one phrase ~言葉より前の物語~

本間ミライ

第1話 言葉との出会い 前編(脚本)

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本間ミライ

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〇黒背景
  私達が強く誰かを想う時、
  どうすればその感情を
  正確に伝える事が出来るのだろう?
  出会える事が出来て嬉しいこと。
  一緒に居て楽しいこと。
  分かり合えなくて悲しいこと。
  上手く気持ちが伝わらなくて
  腹が立つこと。
  とても大切に思っていること・・・。

〇塔のある都市外観
  私達の住むこの世界では
  “テレパシー”を使い、
  全ての情報共有を行っている。

〇研究機関の会議室
男T(本日の業務開始。午後三時終了予定。 本日分のデータを送信)
女T(了解。データを受信。業務を開始する)
  簡単な情報のやり取りと、
  その返答をお互いの脳に直接伝達し合う。
  そこには感情が付属する事は一切ない。
  いつしか私達の心も
  感情に対して鈍くなり、
  他人と心を通わす事を忘れていった。

〇塔のある都市外観
  “テレパシー”が普及するはるか昔、
  この世界には“言葉”と呼ばれるものが
  存在していた。
  それは人と人を結びつけ、
  情報伝達だけでなく、お互いに
  感情を伝え合う事も出来たと言う。
  私が彼と出会ったのも、
  私が言葉を覚える少し前のことだった。

〇病院の廊下
  ある病室から不思議な音が聞こえてきて
  私は足を止めた。

〇綺麗な病室
  その不思議な音の正体は二人の男から
  発せられているものだった。
  一人は白衣を着た研究者のような風貌の
  中年の男。
  もうひとりは患者衣を着た少年。
  その二人の男の口から発せられる
  聞いた事もない全く未知数の音の数々。
  彼らはそれを使い、
  どうやらコミュニケーションを
  とっている様子だった。
  初めて見るその光景に私はただ惹かれた。

〇ソーダ
  そして私が何より惹かれたのは、
  少年が見せるその表情。
  他の誰からも見た事も無い
  不思議な表情だった。

〇黒背景
声「・・・る? ・・・ねえ・・・える?」
  音が聞こえる。
  私へ向けられた声音。
声「ねぇ・・・聞こえる? ・・・丈夫?」
  やがてその音は私の中で
  意味を持ち始めた。

〇古書店
  言語研究センター『one phrase』
  私は簡易的なベッドの上で目を覚ます。
中年の男「聞こえてる? 聞こえていたら手を挙げてくれ」
  私は手を上げ、男に合図をした。
中年の男「良かった。 どうやら無事にインストール出来たらしい」
中年の男「これで君は言葉を使えるように なったハズだ」
少女「わ・・・た・・・わた・・・しは・・・?」
  思うように口が動かない。
中年の男「まあ、発声に関してはすぐに慣れるよ。 問題なのはむしろ心の方だね」
中年の男「以前より感情の起伏が 激しくなってるだろう?」
  私は自分の中に疑問や驚きと言った
  感情がある事に気付いた。
中年の男「不思議だろう? 感覚としての感情を理解するのは」
中年の男「これは知識だけじゃ 決して得られない事なんだ」
中年の男「と言っても君の中に感情が 全く無かった訳じゃないけどね。フフフ」
少女「あ、それ、表情・・・」
中年の男「これかい? これは笑顔だ。笑うこと。 面白かったり、嬉しかったりすると、 思わずなってしまうそんな顔だ」
中年の男「君にも出来るよ。 ほら、頬の筋肉を上げて・・・」
少女「こ、こう?」
中年の男「うーん。やっぱり長いこと 感情表現をしていないと、 表情筋にも影響が出ると・・・」
  中年の男はポケットから棒のような物と
  ペラペラの物が束になった物を取り出し、
  そこに記号の羅列を描き始める。
  おそらく“文字”と言う物だろう。
中年の男「君から感じる沢山の疑問に一つ一つ丁寧に 応えてあげたい所なんだが、僕から少し “言葉”について説明させて欲しい」
少女「おね、お願いします」
中年の男「・・・・・・。えっと、まず、僕達人間の 脳は普段巨大なネットワークシステム である“ノア”と繋がっている」
中年の男「そこにアクセスする事で、様々な情報や 知識を得る事ができ、ノアを介して テレパシー技術も可能となっている」
中年の男「ここまでは分かるよね?」
少女「はい」
中年の男「基本言語プログラムは そのネットワークに頼らない特殊な技術だ」
中年の男「テレパシーとは違い、時間はかかるが、 より複雑な情報のやり取りが可能となる」
中年の男「そして、君が抱えた感情や想いを 伝える事が出来る」
少女「想い・・・」
中年の男「でもどうか気を付けて欲しい」
中年の男「思考が言語化されると、 今まで気にも留めなかった 些細な事も過剰に反応してしまうから」
中年の男「不安や恐怖、 負の感情が君を襲う事もあるだろう」
少女「私、少し、不安」
中年の男「うん。まあその気持ちから逃げないようにすればそれでいい・・・と僕は思うよ」
少女「そう、ですか・・・」
中年の男「フフ。でも驚いたよ。君のような若い子、 それも医療センターの所長の娘さんが 言葉を覚えたいと願ってくるとはさ・・・」
中年の男「人格にも大きな影響を 及ぼすかもしれないのに、 君はこのプログラムを求めた。何度もね」
少女「・・・・・・。 私、あの少年が、見せた笑顔。 あの笑顔知りたい!」
中年の男「”カナタ”君の笑顔? ・・・・・・」
少女「カナタ・・・君?」
中年の男「ああ。君の言う少年の名前」
少女「名前?」
中年の男「その人を表す言葉だよ」
少女「カナタ、君・・・」
中年の男「あ、ちなみに“君”は敬称で 名前は“カナタ”だからね」
少女「?」
中年の男「君の名前も考えてあるよ。 “ミア”って名前なんだけど・・・ どうかな?」
少女「ミア・・・」
中年の男「気に入らない?」
少女「良い・・・です」
中年の男「ちなみに僕の名前は“バベル”だ」
バベル「以後よろしくね」
ミア「バベル・・・」
バベル「えっと。 一応年上の人には“さん”をつけようね」
ミア「わかり、ました。 それで、あの、カナタはどうして笑う事、 出来るのでしょう?」
バベル「笑うことって言われても・・・ 生理現象で、 誰でも出来ることなんだけど・・・」
ミア「そうではなく。 私、あの笑顔見ると、 何か不思議な気持ちになる」
ミア「自分でも分からない。 ずっと忘れられない・・・」
バベル「んー。君も知ってるかもしれないけど、 カナタ君は、“テレパシー障害”なんだ。 理由のハッキリしない謎の病気」
バベル「彼、彼女達はテレパシーでの やり取りが一切出来ない」
バベル「全ての情報共有がテレパシーで行われる この世界において、それがどういう事か、 医療センターの娘さんなら分かるよね?」
ミア「・・・・・・」
ミア「じゃあ、彼、何故、笑える・・・?」
バベル「話してみると良いよ」
ミア「話し?」
バベル「言葉はね、人と人を結ぶ為にある。 祖父の受け売りだけどね」
バベル「相手の事が知りたいなら、 お互い話し合うんだ」
ミア「そう、ですね! 私、ちょっと、行きます!」
  私は一目散にカナタの病室へと向かった。

〇綺麗な病室
  病室に着くとそこには窓辺に立ち、外の
  景色を見つめているカナタの姿があった。
  私に気付いて、カナタが振り向いた。
カナタ「君は・・・? 誰?」
ミア「わたし・・・私は・・・ そう! ミア! 私の名前! バベル・・・さん? から貰った名前!」
カナタ「バベルさんに?」
ミア「そう! ・・・です」
カナタ「君も言葉を・・・」
  そう言ってカナタは私に微笑んだ。
  綺麗とか、美しいと思った
  私の感情は彼には直接伝わらない。
  その事になぜかこの時、安堵した。
カナタ「それで僕に何か用?」
ミア「あ、あの私・・・」
カナタ「慣れない内はゆっくりでいいよ」
ミア「は、はい・・・。その、知りたいです。 あなたの、笑顔・・・」
カナタ「笑顔?」
ミア「何故笑ってる?」
カナタ「今は笑ってないけど・・・」
ミア「違います。その、前に見た時、 笑ってた・・・。だから・・・」
カナタ「何で笑っていたのかってこと?」
ミア「は、はい」
カナタ「その時は楽しかったんじゃない?」
ミア「楽しい?」
カナタ「うん」
ミア「何故?」
カナタ「何故って言われてもなぁ」
ミア「だってあなた、本来不幸なはず。 テレパシー使えなくて可哀そう。 誰とも繋がれない。孤独で、寂しいはず」
ミア「なのに、何故楽しい? 笑う事、出来るですか?」
カナタ「・・・・・・」
  カナタの表情に陰りが見える。
  私を見るカナタの目が先ほどとは、
  明らかに違っていた。
カナタ「そうだね。テレパシーで 何でも分かる君には理解できないかもね」
ミア「分かりません。あなたの、言ってること」
カナタ「僕も分からないよ。君の事なんて」
  カナタが私に背を向ける。
  何かいけない事を言ってしまったのか?
  いや、思った事を言っただけだ。
ミア「怒ってる? ですか?」
カナタ「別に怒ってない」
ミア「なら、何故、背を向けるですか?」
カナタ「・・・・・・」
ミア「教えて下さい! あの時、笑ってた理由。 あなたは、何故・・・」
カナタ「もう帰れよ! 話したくない!」
  分からない。
  彼が何を考えているのか・・・。
ミア「あ、あの・・・」
  こんな時、どうすれば良いのだろう?
  テレパシーが使えたら・・・。
ミア「あ・・・あ・・・」
  分からない。
  怒らせる気なんてなかったハズなのに。
  言葉が上手く伝わってない。
  それだけは何となく分かった・・・。
  「怖い」
  そう思った時、
  私の足は病室から逃げ出していた。

次のエピソード:第2話 言葉との出会い 後編

コメント

  • 序盤から、すごく引き込まれました。
    続き楽しみにしています。

  • わたしたちにとって当たり前の状態が「障がい者」になった世界で、新鮮な視点をもらえました。
    一生懸命慣れない言葉を使うミアが可愛いです。

  • みんなの使うテレパシーは感情があまり介在しないニュアンス的なやり取り、でも物事をハッキリ伝える役割を持つ言葉を紡ぐ事で、自他ともに心の化学反応が起こる。こういう設定・エッセンスを思いついたり、上手く物語に落とし込んでるのが凄いなぁと思いました…。続き楽しみにしてます。

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