雨とステアと忘れじの記憶(脚本)
〇シックなバー
マスター「いらっしゃ──っ!?」
マスター「随分と濡れているようですね・・・・・・」
マスター「奥のカウンターへどうぞ 今、温かい物をお出しします」
マスター「それにしても、すごい雨ですね 何でも数年ぶりの大型台風だとか」
マスター「今日はあまりお客様もいませんので、 ゆっくりしていってください」
マスター「そういえば・・・・・・ 私もちょうどこんな大雨の日に この店を訪れました」
マスター「もう10年も前の話ですけどね」
マスター「さ、こちら当店自慢のスープです」
マスター「いえ、お代はいりません あちらのお客様からです」
マスター「カウンターに誰もいない?」
マスター「ふふ、そうですね」
マスター「他のお客様には内緒ですよ?」
マスター「・・・・・・美味しいですか それは何よりです」
マスター「ええ、特殊なスパイスを使用しています」
マスター「口当たりをまろやかに、 それでいて舌先をピリッと刺激する」
マスター「野菜の甘みと肉の旨味を凝縮した 至極のスープです」
マスター「食欲を促進させる効果もあるんですよ?」
マスター「お恥ずかしい話 このスープを作るのに5年かかりました」
マスター「ですがそのおかげで売り上げは 毎年好調でして」
マスター「みなさん このスープを求めやってくるんです」
マスター「そしてお腹を満たすと 健やかな笑みで帰っていく」
マスター「軽食のつもりが、休憩のつもりが」
マスター「──なんて言いながら、ね?」
マスター「おや、おなかすいてきました?」
マスター「ふふ、かしこまりました」
マスター「これ使ってください」
マスター「冷えますからね 暖房も強めにしましょう」
マスター「そうですね それでは、服が乾くまでの間──」
マスター「私の昔話にお付き合いください」
〇古本屋
マスター「──10年前 両親を事故で失った私は 途方に暮れていました」
マスター「大雨の中、何処へ向かうでもなく ただ、歩き続けました」
マスター「ずぶ濡れの私は ひどくみすぼらしかったでしょうね」
マスター「それはもう酷い有様でした ドブネズミもびっくりです」
マスター「行く当てもなく、ただ彷徨い、歩く──」
マスター「きっと、ひとときの時間でした ですが私には永遠にも引き延ばされたように感じたのです」
マスター「そんな中、ある人に出会いました」
マスター「ええ、この店の”元”マスターです」
マスター「惨めな格好をした私に一言 『ウチに来な。たらふく食わせてやる』と」
〇シックなバー
マスター「豪快な女性でした」
マスター「しかし、彼女の作る手料理はどれも繊細で 私の身体にスーッと溶け込んでいきました」
マスター「まるで私の感情に訴えかけているようで 涙をボロボロと流しながら」
マスター「それでも食べる手を 止めることはできませんでした」
マスター「危うく窒息しかけ、殴り飛ばされました」
マスター「食べ物を吐き出し そんな私を見て女性は笑いました」
マスター「なんだか可笑しくて 一緒に大笑いして・・・・・・」
マスター「それで、落ち着いたら ようやく泣くことが出来ました」
マスター「泣いて、泣いて、泣いて・・・・・・ 人前であれだけ大泣きしたのは最初で最後」
マスター「それからはあっという間でした 二人で一緒にお店を切り盛りして」
〇シックなバー
マスター「10年、私はこの店を守り続けてきました」
マスター「いつあの人が戻ってきてもいいように あの人が弱音を吐ける場所であるようにと」
マスター「まったく、あの人は今どこで 何をしているのだか・・・・・・」
マスター「その顔を見るに 料理はご満足いただけたようですね」
マスター「おや、もうこんな時間ですか 少々話しすぎました・・・・・・」
マスター「お客様 当店はこれより夜の部となりまして バー開店になりますが・・・・・・」
マスター「いえ、貴女なら よくご存じでしょうね──”マスター”?」
マスター「夜の部は貴女の担当でしたから」
マスター「気づいていないとでも? ずぶ濡れの貴女を見たときにはもう 察していました」
マスター「まさかこんな形で再会するとは ふふ、あの時とは立場が真逆ですね」
マスター「マスター、ご注文は?」
マスター(私のおすすめですか・・・・・・)
マスター「ではカクテルから ──”ジンライム”なんてどうでしょう?」
マスター「いいえシェイクはしません だって、ギムレットには早すぎるでしょう」
マスター「可愛げがない、ですか・・・・・・」
マスター「ふふ、あれから10年ですよ? ”俺”だってもう大人ですから」
マスター「それで、今まで何処をほっつき歩いていたんですか・・・・・・」
マスター「エンジェル投資家? これから先の未来に投資?」
マスター「難しいことはよく分かりません」
マスター「都合が悪くなるとそうやって・・・・・・ 貴女の悪いクセですよ」
マスター「まあいいです 今夜は飲みましょう」
マスター「10年越しの再会に──乾杯!!」
マスター「うぅ、ちょっとからひ・・・・・・」
マスター「あ、いや!」
マスター「おお、美味しいな~っ! なんて~」
マスター「・・・・・・」
マスター「・・・・・・・・・・・・」
マスター「お酒が飲めるようになって 何度か挑戦しました でも、こればっかりはどうにも慣れません」
マスター「バーのマスターがお酒を飲めないなんて 話にならない」
マスター「この店には貴女が必要なんです」
マスター「戻ってきてくれるんですよね? イヤですよ、このままお別れなんて」
マスター「誰のせいだと思ってるんですか? 貴女が俺をこんな風にしたんですよ!?」
マスター「もう貴女なしでは生きていけません」
マスター「──責任、とってください」
マスター「俺と契約してくださいよ 貴女に俺を占有する権利をあげます」
マスター「だから俺に 貴女を占有する──権利をください」
マスター「ジンライム、飲んだでしょ? 年齢なんて関係ないんです!」
マスター「俺が、貴女のことを、好きなんです! 愛しているんです・・・・・・ッ!」
マスター「過去も、今も、未来も ずっと、ずっと──愛し続けます」
マスター「だから、俺と結婚してください また二人で、貴女のそばで」
マスター「きっと幸せにしますから きっと・・・・・・」
ジンライムって個人的に思い入れのあるお酒なのでふと飲みたくなりました。そうですよね、恋に歳の差は関係ないですよね。ずっと待っててくれた彼とふたりで幸せになってほしいです。
ちょっと大人な感じのラブストーリーですね。
バーに似合う女性って大人でかっこいいイメージなので、つい彼がかわいく思えてきます。
どんなに自分を着飾っても、根本にある自分には嘘をつけませんよね。伝えなきゃ済まない気持ちもあるし、それが人間だとも思います。この後思いっきり甘えてほしいです!