死神珍奇譚

射貫 心蔵

赤い瞳の死神(脚本)

死神珍奇譚

射貫 心蔵

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死神珍奇譚
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〇外国の田舎町
  十九世紀・霧の都ロンドン

〇島国の部屋
  ここに、一人の男がいる
  銀行強盗? 違う違う!
  彼は絵描きだ。それもスゴ腕の
  こと美人画を描かせれば
  右に出る者はいないといわれる大画家
  レモン・ライム
  なぜ目出し帽を被ってるかって?
  これはその・・・・・・なんだ
  世の中
  見目麗しい美男美女がいれば──
  正視に絶えない醜男醜女もいる
  頼む、察してくれ
  素顔がちょっと・・・・・・アレなんだよ
  悪かった!
  ゴメン! ゴメンって!!
  絵の話をしよう

〇幻想2
  彼の絵は奇跡だ!
  ブスを美女に
  美女を天女に昇華させる筆力を持つ
マダム「ちょっと、それどういう意味!?」
  失礼、マダム
  とにかく──
  彼の手にかかれば
  いかなるガールも絶世のレディに早変わり
  ライムの名声はとどまるところを知らず──
  貴族・王族までもが彼の執筆を待ち望み
  長ぁ~~~い行列に加わるほど

〇島国の部屋
  順風満帆じゃないの、ライム先生
レモン・ライム「そう見えるかね?」
  テメーバーロー
  俺の女難の相を知らんのか?
  奴ら俺を都合のいい絵描きマシーン
  にしか思っちゃいねーよ!
  絵が手に入りゃもう用済み
  ゼニコを払って
  ハイ! サヨナラよ
  淑女の皆さんは
  醜い化物とは
  付き合いたくねぇとさ
  女なんか
  女なんか
  女なんか
  女なんか
  女なんか
  女なんか
  女なんか
  女なんか
  女なんか
  女――
  ゴホッ! ゲホッ!
  風邪かい? ライム先生
  君は疲れている
  たっぷり眠って鋭気を養うがいい

〇外国の田舎町
  おやすみ、いい夢を──

〇外国の田舎町

〇島国の部屋
  コンコン
  ・・・・・・
レモン・ライム「なな、なんだァ!? ゴホッ、ゴホ!」
レモン・ライム「どちら様ァ!?」
  夜分遅くに失礼します
  高名なるレモン・ライム先生に
  素晴らしい絵を描いていただきたく
  参上いたしました
レモン・ライム「何時だと思ってる? 出直してきたまえ!!」
  ご無礼をお許しください
  あまり時間がありませんもので
レモン・ライム「知ったことか! 私は疲れている 眠らせてくれ」
  入れてくれないと
  全身全霊で口笛を吹きますよ?
レモン・ライム「何を言っとるか君は?」
レモン・ライム「わかった! 今あけるから!!」
  ガチャ! ギィ
死神「こんばんは! ライム先生!!」
レモン・ライム「誰だね君は?」
死神「死神です。名前はまだない」
レモン・ライム「し・に・が・み?」
レモン・ライム「あ~っひゃっひゃっひゃ!! 君が死神だって!?」
レモン・ライム「死神というのはね君──」
  こんなだろう!
レモン・ライム「ゲホッ! ゲホ!」
死神「ですよね~」
死神「死神といえば不気味なガイコツ! オマケに死を司る」
死神「古めかしい固定観念のせいで 皆こわがって私を避けちゃうんですよぉ~!!」
死神「後生ですから 私を可愛く描いてくださぁ~い!」
レモン・ライム「アホか君は」
レモン・ライム「なぜ私が 見ず知らずの死神の イメージアップを図らにゃならんのだ?」
死神「だってだって!」
死神「家族もいず友達もいず ペットも同好の士もいない!」
死神「一人じゃ寂しいんだもん!!」
レモン・ライム「シャーラップ!!!!!」
レモン・ライム「わかるよ、君の気持ち」
レモン・ライム「私もずっと孤独だった」
レモン・ライム「君と私は どこか似ているのかもしれないな」
死神「先生、それじゃあ──」
レモン・ライム「断る!!」
死神「そんなぁ~」
レモン・ライム「女神だろうと死神だろうと 横入りはいかん!」
レモン・ライム「キチンとした順序を踏み 然るべき時間に来なさい」
レモン・ライム「ルールを守れば歓迎しよう!」
死神「キチンとした順序って予約のことですか?」
死神「順当に行って 私の番はいつごろ回ってきます?」
レモン・ライム「私は超大物の天才画家だ」
レモン・ライム「向こう七年は予約で一杯さ!」
死神「七年!」
死神「そんなに待てないなぁ」
レモン・ライム「なら諦めて帰るんだね 縁がなかったと思って」
死神「――だって先生 三日後に死んじゃうんだもん」
  カチッ

〇島国の部屋
レモン・ライム「失敬だな君は!!」
死神「どうかしました?」
レモン・ライム(かか、影がない!)
レモン・ライム(もしかしてコヤツ、本当に死神なのでは)
レモン・ライム「コホン! 三日後に死ぬと言ったな」
レモン・ライム「死因がなんだかわかるかね?」
死神「自殺です」
レモン・ライム「じ!?」
レモン・ライム「冗談も休み休み言え」
レモン・ライム「いくら厭世家だからって 自ら死を選ぶほど病んじゃいない」
レモン・ライム「ゴホゴホ!」
レモン・ライム(と、吐血!?)
死神「人生どう転がるかわからぬモノですぞ」
レモン・ライム「バカな! 私は死なん!!」
レモン・ライム「私には、まだやり残したことがある」
死神「知っています」
死神「絵でしょう、先生」

〇水中
  そう、絵だ!
  私はまだ、心から満足のいく
  作品を仕上げていない!
  ビジネスとして
  美女に誇張するのではなく──
  心から美しいと思える人を描きたい
  私を怪物としてではなく
  一人の人間として見てくれるような淑女を

〇島国の部屋
レモン・ライム「君が死神だという証拠は?」
死神「死と縁のない人間には見えない」
死神「――といっても 先生は一人暮らしだから 確かめようがありませんね」
レモン・ライム「私に絵を描かせるとして 報酬はなにを払う?」
死神「ほーしゅー?」
レモン・ライム「私は高いぞ なんたって超大物の天才画家だからな!」
死神「報酬はありません」
死神「強いていえば 人生最期の充実感と達成感」
死神「超大物の天才画家として 有終の美を飾りたくありませんか?」
レモン・ライム(とても嘘には聞こえん)
レモン・ライム「準備をしたいから 明日のこの時間、また来てくれないか」
死神「先生! 今度こそ本当に!?」
レモン・ライム「勘違いするな! たまの余興に付き合うのも 悪くないと思っただけだ」
死神「ありがとうございます先生! よ! 英国一!!」
レモン・ライム(消えた!!)
レモン・ライム「私は三日後、自ら命を──」
レモン・ライム「ケホ! ちくしょうめ!!」

〇外国の田舎町
  探偵よ
  チップを弾むから
  この奇々怪々なる謎を暴いてくれ

〇外国の田舎町
  脳裏にこびりついた疑念が晴れぬように
  町にかかったモヤが霧散することはなかった

〇外国の田舎町

〇外国の田舎町

〇外国の田舎町

〇島国の部屋
  コンコン
レモン・ライム「あいてるよ」
死神「お邪魔します おめかししてきちゃった!」
レモン・ライム「あーハイハイ、かわいいね」

〇モヤモヤ
  ドン底だ!
  急激な疲労困憊と神経衰弱
  前々から
  体調がよくないとは思っていたが
  まさかここまで・・・・・・
  人目を忍び
  医者に看てもらわなかったのが運の尽きか
  死ぬのか、本当に?

〇島国の部屋
レモン・ライム「部屋の角に座って、ジッとして」
死神「ハ~イ!」

〇外国の田舎町
  ゲホッ! ゴホッ!

〇血しぶき
  ゲホホーッ!!!

〇島国の部屋
死神「だ、大丈夫ですか!?」
レモン・ライム「動くな! じっとしていろ!!」
レモン・ライム「私の仕事は まだはじまったばかり──」
レモン・ライム「・・・・・・」
死神「先生!」

〇外国の田舎町
  この日は仕事にならず
  下書き半ばでお開きとなった

〇外国の田舎町

〇外国の田舎町

〇島国の部屋
レモン・ライム「はぁ、はぁ、」
レモン・ライム「喜べ、だいぶ進んだぞ」
死神「あの先生、もうやめた方が──」
レモン・ライム「なにを言う」
レモン・ライム「仕事を頼んだのは君だろう?」
死神「そうでした」
レモン・ライム「その仏頂面、やめてくれ」
レモン・ライム「美は笑顔に宿るものだ」
死神「こんなのはいかが?」
レモン・ライム「よし!」
レモン・ライム「・・・・・・」
死神「先生!」
レモン・ライム「まだだ、まだ終わらん」
レモン・ライム「私は描く」
レモン・ライム「最期に一作──」
レモン・ライム「胸を張れるものを」
死神「お供します」
レモン・ライム「あ、ありがとう」
レモン・ライム「よく見ると君、かわいいよ」
死神「いいんですよ、お世辞なんか」
死神「私は化物として 忌み嫌われているのですから」
レモン・ライム「私は世辞は言わん」
レモン・ライム「それに化物なのはお互い様だ」
レモン・ライム「ゴホッゴホ!」
レモン・ライム「家族も、友達も、ペットも、同好の士も──」
レモン・ライム「みな一様に私を憎んだ」
レモン・ライム「醜い化物だと」
レモン・ライム「私が美人画を描くのは──」
レモン・ライム「少年時代に欲した愛情を 絵という形で残しておきたかったから」
レモン・ライム「私の描く女性は、憧れそのものなのだ」
死神「先生は醜くなんかありません」
死神「醜い人間が こんなに美しい絵を描けるハズがない」
死神「それは先生が、どんなに虐げられても──」
死神「純粋な心を持ちつづけていた証拠ですわ」
レモン・ライム「くっ」
レモン・ライム「うぅぅぅぅ!!」
死神「涙をお拭きなさい、先生」
レモン・ライム「私は描く、命にかえても」
レモン・ライム「この絵だけは絶対に──」
レモン・ライム「なにがあろうとも!!」

〇外国の田舎町
  血反吐をはき
  のたうち回りながらも
  ライムが筆を手放すことはなかった
  少女の助力の甲斐もあり
  作業は明け方までつづいた

〇外国の田舎町

〇外国の田舎町

〇島国の部屋
レモン・ライム(ダ、ダメだ! 今夜まで持ちそうにない)
レモン・ライム(体がいうことを聞いてくれぬ)
レモン・ライム(あとは瞳を描けば完成だというのに──)
レモン・ライム(心の高潔さを表すのは目だ)
レモン・ライム(加えて 彼女の神秘を表すには そんじゅそこらの色では表現できない)
レモン・ライム(この絵は、生涯をかけた大作)
レモン・ライム(命尽きる前に、全てを出しきるんだ!)
レモン・ライム「魂を絵に注げ!」

〇外国の田舎町
  ぬぉぉおおおおおおお!!!

〇外国の田舎町

〇外国の田舎町

〇島国の部屋
  コンコン
死神「お邪魔しま──」
  少女の足元に
  力尽きたレモン・ライムの
  屍が横たわっていた
  キャンバスには
  この世の者とは思えぬ美女画が
  何者とも知れぬ女性は
  全てを包みこむような
  優しい笑みを浮かべていた

〇水たまり
  燃えるような赤い瞳を輝かせて

〇島国の部屋
死神「おめでとう先生 素晴らしい絵です」

〇島国の部屋

〇外国の田舎町

〇外国の田舎町

〇外国の田舎町
  レモン・ライムの遺体が発見されたのは
  一週間後
  遺体の傍らに残された美女画は
  彼の遺作として話題にのぼった
  モデルの美女の正体は
  残念ながら誰にもわからなかった

次のエピソード:お隣さんの死神

コメント

  • 死神という存在を斬新な角度から描いていますね。彼に死を告げるとともに、その魂の救済をも行うストーリーに心を打たれました。

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