エピソード2(脚本)
〇昔ながらの一軒家
どうやって家に帰ってきたのか覚えていない。ぐちゃぐちゃの人型の何かを殴る写真の中の俺が脳裏にこびりついて離れてくれない。
合成写真にしてはリアルだった。でもあり得ない、俺は人殺しなんてやっていない。
その場の空気にも、写真の中の俺達の猟奇的な表情にも耐え難くなって、逃げるようにここに帰ってきた。
叔父さんも妹も家にはいない。授業も受けずに帰ってきたのだから当たり前だが、この状況には都合が良い。
自室の布団に寝転がって、このまま眠ってしまえば、また幸せな朝に戻れるような気がした。
眼をつぶって、暗闇の中で泳いでいれば今日の悪夢なんてすべて忘れてしまえる。
暗闇は俺を百点満点の現実に戻してくれる。
暗闇の中、聞きなれた電子音が流れた。なんだっけ、これ。
優貴「桜先輩!!」
暗闇から現実に俺を引き戻したのは俺の愛しの彼女、桜先輩からの着信。
こんな時間に何の用事だろう、もしかして桜先輩のところにもあの記事が?
もしそうだったら、今度は桜先輩まで失うことになるのか。
ピッ
桜先輩「『優貴君! よかった……やっと出てくれた』」
不安で迷うより先に、先輩の声が聞きたい気持ちから、自然と電話をとっていた。
桜先輩「『優貴君! 優貴君? 大丈夫?』」
電話越しに聞こえる桜先輩の声。
優貴「さくら、せんぱい? おれ、です」
桜先輩「時間大丈夫? あのね、私の家に変な新聞みたいなのが来て、その……」
先輩のところにも届いたのか、酷い犯人だ、友達だけならまだしも、先輩まで俺から取り上げるのか。
嫌だ、先輩を失いたくない、俺から先輩を奪わないでくれ。
優貴「俺が人殺しだとかいう奴ですよね、知ってますよ」
桜先輩「そっか……酷い嫌がらせだよね、写真まで作って」
優貴「え?」
桜先輩「身に覚えの無いウソを言われて、落ち込んでるかもしれないけど変なこと考えちゃダメだよ?」
桜先輩「大学終わったらそっち会いに行くから、あんまり暗くならないようにね、あっ、じゃあ、また後で! 放課後会うからね!」
ピッ
電車に乗ったのだろうか、あわてて電話をきってしまった。
優貴「・・・信じてくれたのか」
俺が言い訳をする前に、あの記事は嘘だと、俺がそんなことする様な人間ではないと信じてくれた。
先輩がいてくれて良かった、俺は一人じゃない。
優貴「・・・放課後まで時間あるな」
桜先輩という味方の存在から少しだけ気が楽になった。自分を受け入れてくれる人が一人いるだけでこんなにも安心するのか。
先ほどまでは自分の部屋に引きこもってこのまま腐ってしまいたくなるような気持ちだったが、
今は先輩に会える放課後までいかに時間をつぶすかに意識がもっていかれている。先輩に会ったらどうしようか、
二人でいつもの喫茶店やカラオケに行くのもいいが、今日は久しぶりに俺の部屋にあがってもらうのもいい。
優貴「今回のことを慰めてもらうのも……うん、悪くない」
先輩のためならなんでもしてあげたい気分だ、結局信頼できるのは友情より愛情ということだろう
優貴「先輩が来るなら家の掃除もしないとな」
せっかく学校をサボったんだ、だらだらして眠て過ごすなんて勿体無い。最近叔父さんの仕事が忙しいせいか、家の中が汚れている。
廊下や窓、あと玄関も。ポストなんて茶封筒が不自然なほど詰まっている。
…………本当に不自然だ。
優貴「叔父さん宛てだったらあけたら駄目だよな……でもどうしてこんな大量に?」
悪質な金融の催促状の如く、同じサイズの茶封筒がポストを一杯にしている。しかも、表も裏も何も書いていない。
気味悪いことに、この家の住所すら書いていないのだ。
優貴「気持ち悪いな……」
ふと、玄関の窓から見える空が曇っていることに気付く。午後から雷だと朝の天気予報で言っていた。
窓の外を仰ぎながらなんとなく封筒のひとつを手にとって見る。偶然その封筒には封がきちんとされていなかった。
優貴「写真?」
中に入っているのは一枚の写真、良く見たら他の封筒にも同じように写真が入っているようだ。
優貴「もしかしてさっきの……?」
少し緊張して、封筒の中に手をしのばせる。
優貴「え……?」
〇公園のベンチ
まず、眼に入ったのは女性の姿。金髪の男性と公園で抱き合っている写真だ。別に卑猥なものではない。
セミロングの黒髪が栄える綺麗な女性、赤く染まった頬とうれしそうな横顔、大人っぽいがどことなくあどけなさの残る表情。
これは。
・・・桜先輩、だ
見間違えるわけがない、この女性は桜先輩で、公園は先輩の大学の近くのもの。何度も目に焼き付いた存在。間違いなく俺の彼女。
だが隣にいる彼氏面した金髪の男は間違いなく俺ではない。
〇昔ながらの一軒家
優貴「浮気……?」
頭がまっしろになる。他の封筒を無造作に掴んで、破り、中の写真を取り出す。
今度は正面からの写真、仲睦まじく手をつないで歩いているのは駅前の商店街。次の写真はカラオケの個室。
男のひざの上に座って歌っている、いつも俺と一緒に行くカラオケだ。他にも近所の喫茶店でケーキを食べさせ合う写真、
駅の路地裏でキスしている写真、そして一人暮らしの桜先輩の家に男を招き入れている写真。
どれを見ても、金髪の男と桜先輩がそういった関係であるということがわかる。
そして、写真のすべてが俺と先輩の思い出だったもの。まるで、この金髪の男に俺の居場所を取って代わられたみたいだ。
全部の写真を取り出し、全部の写真を破く。見ては破いて、破いた写真を見ては形容しがたい吐き気に襲われ。
優貴「なんだよ、それ……」
ポストの一番奥底の最後の一枚。おそらく一番最初に入れたであろう封筒の中の写真は、
半分取り出してそれ以上見ることが出来なかった。くしゃくしゃにされた封筒と写真が広い玄関の床を埋めている。
優貴「掃除、必要なくなっちゃったな・・・」
桜先輩の左太ももの内側には、ほくろがある。これは先輩の家族以外で俺だけが知っている筈だった。