死神珍奇譚

射貫 心蔵

お隣さんの死神(脚本)

死神珍奇譚

射貫 心蔵

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〇牢獄
  入れ!
周齋「ヒャッ!」
  ガラガラピシャン!
  牢獄の門は閉められた
  女は無実の罪で
  死刑判決を下されてしまった
周齋「うぅ」
周齋(ついに私も年貢の納め時か)
周齋(もう三人の娘と二人の息子に 会うことも敵わないんだわ・・・・・・)
周齋(子供たちよ しょうもないお母さんを許しておくれ!)
  かの国の死刑執行は
  目まぐるしいスピードで行われる
  早くて即日、遅くて一週間
  まるで繰り返しすべり台で遊ぶ
  子供たちのような回転率
周齋(壁から口笛の音がする)
周齋(隣の囚人が吹いているんだわ)
周齋(なんて呑気なメロディだろう まるで処刑されるのを 屁とも思っていないような──)
  いよぉ~お隣さん! 調子はどうだい!?
周齋(しゃべった!?)
  悲しい泣き声が聞こえるから
  話しかけたんだ
  お邪魔だったかな?
周齋「いえそんな ただ今は、そっとしていただけませんか?」
  OKわかった
  だけどあんまし気に病んじゃいけないよ?
  処刑を待つ時間は、気が遠くなるほど長い
  一日千秋とはよく言ったもんさ
  人によっては恐怖に耐えきれず
  処刑台に立つ前に、頭が極楽へいっちまう
  口笛吹いても?
周齋「・・・・・・」
  愚問だったな
  寂しくなったら
  いつでも声をかけてくれ
周齋「どうもご親切に」
周齋(とんだおしゃべりが隣になってしまったわ)

〇牢獄
  六時間経過
周齋「ヒック! ヒック!」
周齋「私のせいで子供が不幸に──」
  ふぁ~あ、よく寝た
  やぁお隣さん、いい天気だね!
  もっとも
  窓がないと昼か夜かもわからんが
  希望を持ちさえすりゃ
  どこでだって楽しくやれるさ
  アンタ、齋さんだろう?
  周さんトコのカミさんの
周齋「なぜそれを?」
  声聞きゃわかるさ
  俺はアンタと同郷
  直接話したことはないが
  結構近所に住んでたんだぜ?
  今だから言うけど
  俺はアンタのファンだった
  アンタは親切で、皆から慕われていたね
  前に一度
  坂道から転がり落ちたリンゴを
  拾ってくれたことがある
  覚えてるかい?
周齋「いえ」
  ハハッ、だろうな
  気にしないでくれよ
  俺が一方的に憧れてただけなんだから

〇カラフルな宇宙空間
  アンタのダンナ、周さんも立派な人だった
  政治家といやぁ私腹を肥やす
  小悪党ばかりだが、彼は違う
  正真正銘、弱者の味方だ
  高給官僚の給料をカットして
  恵まれない人々への支援に回し──
  私財を投じて
  学校や医療施設をおっ建てる
  無法者が社会復帰できるよう
  再教育機関まで開いた
  不運にも
  正義を貫く余り、利己主義者どもの
  反感を買ってしまい、ポアされちまった
  惜しい人を亡くしたよ

〇牢獄
  お子さんは五人だったか
  娘が三人、息子が二人──
周齋「我が家の内情に詳しいんですのね」
  事情通でね
  頼もしい父親
  優しい母親
  かわいい子供たち
  俺ァ昔から、暖かい家庭に憧れていたんだ
  とくに子供は
  見てるコッチも元気をもらえる
周齋「アナタ、家族は?」
  いねぇよ、ひとり者だ
  家族どころか名前もねぇ
周齋「名前はあるでしょう?」
  ねぇんだ
  どうやらコウノトリが俺を運ぶ時──
  名札をつけ忘れたらしい
周齋「ふふっ」
  お、笑ったね? そうこなくっちゃ!
周齋「アナタと話していると クヨクヨ悩むのがバカらしくなっちゃった」
  それでいいんだ、それで
  いつ何時も
  希望の光を絶やしちゃいけねぇよ?
周齋「アナタはなぜ、この牢獄に?」
  アンタとおしゃべりするため
  ――というのはキザすぎるかな
  ちょいとその、殺生をさ
周齋「まぁ」
  処刑されれば
  罪悪感ともオサラバできるだろうが──
  無理な相談だ
  俺の両手は
  いくら洗っても血が落ちねぇ
  然るに罪も消えねぇ
  背負うしかねぇ
周齋「かわいそうに」
  気にしねぇでくれ。そーゆー商売だ
  誰にも気づかれることなく天地へ導き
  誰にも気づかれることなく消えていく
  日陰者にゃピッタリさ
周齋「アナタがうらやましいわ」
周齋「私には家族がいる。愛する子供たちが」
周齋「母親が死刑囚だなんて 生き恥をさらすようなものだわ!」
周齋「世間からは白い目で見られ──」
周齋「預け先からは忌み子として嫌われる」
周齋「あの子たちにはなんの罪もないというのに 余計な苦労を背負わせてしまった」
  差し支えなければ
  なにをしたのか聞かせてくれないか?
周齋「・・・・・・」

〇黒背景
  亡き夫の友人に、亭迷という大臣がいたの
  ――で、彼がその一人息子
  頭悪そうだな、オイ

〇中華風の通り
  夫が亡くなった途端
  彼はしつこくすりよってきた
ドラ息子「独り身じゃ寂しかろう 俺が慰めてやんよ、ヒャッハー☆」
  タマ蹴飛ばしたれ
  「ガキなら親父に頼んで面倒見てやるよ」
  彼はそう話を持ちかけた
  夫の財産は
  ほとんど慈善事業に費やしてしまったし──
  私一人の収入では
  五人の子供を養うのに限界があった
  そこで──
周齋「デートぐらいなら」
  もちろん
  貞節は守るつもりだったわ!
  彼の馬車に乗り
  われわれは都へ出向いた
  道中
  老婆をハネた!
  その場で処置すれば
  助けられたかもしれないのに
  あろうことか彼は遁走してしまった!
  老婆! 老婆はどうなった!?
  ダメだった、内臓破裂よ

〇黒背景
  警察の調べによると──
  馬車の運転をしていた周齋は
  同乗する某の制止を聞かずに
  馬車の速度を上げ、老婆を死に至らしめた
  ――つまり登場人物が
  そっくりそのまま
  入れ替わってしまったって訳
  ヒデェ話だ
  私は口を酸っぱくして
  無実を訴えたけれど
  誰も相手にしてくれなかった・・・・・・
  はじめから勝負はついていたのよ
  頼みの綱は亭迷大臣!
  彼は息子と違い、分別あるお方
  きっと誤解を解いて下さるハズ!!
  ところが──
亭迷「すまない齋さん ・・・・・・すまない」
  大臣とて人の親
  かわいい子のためなら、鬼にも悪魔にもなる
  そこは仁義を通せよ
  自身の名声にキズがつくのをおそれたのよ
  私も彼の立場なら
  やはり同じことをしたかも

〇牢獄
  いや奥さん
  かけてもいいが、アンタはそんなことしない
  アンタは・・・・・・
  アナタは誇り高いお人だ
  汚い大臣親子とは違う
周齋「どうかしら? 人間、いつ悪役に転ずるかわからないわ」
  たしかに
  でも齋さん
  皆はアナタの潔白を信じている
  アナタの日々の親切が
  真実のものであると、誰もが知っている
  町の人々はもちろん
  子供たちも、その里親も・・・・・・
周齋「気休めなんか聞きたくないわ」
  気休めなものか
  子供を引き取ってくれた里親夫婦は
  彼らにこう言い聞かせている
  お父さんは正義のために生き
  お母さんは人徳を尽くした
  君たちの両親は、われわれの光明だったと
  事情通のいうことを信じなさい
周齋「アナタ、いい人ね」
  アンタにゃ負けるさ

〇山中の坂道
  あの時──
  坂道からリンゴが転がり落ちた時──
  アナタはリンゴを拾って──
  笑いかけてくれましたね
  私は──
  それが嬉しかった
息子「ねぇお母さん」
娘「だれと話してたの?」
娘「今日のご飯なーに?」
息子「ぼくラーメン食べたい!」
娘「私、焼豚!」

〇牢獄
  ありがとう
周齋(リンゴを拾っただけで こんなに感動するなんて、変わった人ね)
  つまり何が言いたいかというと
  誰もアナタを責めちゃいないってことだ
  胸を張るんだ、齋さん
  子供を不幸にしたなんて
  泣いちゃいけない
  子供たちはアナタを誇りに思ってるよ
周齋「・・・・・・」
周齋「しばらくの間、声を出して泣くけど 笑わないでちょうだいね?」
  いいとも
  耳をふさいでいよう
  齋夫人は延々泣きつづけた
  盛大な泣きっぷりだったにも関わらず
  彼女を咎める囚人は、一人もいなかった

〇牢獄
  やがて夜が明け、牢獄の門が開かれた
兵士「周さん、時間です」
周齋「・・・・・・」
兵士「私は少年時代 アナタにお世話になった者です」
兵士「こんな結果になってしまって 残念に思います」
周齋「ありがとう、気を使ってくれて」
周齋「お隣さんは?」
兵士「お隣さん?」
周齋「隣部屋の囚人はどうなりました?」
周齋「ホラ、よく口笛を吹いてた」
周齋「あの方にはずいぶん元気づけられたわ 一言お礼をと思いまして」
兵士「隣の牢はずっと空き部屋ですが」
周齋「そんなハズないわ! 私、昨日ずっとあの人と──」
  誰にも気づかれることなく天地へ導き
  誰にも気づかれることなく消えていく
周齋「・・・・・・」
周齋「行きましょう」
兵士「はい!」
  処刑される刹那
  彼女は悲しげに響く口笛を聞いた

次のエピソード:成敗された死神

コメント

  • やっぱりお隣さんは死神さんでしたか!無実の罪を覆すことはできませんでしたが、高潔な心でいられるように導く様で。悲しくも心がスッとする物語ですね。

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