one phrase ~言葉より前の物語~

本間ミライ

第2話 言葉との出会い 後編(脚本)

one phrase ~言葉より前の物語~

本間ミライ

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〇古書店
  カナタの元から逃げ出した私は、すがる
  ように『one phrase』にやって来た。
ミア「ハァ・・・ハァ・・・」
バベル「やあ。お疲れ様。どうだった? カナタ君と話せた?」
ミア「・・・・・・」
  「話したくない!」
  カナタの言葉が何度も再生される。
  その言葉には確かに怒りの感情が
  込められていた。
  それは確かな痛みとなって私の胸に
  突き刺さる。
ミア「あの、あの・・・。うっ・・・」
  気が付くと、私は泣いていた。
バベル「どうやら上手くいかなかったんだね。 ほら・・・」
  そう言ってバベルさんは私に
  ハンカチを差し出す。
バベル「物理的な外傷以外で涙を流すのは 初めての事だろう?」
バベル「痛みと言うのは目に見えない場合も あるんだ」
ミア「・・・・・・」
ミア「元に・・・元に戻して下さい」
バベル「え?」
ミア「言葉も感情も、こんなに辛いなら、 知りたくありません。元に戻して下さい!」
バベル「・・・・・・」
バベル「それは難しい・・・」
ミア「何故、ですか?」
バベル「“ノア”を介さずに覚えた知識や体験は、 記憶でも消さない限り、消す事は出来ない」
バベル「そんな事、 僕の一存じゃ決められないだろ?」
ミア「では、父の許可 、とってきます!」
バベル「・・・・・・」
バベル「分かった・・・」
ミア「ありがとうございます」
バベル「言葉は人と人とを結ぶもの。 だけど時に凶器にもなる」
バベル「君の辛さや痛みは僕も理解できる からねぇ。安易に頑張れとは言えないよ」
  そう語るバベルさんの目は遠くを見すえ、
  とても悲しそうに見えた。
バベル「じゃあ後日、基本言語プログラムを アンインストールしよう」
バベル「ここ数日の記憶が消えて、色々混乱すると 思うから、準備は怠らないようにね」
ミア「はい」
バベル「あと僕の事は勿論、 カナタ君の事も多分忘れてしまう」
バベル「カナタ君には僕から説明しておくけど、 それでも良いね?」
ミア「・・・・・・」
ミア「お願い、します」
バベル「じゃあ色々準備出来たらまた訪ねて来てよ」
  これで良い・・・。これで・・・。
  そう自分に言い聞かせながら、
  私は『one phrase』を後にする。

〇黒背景
  カナタの笑顔が脳裏浮かぶ。
  あの綺麗な笑顔、こんなにも心惹かれて
  やまないカナタの笑顔。
  あの笑顔を最後にもう一度だけ
  見たかったな・・・。
  人と心通わす難しさ、分かり合えない事が
  こんなにも怖いなんて、
  想像すらしていなかったな・・・。

〇古書店
  ~数日後~
  父の 許可を貰い、ここ数日の代替えとなる記憶の準備などを済ませた。
  父からは 否定的な意見が垣間見えたが、
  それでも諸々の準備を手伝ってくれた。
  私が『one phrase』を訪れると、
  そこには先客が居た。
  バベルさんのように流暢に言葉を話す
  年老いた女性。
  バベルさんととても楽しそうに
  話している。
バベル「ああ。ミアちゃん。 ごめんちょっと待っててくれる?」
ミア「はい」
老婆「あれ、この子? 新しい顧客?」
バベル「はい。でも、アンインストールするんです」
老婆「それは残念ね・・・」
バベル「ええ。でも仕方ないですよ。 辛い事も多いですから・・・」
老婆「そうね・・・。 それじゃあ私はそろそろ帰ろうかしらね。 あなたもいろいろ準備があるだろうし」
バベル「ええまあ・・・」
バベル「あ、そうだ。僕の準備が出来るまで この子の相手をしてあげてくれませんか? 僕の方はしばらくかかりそうなので」
老婆「ええ構わないわ」
老婆「と言う事で、暇な老人の話相手になって 下さる? えっと、お名前は・・・?」
ミア「ミ、ミア・・・です」
老婆「そう。ミアちゃん。可愛い名前ね。 私の名前はアンナよ」
アンナ「よろしくね。ウフフ」
アンナ「今日はとても良いお天気だから テラスでお茶でもどうかしら?」
ミア「は、はい・・・」
  アンナさんはとても穏やかに
  微笑んでいる。

〇広いベランダ
  よく晴れた空の元、アンナさんは紅茶を
  一口飲んで、にっこりと笑っている。
アンナ「言葉を覚える前も美味しい物を 口にすると、幸せな気持ちになったわよね」
ミア「た、確かに、そんな気がします」
アンナ「ウフフ」
  アンナさんはティーカップを置いて、
  私を見つめた。
アンナ「辛い? 言葉を覚えてみて・・・」
ミア「・・・はい。辛い・・・です」
ミア「私、ある人の笑顔。笑う理由。 知りたくて、言葉覚えました」
ミア「その人、テレパシー障害で、 不幸なハズ・・・。 なのに笑ってる。幸せそうに・・・」
アンナ「それはいけないこと?」
ミア「いいえ。そうでは無く、私、その笑顔、 とても良く思いました」
ミア「それでその、同じように笑いたいと、 思って・・・」
アンナ「そう・・・」
ミア「ですが、ダメでした。 彼を怒らせ、話したくない、言われました」
アンナ「どんな風に聞いたの?」
ミア「テレパシー、使えなくて不幸。 なのに何故笑えるか、聞きました」
アンナ「そう。そのまま感じた事を伝えたのね」
ミア「はい。良くなかったでしょうか?」
アンナ「うーん。言葉にはね、時に“嘘”が必要なの」
ミア「ウソ?」
アンナ「そう。本当の事とは違う事を言って、 沢山の思いを隠したりするの」
ミア「何故、ですか?」
アンナ「そうねぇ」
アンナ「恥ずかしい思いを隠したかったり、 相手に嫌われないためったり、 傷付けないためだったり・・・かなぁ」
ミア「・・・・・・」
  そうか・・・。
  私は彼を怒らせただけでなく、
  深く傷付けてしまったのだ。
アンナ「人の感情はとても複雑なの。 全ての思いを言葉にする訳じゃないのよ」
ミア「む、難しいです」
アンナ「ええ、そう。とても難しいわ」
  アンナさんは遠く見つめて語り始めた。
アンナ「私の夫もね。テレパシー障害だったのよ」
ミア「え?」
アンナ「初めわね、私も怖かったわ。 全然言葉や感情を理解出来なかったし、 分かり合えない事が何より辛かったの」
ミア「はい・・・」
アンナ「それでもね。彼と過ごした日々は とても素晴らしいものだったわ。 彼と交わす言葉の数々」
アンナ「その度、彼の事を一つずつ知っていく喜び」
アンナ「つまらないことで喧嘩した日さえ、 今では素晴らしいと思えるの」
  アンナさんは空を見上げて目をつぶる。
  そして私の方を見つめ直した。
アンナ「ミアちゃん。その彼に謝るの。 そしたらきっと許してくれるわ」
ミア「でも、私・・・」
  アンナさんが私の手に
  優しく手を重ねてた。
アンナ「ミアちゃん! どうか辞めないで欲しいの。 言葉を交わすこと」
アンナ「言葉は複雑で、怖くて、 煩わしいかもしれない」
アンナ「分かり合えなくて、 悲しい日もあるかもしれない」
アンナ「でもどうかくじけないで。その先には必ず 素晴らしい事が待ってるから」
アンナ「その人を知ろうとするその気持ちを どうか捨てないで・・・!」
ミア「・・・・・・」
ミア「良いの、でしょうか?」
アンナ「ん?」
ミア「もう一度、彼と・・・カナタと話すこと。 謝って、カナタ、 許してくれるでしょうか?」
アンナ「ええ。きっと伝わるわ」
ミア「私・・・」
アンナ「行ってきなさい!」
  アンナさんは私の背中を強く叩いた。
ミア「はい!」
  私はカナタの病室へと向かった。

〇綺麗な病室
  カナタの病室に着くと、
  カナタは前回と同じ窓辺に立っていた。
  私の顔を見て、
  この間と同じように私に背を向ける。
カナタ「君か・・・。 君とは話したくないって言ったよね」
ミア「私、その。あの、ごめんなさい! 酷い事、言ってしまって・・・。 傷付けてしまって・・・」
ミア「あなたの気持ち、何も考えてなかった。 ごめんなさい!」
カナタ「・・・・・・」
ミア「私は、アナタの、その笑顔・・・だけ じゃなく。あなた事、知りたいんです!」
ミア「あなたと、一緒に、笑ってみたいです! あなたと、素晴らしい時、 過ごしたいです!」
カナタ「それは・・・」
ミア「言葉について、いろいろ聞きました。 言葉、とても難しく、複雑なこと。 伝わらなくて、怖いこと」
ミア「時に嘘が、必要なことも・・・」
ミア「あ、その、先ほどの謝罪は、 嘘では無くて、その、傷付けない為に 必要と聞いただけでその・・・」
カナタ「ぷっ。あははは!」
ミア「何か可笑しいですか?」
カナタ「そうじゃなくて。いや可笑しいか。 ぷっはははは!」
ミア「?」
カナタ「いやごめんごめん。伝わったよ。 君の気持ち・・・」
カナタ「僕の方こそ慣れない君に 冷たくしてしまって、その悪かった・・・」
ミア「いえ、私が、悪いです」
カナタ「ううん。僕は怖かったんだ。 君のこと、よく知らないし、 どうせ分かり合えないって勝手に思ってた」
カナタ「でも今は違うよ。 君のこと、知りたいって思うんだ」
カナタ「だからミア。こっち来て」
ミア「え?」
カナタ「もっと話そう」
  そう言ってカナタは私に笑顔を向けた。
  最初に見かけたあの日と
  同じ笑顔で・・・。
  そして、その笑顔を見た私も思わず
  笑顔になっていた。

〇古書店
バベル「ああミアちゃん。遅かったね。 こっちは準備出来てるよ」
ミア「ハァ・・・ハァ・・・」
バベル「そんなに急いで来なくても、 逃げたりしないよ」
ミア「ハァ・・・ハア・・・あ、あの・・・」
  息が切れて上手く話せない。
  代わりに私はテレパシーを使い、
  アンインストールをしない意向を
  バベルさんに伝えた。
  そして、そのテレパシーと共に私の中の、
  ある“決意”がバベルさんにも
  伝わったようだった。
バベル「フフ。 是非それはミアちゃんの口から・・・。 言葉にして、聞いてみたいなぁ」
  私は深く息を吸う。
  そして、言葉にする。
ミア「私、ここで・・・言葉を研究したいです!」
  こうして私の言語研究員としての
  日々が始まった。
  この言葉を紡ぐ場所。
  『one phrases』と
  呼ばれる場所で・・・。

次のエピソード:第3話 母からの手紙 前編

コメント

  • とても素敵なお話でした、
    ミアちゃんのこれからを応援します!

  • 未知って最初は怖いものですよね。克服できたようで良かったです。
    笑顔の2人がとても可愛かったです。

  • 短編から読ませていただきました。
    ぎゅっと詰まった短編も良かったですが、
    こちら長編になってさらに物語が深くなり引き込まれました。
    ミアちゃんを応援したいです!

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