フラワー探偵・花音

安曇野あんず

第1話 ブーケは語る(脚本)

フラワー探偵・花音

安曇野あんず

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〇お花屋さん
  小さい頃から花屋さんで働くのが夢だった。下北沢にある『フローリスト・ジュン』で働き始めて半年。
市ノ瀬花音「あ、あの、ブーケを作らせて頂きます市ノ瀬花音(いちのせかのん)です。どんなブーケに、い、致しましょうか?」
  花のことならいろいろ勉強してきたのに、接客する時って一瞬フラっとするくらい緊張する。
男性客「あはは。店員さん、なんか緊張してて初々しいねぇ。うーん、そうだな。彼女、豪華なほうが喜ぶからバラのブーケかな」
  男性客に言われてブーケを作り始めると、不意にある映像が頭に浮かんできた。

〇水たまり
  ブーケを作る時、なぜだがドラマのワンシーンみたいに、それを受け取った人の未来が脳裏をよぎる。
  今の映像は女の人が、この男の人にブーケを投げつけるシーンだった。

〇お花屋さん
男性客「あれ、なんか変な注文だった?」
市ノ瀬花音「そ、そんなことないです。 あの、こちらでよろしいでしょうか?」
男性客「うん。最高。 これで彼女も機嫌直してくれるかな」
  気まずさを隠してブーケを渡した男の人の背中を見送ると、入れ違いに中村恵麻(なかむらえま)が店に入ってきた。
市ノ瀬花音「いらっしゃいませ・・・ってなんだ、恵麻かぁ」
中村恵麻「『恵麻かぁ』って何よ! 花音が一人前のお花屋さんになれるように、今日はお客さんとしてきたんだから」
  彼女は親友の恵麻。近くにある劇団で駆け出しの女優として忙しい日々を送る中、いつも私のことを心配してくれている。
中村恵麻「劇団の常連さんから頼まれたブーケなんだけど7時の開演に間に合う?」
市ノ瀬花音「もちろん! 今から作れるよ」
  恵麻に渡されたメモを見ながらブーケを作り始めた。
市ノ瀬花音「えーっと百合をベースに白い花とグリーンのブーケ。舞台で渡しやすいように・・・結構細かくリクエストが書いてあるね」
中村恵麻「うん。このブーケを注文した人、うちの看板女優の北川百合(きたがわゆり)さんの熱心なファンなんだ・・・」
中村恵麻「今日の舞台にどうしても来られなくてブーケだけ届けたいって言うから、私が『素敵な花屋さんに頼んでおきます』って言ったの!」
市ノ瀬花音「薦めてくれてありがと。恵麻」
  ブーケを作り始めたとたん、今まで感じたことのないほど激しいめまいがして、その場に座り込んだ。

〇血しぶき
  そのあとすぐに頭に浮かんできたのは男の人が百合さんにナイフを振りかぶる映像だった。

〇お花屋さん
中村恵麻「ちょっと、花音! 大丈夫?」
市ノ瀬花音「ごめん、めまいがして・・・」
中村恵麻「それって、もしかして・・・」
市ノ瀬花音「うん、また変なイメージが」
中村恵麻「え、どんなイメージ?」
  なんとか立ち上がったけれど、まだ気持ちが悪かった。だって・・・。
市ノ瀬花音「なんか・・・男の人がナイフで百合さんを刺そうとする映像だったんだけど・・・」
中村恵麻「えっ。そんな・・・。 百合さんを刺すって・・・どんな人?」
市ノ瀬花音「うーん。ヒョロっと背が高くてツリ目の男の人で・・・」
中村恵麻「そんな人、うちの劇団にはいないなぁ。 お客さんまでは分からないけど」
中村恵麻「この常連さんは百合さんのファンだし、女の人だから大丈夫じゃない?」
市ノ瀬花音「そっか。じゃあ、ただの勘違いかなあ」
中村恵麻「そうだといいけど・・・。ちょっと、この花を持っていって百合さんに話してみるね」
市ノ瀬花音「ありがとう。でも、私も気になるから店が終わったら劇場に行ってもいい?」
中村恵麻「いいよ。でも本当にナイフ男なんて来たら危ないしなあ。そうだ! あの人に相談してみようっと・・・」

〇劇場の座席
  小劇場に恵麻を訪ねて行くと、見知らぬ男の人と一緒に私を待っていた。
岸井浩太「探偵の岸井浩太(きしいこうた)です」
岸井浩太「僕が目を光らせていますから、花音さんは近くにいて何か異変に気づいたら教えてください」
市ノ瀬花音「あ、はい。わかりました」
中村恵麻「開演は7時だけど、私は今から準備しないといけないから、あとはよろしくね」
市ノ瀬花音「うん。恵麻は舞台頑張って」
中村恵麻「もちろん!」
  恵麻が慌ただしく控室へ駆けていくのを見送った。
  もしかしたら事件が起こるかもしれないと思うと胸が苦しくなってきた。
岸井浩太「わー、舞台袖から客席って、こんなによく見えるものなんですね。スポットライトって一回浴びてみたいな」
市ノ瀬花音(事件が起こるかもしれないのに緊張感なさそう・・・。この人、本当に頼りなるのかな?)
岸井浩太「花音さんは、舞台、見たことあるんですか?」
市ノ瀬花音「あ、えっと、はい。 恵麻が出てる舞台は全部見てます」
岸井浩太「へぇ、仲いいんですね」
  衣装をまとった百合さんがゆっくり歩いてきて私と岸井さんの前に立ち止まった。
北川百合「花音さんと岸井さんね。 恵麻から話は聞いたわ」
市ノ瀬花音「突然、すみません」
北川百合「正直、ブーケを作ると未来が見えるなんて話、私には信じられない」
市ノ瀬花音「そ、そうですよね・・・」
北川百合「でも、私はハッキリ物を言うタイプだから、敵も多いし恨みを買うのは有り得ない話じゃない」
北川百合「ただ、たとえ誰かに狙われているとしても舞台は完璧にやり遂げたいの。怪しい人がいたら捕まえて。私が説教してやるから!」
「はい」
市ノ瀬花音(さすが主演女優、迫力がある・・・)

〇劇場の座席
  開演を知らせるブザーが劇場内に響いて、百合さんが悠然と舞台に進んで行く。
  百合さんが舞台に立つだけで、お客さんの視線が一身に注がれるのが舞台袖からも感じられた。
岸井浩太「いやぁ、僕、舞台を見るのって初めてなんですけど迫力あるなぁ」
市ノ瀬花音「ホントに百合さんって凄いオーラがありますよね」
  舞台上の熱気も凄いけれど、舞台袖も準備に熱がこもっていた。
  出番を待つ人たちを眺めていると、ふとキラリと光る物が目に留まった。
  光の先に視線を移すと、男の人がナイフを見つめて頷きながらポケットに押し込む瞬間を見てしまった。
市ノ瀬花音(あれ、ナイフだ・・・!)
  そう思った時には、既に男の人は私たちの目の前を通り過ぎて舞台に向かおうとしていた。
市ノ瀬花音「岸井さん。今、舞台に出ようとしている人、ナイフを持ってました!」
岸井浩太「えっ・・・あの白いシャツの人ですか?」
市ノ瀬花音「そうです。どうしよう・・・もう舞台に出ようとしてる・・・」
岸井浩太「このままだとマズイですね。 すぐに取り押さえましょう!」
  岸井さんが男に歩み寄って腕を押さえた。
男「はっ? 何すんだよ?」
岸井浩太「お前、ナイフ持ってるだろ?」
男「ナイフって・・・あぁ、持ってるよ?」
市ノ瀬花音「!」
  岸井さんが男の腕を押さえてポケットからナイフを取り出す。
  男の抵抗で床に落ちたナイフを私はとっさに拾いあげた。
市ノ瀬花音(あれ、このナイフ・・・軽い?)
男「返せよ。それは舞台の小道具だ」
市ノ瀬花音「えっ。小道具?」
岸井浩太「すみません!」
男「全く。出番だってのに邪魔しやがって」
  男の人は睨みながら私の手からナイフを取って舞台へと出ていった。
市ノ瀬花音「岸井さん、すみません」
岸井浩太「あのナイフ、よく出来ていたから無理ないですよ」

〇劇場の座席
  舞台では、さっきの男の人が百合さんと口論をしている。
  百合さんをナイフで刺そうとするシーンに目が釘付けになった。
市ノ瀬花音(確かにブーケを作った時のイメージに似ている気がする・・・)
市ノ瀬花音(・・・やっぱり勘違いだったのかな)

〇劇場の座席
  舞台が終わり客席は拍手に包まれた。
市ノ瀬花音(無事に終わって良かった・・・)
  カーテンコールで何人かブーケを持った人がステージに向かって行く時、ハっとした。
  背の高い男の人が持っているブーケは、恵麻に頼まれて私が作ったものだった。
市ノ瀬花音(あれ、私が作ったブーケだよね。 あの人が代わりに百合さんへ渡すのかな?)
  注意深く目をこらすと、男の人は百合さんのほうへ向かって角を曲がっていき背中しか見えなくなってしまった。
市ノ瀬花音(凄くヒョロっとした男の人・・・。 もしかして・・・)

〇黒
  悪い予感がして舞台袖から百合さんのほうに向かって走り出した。
  舞台と観客席から悲鳴が巻き起こって耳に響いた。

〇劇場の舞台
北川百合「うっ・・・」
  やっとたどりついた瞬間、苦しそうに顔を歪めた百合さんが私のほうへ倒れ込んできた。
市ノ瀬花音「百合さんっ!」

次のエピソード:第2話 ブーケの謎

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