善悪の境目

灰螺蛛蜘

その笑顔の意味は(脚本)

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〇黒
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・
  ・・・
  久々に高校生の時からの友人と数年ぶりに会ったその日に、その友人が約束の場所に現れた。
  その人は物腰が柔らかく、リクルート姿で現れたが話すととても面白い人だった。
  その人・・・
  つまり神埼さんと連絡先を交換し、その日にイベントに誘われた。
  今度の休みに早速イベント行く為に、仕事に精を出す事にする──。

〇オフィスのフロア
  サァ────
稲荷紡(とはいえ・・・。)
稲荷紡(休日明けに雨ですか・・・。)
稲荷紡(朝晴れてたし、お天気サイト見ても洪水確率5%だからそのまま出ちゃったよ・・・。)
稲荷紡(いつもなら折り畳み傘も入れてるけど、裕二に会う前に水掛けて干したしなぁ。)
稲荷紡(取り込んだは良いけど、多分どっかに置いたかなぁ・・・。)
稲荷紡「完全にやっちまった・・・。」
  まだお昼なのに、天気のせいか外は薄暗い。自分の失態にひたすら落ち込んでしまい、小さく呟いた。
「なになに若手エリート君、お仕事ミスしちゃった?」
  こんな時に何でもケチを付けたがる上司が、ニヤニヤしながら来た。
稲荷紡「仕事は問題ないです。」
稲荷紡「個人的な話なので。」
  ゆっくりと、しかし無感情に上司に対して発言をする。
「いやー! 最近の若い子は怖いねぇ?」
「オレが若い時は、すぐこうっ!こんな風に手が出てきたから、そんな口きけなかったよぉ。」
  上司は両手を握って、殴るフリをするように右手が届くか届かない所まで伸ばしてきた。
稲荷紡「そうなんですか。」
稲荷紡「大変でしたね。」
  この上司には反応すると、より厭な笑顔で話をタラタラ延ばしていくのでサラッと受け流す事にしている。
「・・・チッ。 つまんねーな。」
  舌打ちをした上司は、踵を返してドスドス足音を立てながら離れていく。
稲荷紡「・・・・・・。」
稲荷紡(つまんないって言われてもなぁ・・・。 あの話何十回聞かされてると思ってるんだろう・・・。)
  サァ──────
  上司の厚みのある足音が遠くなり、辺りが静かになって見渡すと、皆はいそいそとお昼ご飯を食べに出る支度をして離れていく。
  あの上司は、以前女子社員にセクハラ発言をして咎めてから、俺にだけ絡むようになった。
  それまではいろんな人に嫌な絡み方をして、皆に嫌われてしまったんだが・・・。
  俺にだけ絡むようになってから、上司がこのフロアに来る度に、皆はそそくさとその場から離れる様になった。
稲荷紡(めんどくさいだけで、別に良いけどさ。)
稲荷紡(午後に商談があるし、今のうちにサクッと食べておくか。)
  俺しか居ない静かなフロアで、今日も冷凍食品を詰めただけのお弁当を食べる。
  商談までに歯磨きも終わらせておいて、新規取引獲得の為に備える。
  プレゼンの順番や、資料を出すタイミング等をイメージしながら時間は過ぎていった。
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・
  ・・・

〇綺麗な会議室
  会議室前
  商談の時間数分前
  お弁当を食べ、歯磨きを済ませ、スーツのヨレも確認し、プレゼンのイメージトレーニングを繰り返していた。
  先方は急成長中の会社であり、社長が出資先や提携先を探している情報は掴めている。
  とくに問題は無いのだが、一つだけ気になる点がある・・・。
  ドスドスドスドス──
  ゆっくりと大きい足音を立てながら、上司がニタァと目元が歪んだ笑顔をしながら横に来た。
「稲荷君。 今回の商談を失敗したら、油揚げあげないからねぇ。」
「狐におあげなんつって・・・ぶはは!!」
  お昼の時にはして無かったマスク越しから、ニンニクとニラの様な口臭がした。
稲荷紡「気を付けるようにします。」
稲荷紡(こいつ・・・!! 商談を失敗させる気だな・・・!!)
  今回の問題とすれば、この上司が持ってきた商談に何故か俺がプレゼンを行う事だ。
  おそらく失敗するように、何か考えているに違いない。
  とにかくこの商談を進めるしかないと思いながら、腕時計を見る。
  もうそろそろ先方が、来る時間である。
  何か問題が発生していれば、先方をフロントまで迎えに待機している同期が連絡して来る筈。
  連絡が無いということは、そろそろ・・・。
「ええ、先日担当した者が伝えたように、稲荷紡が本日商談を彼中心で行います。」
稲荷紡(あれ・・・ 俺の名前・・・。)
  角から同期の案内している声が聞こえてきており、改めて背筋を伸ばした。
  同期の顔が見えてきて、軽くお辞儀をしてゆっくり顔を見上げて驚いた。
稲荷紡(マジかよ・・・・・・ うそ・・・だろ・・・)
稲荷紡「本日は足元が悪い中、お越しいただきありがとうございます。 稲荷紡と申します。よろしくお願い致します。」
神埼豊「貴重なお時間を作ってくださりありがとうございます。」
神埼豊「株式会社xxxから来ました。 社長の神埼豊と申します。よろしくお願い致します。」
  先日会ったばかりの物腰が柔らかく、優しく微笑んでいる神埼さんが立っていた。
「神埼さん、ささっ! こちらへ。」
  上司は媚びる姿勢で神埼さんを、会議室に通していく。
  後は無事にこの商談を終わらせるだけだが・・・。
稲荷紡(神埼さん・・・なんだか、めっちゃ楽しそうだな・・・。)
  不思議に思いながら、会議室に続いて入ってプレゼンを始める。
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・
  ・・・
稲荷紡「・・・以上の事で、御社に利益を得られる可能性があります。 お話した3つのプランは安全に利益が得られます。」
神埼豊「ありがとうございます。」
神埼豊「ご提案いただいたプランは、どれも安全に資金運用ができるのは分かるのですが、冒険的な提案は無いのでしょうか?」
「へっ! 申し訳無いです。うちの若い稲荷が、冒険心が無いもんで・・・」
神埼豊「私は稲荷さんに聞いているんですが?」
「むぐっ・・・。」
  笑顔なのに冷たくゆっくり言い放った神埼さんに、俺と上司は固まった。
稲荷紡「え、えーと・・・。」
稲荷紡「現在御社は急成長中の会社であり、この業界は一度の失敗でもあると、噂がすぐ広がります。」
稲荷紡「なので、冒険するのは今じゃないと感じております。」
稲荷紡「最後の付属の資料に今まで急成長した会社が、高リスクハイリターンの事業を行って失敗した例を記載しております。」
稲荷紡「失礼ながら、御社の実績や会社の規模を確認した際に、今はリスクのある事業は控えたほうが良いのではないでしょうか?」
稲荷紡「そう考え、今回のプランを用意しました。」
  正直に今の俺の心情は、こんなに穏やかな表情を繕ってるが、終わった・・・と感じている。
  一会社の社長・・・神埼さんに強気で何を言っているんだろうとは、思っている。
  しかし、ここは俺のポリシー「勝てない戦はやらない」は曲げないつもりだ。
  この仕事を数年やって、勘でリスクを負っても勝てる時はそのようなプランを立てたが・・・
  今回は前もって手に入れた情報的に、リスク有りの利益は見込めないと感じていた。
神埼豊「なるほど・・・。」
神埼豊「ありがとうございます。 では、改めて当社で検討してから返答します。」
  神埼さんの感情が読み取れない笑顔に、上司がこちらをキッと睨みつけてきた。
稲荷紡(やっちまったなぁ・・・。)
  そう思いつつ、神埼さんに深くお辞儀をして上司が社内見学を申し出た。
「ここ、珍しく35階のフロアですし、どうです? ご覧になられてからお送りしますよ?」
神埼豊「ありがとうございます。 ではお言葉に甘えて、社内を見てから帰社します。」
神埼豊「稲荷さん、本日はありがとうございます。 貴方と会えて本当に良かったです。悪気が感じられませんので・・・。」
稲荷紡(悪気・・・?)
稲荷紡「ありがとうございます。 御社にとって良い方向に行きますように。」
神埼豊「・・・・・・・・・。」
稲荷紡(ん・・・?)
神埼豊「ありがとうございます。 では、またお約束の日まで。」
「では、へへ、こちらです。」
神埼豊「はい。」
  神埼さんは渡した資料をまとめてかばんに綺麗して入れて、上司の大きな足音と共に会議室を出た。
「稲荷、知り合い・・・?」
  神埼さんを迎えに行った同期が入れ違いに入ってきて、片付けを手伝いながら聞いてきた。
稲荷紡「ひょんな事でね。」
稲荷紡「片付け、手伝ってくれてありがとな。」
「いや・・・いつも、何もしてあげられてないし・・・。」
「上司とか・・・。」
稲荷紡「ああ・・・気にしなくていいよ。」
  同期はチラチラこちらを見ていたが、上司に渡した資料をペラペラめくって溜め息を吐いた。
稲荷紡「どうした?」
「あの人、資料に悪口とか書いてるよ。 これ見ないほうがいいと思う。」
稲荷紡「またか・・・。」
稲荷紡「今回は、資料とか鍵付きの机の引き出しに入れてたから、先にイタズラされなくて良かったわ。」
「そうだな・・・。」
「資料、シュレッダーしとくから。」
稲荷紡「ありがとう。」
  同期も会議室を出て、俺はササッと残りの片付けを済ませていった。

〇黒
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・

〇オフィスのフロア
  サァ──────
  カタカタカタ・・・
  カタカタ・・・
稲荷紡「ふぅ・・・。」
稲荷紡「そろそろ帰るかぁー・・・。」
  もうフロアには誰も居らず、窓は閉めているのに雨音がしていた。
  大きく伸びをして、雨が止まない事にドッと疲れが増す。
稲荷紡「傘がないー!!」
  呟いても雨は止む事はなく、ゆっくり支度してフロアを後にする。

〇大企業のオフィスビル
  ザァ──────
  ザァ──────
稲荷紡「まあ、晴れる事もないわな。」
  会社の入り口で試しに外を見ても、やはり雨は降り続けていた。
  突然裕二の事を思い出すが、休みを謳歌している友人に迷惑をかける訳にもいかず、スマホを見る。
稲荷紡「あ・・・。」
  『つぐさん、傘を忘れられたみたいですね。』
  『上司の方が楽しそうに言っていました。』
稲荷紡「あの人・・・!」
  『仕事終わりに車で迎えに行きますよ。』
  『こちらはやる事が終わりましたので、会社の近くに停めて車の中で待ってます。』
  『折角のイベント前ですし、風邪引かないようにしてください。』
稲荷紡「えっ!?えっ!? 待ってたの!?」
  辺りをキョロキョロすると、黒塗りの外車が確かに停まっていた。
  運転席を見ると、見知った人が手を振っていた。
  車内に居る人は出てこようとしたが、俺は両手を大きく振って出ないようにジェスチャーした。
  急いで駆け寄って、助手席に乗り込んだ。

〇車内
神埼豊「突然すみませんね。」
神埼豊「雨ですし、イベント前なので迎えに来ちゃいました。」
神埼豊「先にご了承を取ろうとは思ったのですが、お仕事中かと思いまして・・・。」
神埼豊「悪気は無いのですが、申し訳無いです・・・。」
稲荷紡「うーん・・・。」
  パタパタ、フロントガラスに雨が打つ音と、一変のタイミングで動くワイパーが沈黙を埋める。
  正直驚いている。
  というより、驚きっぱなしだがもう処理できない。
稲荷紡「別に悪くはないですけど、ありがたいんですけどね。」
稲荷紡「ただ驚いています。」
神埼豊「わぁ、怒ってはいないんですね。 良かったです。」
稲荷紡(楽しそうだなぁ・・・。)
神埼豊「では送りますので、シートベルトしてください。」
稲荷紡「えっと、ありがとうございます。」
  シートベルトを締めて、再度スマホを取り出してメッセージを確認した。
  すると、裕二からのメッセージに驚いて息を飲んだ。
  『うちの会社、倒産しそう。』
  『休みが増えたわ。』
  『ユタカさん所に転職するわ。』
  つづく

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