん アナタはいったい何者なのです?」
???「私は──」
ラッパのシリー「おい、どうだ 女はなんて言ってる?」
アコーディオンのニィニ「くっ、コイツまた 会話の邪魔を・・・・・・」
太鼓のサンクス「真っ暗闇のお嬢さん シリーのことは放っといて 名前を教えて下さいな」
???「私は──」
ラッパのシリー「待てってばさ!」
アコーディオンのニィニ「おいシリー! てめぇワザとやってんだろ!?」
シンバルのイッチ「やめろニィニ!」
シンバルのイッチ「シリーももうしゃべるな!」
ラッパのシリー「いんやイッチ、しゃべらせてもらう」
ラッパのシリー「おかしいと思ってたんだ」
ラッパのシリー「仲間や楽器の音は聞こえるのに 女の声だけ聞こえないなんて」
ラッパのシリー「皆の言うように、最初は俺の耳が どうかしちまったのかと思った」
ラッパのシリー「でも、もし逆だったとしたらどうだろう?」
ラッパのシリー「はじめから女などいず あたかも五人目がいるような 錯覚が引き起こされているのだとしたら」
アコーディオンのニィニ「誰かが五人目を騙っているというのか?」
ラッパのシリー「いや 口笛の主旋律ナシに 四人で演奏するのは難しい」
ラッパのシリー「騙りじゃない」
シンバルのイッチ「じゃあなんなんだ? シリー以外 全員魔術にでもかかってしまったのか?」
ラッパのシリー「集団催眠って手がある ある特殊な環境で 複数人が同じ幻覚を見たり聞いたりする」
ラッパのシリー「暗く、狭い場所に閉じ込められた不安と──」
ラッパのシリー「助けが来ず 最悪の状態に陥るかもしれない絶望」
ラッパのシリー「これらの要素が折り重なって 五人目の女という架空の存在が生まれた」
ラッパのシリー「気が狂わんばかりの四人の恐怖を 五等分するために──」
太鼓のサンクス「シリー お前は怪奇小説の読みすぎだよ」
シンバルのイッチ「いや、そうとも言いきれんぞ」
シンバルのイッチ「我々は音楽家だ 伝統的な音楽はもとより 常に新規性を探し求めている」
シンバルのイッチ「この異常ともいえる環境下で 普段使わぬ第六感が研ぎ澄まされ 規格外のインスピレーションを授かった」
シンバルのイッチ「あの女は 我々の知的探究心の集合体なのだ」
アコーディオンのニィニ「なるほど それならシリーが 催眠にかからなかった説明がつく!」
アコーディオンのニィニ「シリーの音楽活動が怠惰だったんだ」
ラッパのシリー「ニィニてめぇ表出ろや!!」
アコーディオンのニィニ「出れるモンならとっくに出てらぁ!!」
シンバルのイッチ「やめろよ二人とも!」
太鼓のサンクス「どぅどぅどぅ!」
四人はそれっきり黙りこんでしまった
これ以上険悪にならぬため
また、酸素のムダ遣いをしないため
――あれから何時間たったろう?
酸素はみるみる薄くなり
一人倒れ、二人倒れ──
三人倒れ、四人倒れた
黒々とした真っ黒な漆黒
まるで宇宙という巨大生物の胃袋の中で
消化されるような心持ちである
一筋の光さえ通さぬ暗黒の中で
優雅な口笛の旋律
天使の子守唄か?
悪魔の鎮魂歌か?
あぁ奇々怪々!
イッチ、ニィニ、サンクスの三名が
突如起き上がり、口笛に導かれるように
列をなして暗闇を行進していった
ただ一人、シリーを置いて
やがて──
おぅい!
人だ、人が倒れてるぞぉー!!
カルテットが行方不明と聞き
捜索隊が救助にきた
四人が洞窟を通るのは周知の事実
落盤で道が塞がってしまったのだと
目星がついたのだ
発見されたのは虫の息のシリーのみ
あとの三人は行方不明
〇美しい草原
シリーが発見された晩
草原に住む人々が、奇妙な光景を見た
楽器を演奏しながら
千鳥足で草原を行進する
三つのシルエット
夕陽に照らされ判然としないが
特徴が行方不明となった
カルテットによく似ていた
影は三つだけだが
最高齢の老婆だけは
四つあったと証言した
「先頭にお嬢さんがいて
軽やかに口笛を吹いていた」と
一週間後
証言者の老婆は天寿を全うされた
十九世紀ドイツ
ハーメルンでの出来事である
まさに近代の「ハーメルンの笛吹き」ですね!キャラクターのビジュアルを出さないことによって暗闇の雰囲気も増し、キャラクター自体もセリフから想起させられました!