第6話 カシの木の歌 後編(脚本)
〇広いベランダ
よく晴れた空の元、私は曲作りの為に
様々な文献に目を通していた。
どれも難しく、頭を悩ませていると、
そこにアンナさんがやって来た。
アンナ「あらミアちゃん。久しぶりね」
ミア「アンナさん。お久しぶりです」
アンナ「どう? カナタ君とは仲良くしてる?」
ミア「はい! アンナさんのおかげです」
アンナ「ウフフ・・・。ところで何をしているの? 難しいそうな本ばかり読んで」
ミア「えっと実は・・・」
私は、お客さんのサポートの為に
歌作りの最中だと説明した。
アンナ「歌・・・? 私も聞いた事ないわね・・・」
ミア「そうですよね。私も歌がどう言った物 なのか、全くイメージ出来なくて・・・」
ミア「そもそも音楽には言葉がありません。 それを言語化するのは とても難しくて・・・」
アンナ「何かを作り上げる事はとても大変な事よね」
そう言ってアンナさんは鞄の中から
一枚の絵を取り出し、私に見せた。
それは世界の何処にも存在しない田舎町。
見た事も無いほど広大な夜空に、
燦然と輝く星々を描いた物だった。
ミア「綺麗・・・。でも不思議です。私は この景色を知ってるような気がします。 これは何処の町なんですか?」
アンナ「さあ・・・。 それが私にもよく分からないのよね」
ミア「え?」
アンナ「ただこれを描くのに、何日も費やしたの。 ミアちゃんに綺麗って言って貰えて 嬉しかったわ」
アンナ「それだけで描いて良かったって思える」
ミア「・・・・・・」
アンナ「ねぇミアちゃん。 どうして絵を描く事や、音楽を作る仕事が 無くならなかったと思う?」
ミア「うーん。どうしてですか?」
アンナ「それは私達には楽しむ心があるからよ」
ミア「楽しむ心・・・」
アンナ「ええ。 何かを純粋に楽しむ事が出来る・・・」
アンナ「そこに言葉は関係無くて、音楽を聴いて 心が躍るのも、絵を見て綺麗だと思う のも、私達の心が楽しんでるからなのよ」
ミア「・・・・・・」
アンナ「まあ、焦る必要は無いわ」
そう言ってアンナさんは優しく微笑んだ。
〇古書店
紙に歌詞を書いては丸めて捨てる行為を
繰り返す私の前に、バツの悪そうな
表情をしたヨハンさんがやって来た。
ヨハン「この前はすまなかったな。 強く当たってしまって・・・」
ミア「いえ、私も少し熱くなって しまいましたから・・・」
ヨハン「感情のコントロールと言うのは 難しい物だな・・・」
ミア「・・・あの聞いても良いですか?」
ヨハン「何だ?」
ミア「ヨハンさんはどうして 音楽をやっているんですか?」
ヨハン「そう言う家系だったからなぁ」
ミア「いえ、そう言う事ではなく、 他に何か無いですか? 続けて来られた理由」
ヨハン「続けて来られた理由か・・・」
ヨハンさんは遠くを見つめて話し始めた。
ヨハン「私は若い頃、公園の近くに住んでいてな、そこには大きなカシの木があったんだ」
〇木の上
ヨハン「そこの木の下でギターを弾くのが好きでな、よくそこでギターを弾いていたんだが」
ヨハン「ある日、私と同じ年頃の少女が 隣に座っていたんだ・・・」
ヨハン「テレパシーで、やり取りも出来たが、 彼女からは何も送られてこない。 私も恥ずかしくてな。何も送らなかった」
ヨハン「彼女はただ横に居て、私のギターを 聞いてるだけ。そんな日々の記憶だ・・・」
〇古書店
ヨハン「私も彼女を喜ばせたくって、 色んな曲を演奏したな」
ヨハン「今思い返すとその時間は とても心地の良いものだった」
ヨハン「私が今もこうして曲を作っているのも全部 彼女のおかげなのかもしれん」
ミア「その人は?」
ヨハン「“配偶者推進プロジェクト”とやらで、 何処か遠くへ行ってしまったよ」
ヨハン「最後に “結婚相手が決まったから、さようなら” と私にテレパシーを送って来た」
ヨハン「彼女とのやり取りは唯一それだけだ」
ミア「そんな・・・。 でもそれはテレパシーだったから・・・」
ミア「彼女、本当は伝えたいこと 沢山あったと思います!」
ヨハン「ありがとう。そうだな。 今なら話したいこと沢山あるな・・・」
ヨハン「今頃どうしているか、 元気にしていれば良いのだが・・・」
ミア「・・・・・・」
ミア「その彼女に向けて、 曲を作ってみてはどうでしょうか?」
ヨハン「彼女に・・・?」
ミア「はい。会いたい気持ちを歌にするんです!」
ヨハン「・・・。届くだろうか? 彼女に・・・」
ミア「はい! きっと届きます!」
ヨハン「・・・・・・」
ヨハンさんは黙ったまま体を
プルプル震わせている。
ミア「あのヨハンさん?」
ヨハン「それだ!」
ミア「!」
ヨハン「そうだ! 彼女に向けて、歌を作ろう! 良いぞ! どんどんインスピレーションが 湧いてくる・・・」
ヨハン「娘よ! 悪いが歌詞も私が書いても良いか? 君には文章が正しいかどうか チェックして欲しい!」
ミア「フフ・・・。 もちろんです! ご協力しますよ!」
ヨハン「良し! そうと決まれば早速歌詞を 考えるから、君は出てってくれ!」
ミア「え? あっ・・・はい」
それからヨハンさんは部屋に閉じこもり、
曲作りに没頭した。
今まで難航していたのが嘘のように、
瞬く間にヨハンさんの歌は完成した。
〇古書店
そして・・・。
ミア「とても素敵な歌詞だと思います! これならきっとカシの木の女性も 喜んでくれると思います!」
ヨハン「そうだろう? もう曲の方も完成しているぞ」
バベル「良かったです。お役に立てて・・・ ミアちゃんもお疲れ様」
ミア「はあ~本当に苦労しましたよ」
バベル「いつも助かってるよ」
ミア「ところで、これ誰が歌うんですか?」
ヨハンさんは私の方を見て微笑んでいる。
〇劇場の座席
コンサート 当日
舞台袖から見える大勢の人達。
観客席の前の方には
知った顔が並んでいた。
ミア(バベルさん。皆で来るとは言ってたけど、 まさかカナタにアンナさん・・・それに お父さんまで連れて来るなんて・・・)
ヨハン「大丈夫だ! 自信を持て! お前の声は 綺麗だったし、歌には心がこもっていた」
舞台袖で震える私の肩を
ヨハンさんが強く叩いた。
ヨハン「よし! そろそろ開幕だ。行くぞ」
ミア「あ、いや、ちょっと待って! まだ心の準備が・・・」
〇劇場の舞台
私は半ば強引にステージの上に
連れて来られた。
私に向けられる多くの視線。
こんなに大勢の人達の前に立つのは
生まれて初めての事だった。
足が震える。
心臓は胸から飛び出しそうなほど、
激しく鼓動しているのが分かる。
ヨハン「娘よ。深呼吸だ。大丈夫・・・。 沢山練習して来ただろう?」
ミア(そうだ。沢山練習して来た。 それにヨハンさんの想い・・・ しっかり私が言葉にしなきゃ!)
前奏が始まり、私は大きく息を吸った。
〇木の上
♪覚えていますか?
カシの木の下の日々を
流れる時間とメロデイ♪
♪あなたはすぐ傍で聞いていた
ただその音に身を任せて
あの時と何一つ変わらない♪
♪あなたに会いたい
ただ傍にいて
あの時のように♪
〇劇場の舞台
私は歌い続けた。
精一杯大きく綺麗な声で。
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とても素敵なお話でした。
ミアちゃんの一生懸命さが
さらに皆の心を温かくさせるようです。