檻の外

千博

エピソード3(脚本)

檻の外

千博

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〇怪しい部屋
  独りになった。精神的にも肉体的にも、文字通り、独りだ。
  たった一日で理不尽にすべてを奪われたのに、怒りをぶつける相手が見つからない。
  どうして自分がこんな目にあっているのか、
  つい数時間前までは幸せな高校生活をおくっていたのに、何故こんなことになっているのか。
  そもそも、幸せな高校生活なんて、幻だったのかもしれない。
  長い幸せな幻に騙されていただけで、本当は何も持っていなかったのか。
  色々な感情がまざりすぎて、何を考えても思考が途中で消えてしまう。
  買ったばかりのケータイを二階の自室から外に投げ、高校合格祝いに買ってもらったパソコンも叩き割った。
  俺はなにをしているんだろう。これからは何とつながっておれは生きていくのだろう。
  もう誰も俺を信じないし、俺は誰も信じられない。
  ・・・明日の俺は、生きていても良いのだろうか。

〇怪しい部屋
  がちゃがちゃ、と玄関の鍵を開ける音で目が覚めた。妹の密香が帰ってきたみたいだ。
密香「兄さん?帰ってきているんですか?」
  話しかけて欲しくない。妹も叔父さんも、きっと俺を犯罪者扱いする。信じてくれたとしても、どうせ直ぐに俺の傍からいなくなる。
密香「寝ているのですか?」
  うるさいな、空気の読めない妹だ。布団の中にもぐり、他人との接点を断った気になってみる。
密香「・・・あまり心配をかけないでください」
  階段を上がる音。まさか俺の部屋に入ってくるんじゃないよな?普段素っ気無いくせに、こんな日に限って構ってくるんじゃねえよ。
密香「入りますからね?」
  あぁ、もうどうだっていいよ。
密香「兄さん、今日学校早退したって本当ですか? 叔父さんのところ繋がらなくて私に連絡がありました」
  鬱陶しい、俺だってもういい歳なんだから、中学生のガキが入り込んでくるなよ。
密香「体調が悪いなら病院に……」
優貴「ひそ、か……」
  拒絶と諦めが入り雑じった声で妹の名前を呼ぶ。用事は無い。とにかく、どこかにいなくなってほしかった。消えてほしかった。
  これ以上誰かに構われるとまた裏切られる苦しみを味わうことになる気がしていやだ。気持ち悪い。
密香「なんですか? 優貴兄さん」
  布団を上げて、密香の顔を仰ぐ。こげ茶色の長い髪の毛を肩のあたりで結った姿と、いつもと変わらない学生服。
  そして丸くて黒くて、いつも俺のことを不思議そうに見る瞳。紛れも無く、昨日までのコイツと同じ。
優貴「お前は、まだ変わっていないんだな」
密香「変わる?私がですか?」
  変な兄さん、と微笑んだ。正直美人ではない地味目なこいつの顔も、こんな状況では愛おしく見える。
  今まで大して特別な関わりをしてこなかったが、両親がいなくなってからはたった一人の血のつながった家族だ。
優貴「いや、なんでもない」
  そうか、まだ密香のところにはあの悪質な嘘がまわってきていないんだ。
  それが密香に届くまで、こいつの前だけなら俺は今朝までの俺でいられる。
  黙っておこう、少しでも長く生きていたい。こんな強がり、なんの意味もないことはわかっているつもりだが、
  まだ希望を求めて縋り付いてしまうあたり俺はまだまだ死にたくないってことか。
密香「今日は兄さんの好きなオムライスです。 一時間くらいしたらリビングに降りてきて下さいね?」
  学校帰りに買ったのだろう、重そうな袋を片手にぶら下げている。卵が真ん中らへんでぎゅうぎゅうにされているが大丈夫だろうか。
  その日のオムライスは、死ぬほど不味かった。
  
  いつものことだ、妹は料理が苦手なのだ。

〇怪しい部屋
  あれから一週間くらいが経った。『くらい』という曖昧な表現なのは、俺の中に時間というものが存在しなくなったからだ。
  あの日以来俺は自分の部屋に閉じこもり、紺色のカーテンを閉めて、光や他の情報が全く入ってこないようにした。
  ケータイとパソコンは壊れているし、テレビはリビングにしかない。
  部屋を真っ暗にし、色々と考えたり思い出したりする。
  外の時間は関係なしに、眠くなったら寝て、起きたくなったら起きる。
  とんとん
  控えめなノックが鳴る。一日に二回、唯一自分以外の人間と関わる時間。
密香「兄さん、ご飯もってきましたよ」
  外の光が入らないように少しだけ扉を開き、お盆を差し出す。
  これは朝ごはんなのか夕飯なのか、それとも中途半端な時間なのかわからないが、妹はこうして毎日食事を持ってきてくれる。
密香「今日は暖かいうどんですよ、天ぷらが安かったのでちょっと多めに買ってきてしまいました」
  逆光でよく見えない密香は、どんな表情をしているのだろうか。軽蔑? 同情? わからない。
  たった一週間、人と関わることを止めただけで、色々なものがわからなくなる。それでも、こいつは俺の世話をしてくれている。

〇怪しい部屋
  三週間くらい経っただろうか、最近眩しさに弱くなった。眼が退化したのだろう。
密香「兄さん、今日はからあげです」
  一日一食になった。動かないからエネルギーを消費しないのだろう。下手したら二十四時間食べないこともあるが、苦ではない。
  ただ、食事の時間以外は誰とも会えないので、この時間は少しだけ楽しみだ。
優貴「密香、いまは夜か?」
密香「さぁ、どうでしょうか」
  曜日や時間、最近の出来事の質問は答えてくれない。何故だろう。外の世界を嫌った俺に対する配慮なのだろうか?良い妹を持った。
密香「あの、叔父さんが、兄さんにお話があるって……」
  だが、それだけは余計だ。
密香「……外に出るのはいやですか、兄さん?」
  こいつが元気で、外の世界で幸せに生きている。その情報だけ貰えれば俺は充分だ。
  他人との関わりも信頼できない情報も、全く興味がない。

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