第3話 母からの手紙 前編(脚本)
〇幻想空間
言葉を覚えてから
よく夢を見るようになった。
それは、
今はもう亡くなってしまった母の夢。
その夢は幼い頃の記憶その物で、
今でも母が近くに居るような気さえする。
頭を撫でる手の感触。
心地よい香り。私を見つめるその瞳。
どんな気持ちで
私を見つめていたのだろう?
言葉を覚えた今なら
理解できるだろうか・・・。
〇おしゃれなリビングダイニング
基本言語プログラムを
インストールしてから二週間。
父は私の変化を
あまりよく思っていない様子だった。
ミア父(要求。早急に言語をアンインストール。 医療業務に集中せよ)
言葉に対する否定的なイメージを次々と
テレパシーで送ってくる。
ミア(要求を拒否。言語研究を続行)
このやり取りも、
もう何度目になるだろう。
お互いに感情のやり取りをしている
訳ではないが、意見の相違は、
その関係に確かな亀裂を生んでしまう。
こんなにも父が頑なになるのにも
理由があった。
〇塔のある都市外観
テレパシーシステムでは、
個人情報や専門的な知識には
セキュリティがかかっている。
特に職業に関しては、強い制限がかかり、
親から子にその専門的な知識が
引き継がれるのが一般的だ。
別に法律で定められている訳では
ないのだが、ほとんどの人は
何の疑問も抱かずそれを受け入れる。
私もそうだった。
しかし今は・・・。
〇おしゃれなリビングダイニング
ミア(要求。言語研究の価値を検討せよ)
ミア父(要求を拒否。 後継者は医者でなければ意味が無い。 代人を用意することを検討する)
ミア(案の検討は不毛。考察。 母はそんなことはしない)
ミア父(母は優秀な医者。考察。 死んだ人間は存在しない。即ち、無関係)
ミア「何で! 何でそんなこと・・・!」
思わず声に出して反論してしまった。
父には言葉が理解出来ないのに・・・。
言葉を覚えて以来、こんなにも誰かに
憤りを感じたのは初めての事だった。
「出て行く」
その意志だけを伝え、
家を出る私を父は何もせず、
ただ見つめていた・・・。
〇古書店
勢いよく開けた扉の音が
『one phrase』に響き渡った。
バベル「やれやれ。ミアちゃんが来る時はいつも 騒がしいね。またお父さんと喧嘩したの?」
ミア「もうあの家には帰りません! 家出してきましたから」
バベル「えっ本当? 困ったな~。 僕としては、あまりあそこの所長と 揉めたくないんだけどなぁ」
ミア「父には後継者さえいれば それで良いんです!」
ミア「私のことなんて代えの利く ロボットみたいに思ってるんですよ!」
バベル「うーん。そうかなぁ・・・」
ミア「もう父の事はいいです。それより・・・」
私は父に対する憤りを紛らわせるように、
バベルさんの机に広げてある
文章の束に目をつけた。
ミア「今日こそ、私も“古文書”の解読に 参加出来ますか?」
『one phrase』には様々な業務がある。
テレパシー障害の人の
サポートはもちろん、
私のように言葉を覚えたい人に
基本言語プログラムを
インストールすることもある。
そして普段は、この古文書と呼ばれる
テレパシーが普及する以前の“旧世界”の
文章を解読する業務を行っている。
バベル「前にも言ったけど、 ミアちゃんにはまだ早いよ。 もっと言葉に慣れてからじゃないと・・・」
ミア「だいぶ慣れましたよ。 カナタから“しりとり”って言う 遊びも教わりましたから」
バベル「うん。でも先ず、ミアちゃんには依頼人の サポートをやってもらいたいんだよね」
ミア「ずっとそう言ってますけど、 この2週間誰も来ないじゃないですか!」
バベル「まあ、僕が言うのも変だけど、 言葉を覚えたい物好きな人なんて、 そうそう居ないからね」
そう言ってバベルさんが笑っていると
扉を開ける音がする。
ミア「お客さん来たみたいですよ」
バベル「えっ本当?」
やって来たのは若い夫婦。
女性の方はお腹を大きく膨らませている。
おそらく妊婦の人だろう。
バベルさんはぎこちない様子で夫婦の元へ
行き、テレパシーで対応を始める。
夫婦はバベルさんの前に、
文章が書かれた紙を見せた。
それは手紙と言って、
人に想いを伝える為に、
形として残す旧世界の文化らしい。
個人的に持ち込まれた言語に関する
資料を解読するのも
『one phrase』の業務の一つだ。
夫婦とのやり取りを終えた、
バベルさんが私に向かって笑いかけた。
バベル「もしかしたらミアちゃんの初仕事に なるかもしれないよ」
ミア「?」
〇古書店
~そして1週間後~
私は基本言語プログラムをインストール
した夫婦のサポートをすることになった。
バベルさんはこの夫婦の名を
ブラムとサラと名付け、私に紹介した。
ブラムさんは例の手紙と呼ばれる物を
私に見せた。
ブラム「ミアさんにはこれの制作の 手伝いをして欲しい」
ミア「手紙? 誰に送るんですか?」
サラ「この子」
そう言って、サラさんは自分のお腹に
手を当てた。
ブラム「解読して貰って分かったんだけど、 この手紙は、祖父が祖母に向けて、 感謝の言葉を並べて書いた物らしくてね」
ブラム「それが今もこうして遺ってる・・・」
サラ「だから私達もこの手紙のように、生まれて来る子に、色んな想いとか感情を遺したい」
サラ「私達がどれだけこの子を大切に 想っているか・・・」
ミア「・・・・・・」
サラ「どうしたの?」
ミア「いえ、何でもありません。分かりました!私もお手伝いさせてもらいます! 素敵な手紙を作りましょう!」
サラ「ええ、ありがとう」
そう言って、サラさんは私の手を握り、
微笑んだ。
温かい手の感触。
一瞬、母の顔が頭をよぎる。
夢に出て来る母の顔が・・・。
そして、私達は早速手紙制作に
取り掛かった。
ミア「文字はバベルさんが書いてくれますから、 私達は言葉を考えましょう。 何かありますか?」
ブラム「うーん」
サラ「そうねぇ・・・」
ミア「何かその子に望むことはありませんか? どんな風に育って欲しいとか?」
ブラム「そうだなぁ・・・」
サラ「・・・・・・」
これは思ったより難航しそうだ。
サラ「ミアさん。何かこの子が聞いて、喜ぶ 言葉、幸せになる言葉ってないかしら?」
ミア「一概には何とも。 人によって様々ですから。 ましてやまだ生まれてないですし・・・」
サラ「そうよねぇ・・・」
サラ「もしかしたら私達が何かを望むこと 事態が間違いなのかも?」
ブラム「どう言うこと?」
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