花心 -はなごころ-

汐カオル

プロローグ(脚本)

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〇植物園のドーム
「植物には〈心〉があると言われています」
  そんな声にアイはふと顔をあげた。
  クラスメイト達の視線の先で、作業服姿のおねえさんが笑っている。どうやら先程の言葉はこのおねえさんが言ったらしい。
「えー! うっそだー!」
  アイが何かを思う前に、すぐ近くに座っていた男の子が叫んだ。・・・・・・リュウヤ君だ。
  お調子者な彼らしい発言だ。でも、分からなくもないな、とアイは思う。
  植物には目も口も耳も、脳みそだってないんだ。心なんてあるはずがない。
  ・・・・・・もちろん、そう思っただけで口に出しては言わない。先生に怒られるから。
  案の定、担任の先生が「こら!」と彼を叱りつけた。けれどおねえさんはクスクスと笑ったあとで、
おねえさん「だよねぇ、怪しいよねぇ」
  そう続けた。────意外な反応だった。
アイ(怒ると思ったのに)
  内心でそう呟いて、アイはリュウヤ君に目をやる。リュウヤ君も怒られると踏んでいたのか、驚いたような顔をしていた。
おねえさん「ちょっと難しい話になるんだけどね」
  そんな前置きをひとつして、おねえさんが話し出した。
おねえさん「昔、偉い人が木の葉を毟ってみたんだって。そしたらね、毟っていない他の葉っぱ達に、にがぁ~い成分がいっぱい増えたらしいの」
おねえさん「・・・・・・えっと、つまり、葉っぱが急に無くなったことで虫に食べられたのかもしれないって木が勘違いしてね、」
おねえさん「これ以上食べられないように葉っぱを苦くしてやろう・・・・・・って考えたんじゃないかなってことなんだ」
  確かに、ちょっと難しい話だった。
  みんなの反応がよくないことに気がついたのか、お姉さんは慌てたように「他にもね!」と続ける。
おねえさん「植物を褒めると綺麗に育つとか、美味しい実がなるとかも言われているんだよ。不思議だよね」
おねえさん「でも本当のことを言うとね、植物に〈心〉があるのかどうか、おねえさんもよく分からないんだ」
おねえさん「だけどおねえさん達はみんな、植物のことが大好きだからここで働いてるの。 毎日毎日〈心〉を込めて、お世話をしてる」
おねえさん「だからその〈心〉が、植物達にも伝わっていたらいいなって思うんだよ」
  おねえさんはそこまで言うと照れ臭そうな顔で言葉を切った。
おねえさん「みんなも植物には優しくしてあげてね」
おねえさん「もし本当に〈心〉があったなら、植物達もきっと喜ぶし、逆にいじめたら悲しむはずだから」
  はーい、とクラスメイト達が元気に手をあげる。
  おねえさんは満足そうに頷いた。
  おねえさんの説明が終わった。
  次はスケッチの時間だ。
  植物園の中を自由に歩き回って、好きな植物を見つけて、絵に描く。
  それが今日の課外授業の目的だった。
アイ(好きな植物って言われてもなぁ)
  植物が好きなわけでも、詳しいわけでもないアイには、パッと思い浮かぶものがなかった。
アイ(お母さんはなんの花が好きだって言ってたっけ)
  アイのお母さんは植物、特に花が大好きで、家の庭はいつだって綺麗な花でいっぱいだった。
  学校行事で植物園に行くと言ったら、いいなぁと羨ましがられたくらいだ。
アイ(同じ”園”なら動物園の方が良かったのに)
  そう心の中で呟きながら、アイは植物園の中を歩き回る。
「ねぇねぇ、もう何を描くか決めた?」
「あの綺麗な花、なんて名前だろう?」
「ぼくと同じ名前の花がある!」
「全然上手く描けなーい!」
  クラスメイト達の騒がしい声を聞きながら歩いていると、アイはいつの間にか、薄暗い場所へと迷い込んでいた。

〇雑居ビルの一室
アイ「あれ?」
  あたりを見渡してみる。人影がない。喧騒も聞こえない。
  アイは急に不安になった。
アイ(戻ろう・・・・・・!)
  踵を返そうとした、まさにその瞬間。
「こら!」
  突然、声が落ちてきた。
  驚いて振り返ると、おねえさんが立っている。
  人がいたことにホッとしたのも束の間、おねえさんが怒っていることに気付いた。
おねえさん「ここは立ち入り禁止だよ」
  そう言う声は、表情とは裏腹にとても優しいものだった。
アイ「ご、ごめんなさい」
おねえさん「うん、分かればよろしい!」
  素直に謝ると、おねえさんはにっこりと笑った。それからアイに視線を合わせるように屈み込む。
おねえさん「こっちは色々危ないものがしまってある場所だからね、お姉さんと一緒にみんなのところに戻ろうか」
アイ「うん」
  おねえさんに手を引かれ、アイは歩き出す。
  その道すがら、質問を投げかけてみることにした。
アイ「危ないものって何?」
  それがおねえさんが言った言葉の中で、一番気になっていたことだった。
  アイの問いかけに対し、おねえさんは「そうだなぁ」と悩ましそうに唸ったあとで、
おねえさん「植物を元気にする薬とか、逆に枯らす薬とか、あとは茎や枝を切るための鋏(はさみ)がたくさんあるんだよ」
  と答えてくれた。
アイ「どうして枯らす薬があるの?」
おねえさん「植物にとって害になるような他の植物が生えてこないようにするためだよ。例えば、芝生に雑草が生えないように使うの」
アイ「同じ植物なのに?」
  続け様の質問に、おねえさんは困ったように眉を下げる。
おねえさん「そうだね・・・・・・雑草だってひとつひとつにちゃんと名前があるし、同じ植物なのにね」
おねえさん「でもね、雑草があると栄養を取られたり、虫が寄ってきたりしちゃうんだ。 そうすると、他のお花が綺麗に咲かなくなっちゃうの」
アイ「そうなんだ?」
おねえさん「枝や茎を切ること・・・・・・剪定って言うんだけど、それをするのと同じような理由かな」
おねえさん「他にも大きくなりすぎるのを防ぐって意味もあるんだけどね」
アイ「どうして大きくなりすぎるとだめなの?」
おねえさん「キミも重たい物をずっと持っているとつらいでしょ?」
アイ「うん」
おねえさん「そこは植物も同じなんだよ。重さに耐えきれなくなると枝が折れたり、花や実を作る力が無くなったりしちゃうんだ」
おねえさん「・・・・・・まぁ見栄え的な意味合いもあるけど」
おねえさん「だから苦渋の決断・・・・・・って難しいか。 そうだなぁ、何かを守るために必要なこと、えむを得ない犠牲ってことかな」
  どうやら、植物は思っていたよりも繊細らしい。
  そう言われてみればお母さんも、朝早くから手入れをしている気がする。
アイ(今度手伝ってあげようかな)
  ぼんやりと考えるアイの横で「さてと!」とおねえさんが笑う。
おねえさん「そうこう話している内にそろそろ出口に・・・・・・」
  その声が不自然に途切れた。
  見上げると、おねえさんは驚いたような顔で固まっている。
  視線を辿る。
  ────目の前のドアにたくさんの蔦(つた)が絡まり、出られなくなっていた。

次のエピソード:ルコウソウ

コメント

  • 最後のシーンにぞっとしています、蔦は一瞬で生えるものではないのに。お姉さんは子供達の前では植物愛を語っていましたが、本当は何か企てているんでしょうか!?気になります・・・。

  • 最後つたが絡まった後閉じ込められて可愛そうです。植物育てるの好きなのに何故。気になります

  • 何だか妙に納得させられるお話しでした。お姉さんの考え方に同意です、短いストーリー中にお話しがうまく展開されていて楽しかったです。

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