〇古風な和室（小物無し）
　　例年通り、今年もこの町に台風が来た。
　　シューン、と音がして、エアコンが止まる。
妹「きゃっ、停電！」
　　妹が言って、隣の男に抱きつく。
　　暗闇でもわかる、男の戸惑い。それもそのはず。妹と男は恋人同士であり、男は今、恋人の実家に来ていた。
父「こら！裕一君！娘から離れなさい！」
　　父が怒るが、たぶん裕一君は悪くない。
末の妹「ねえ、じいじ！あれ、使うでしょ？ねっ？」
　　末の妹が暗闇を怖がりもせず、おじいにせがむ。おじいは鼻の下を伸ばして・・・
じいじ「うんうん。ほら、おまえ！何してる！あれだよ、あれ！」
　　ちょっと乱暴に、おばあに指示する。
ばあば「はいはい、あれですね。まったく、孫にはいい顔するんだから。どっこらっしょ、と」
母「あ、おばあちゃん！私が」
　　お母さんが立ち上がり、妹の好きな〝あれ〟を取りに行く。
　　〝あれ〟とは、メモリアルキャンドルのことである。
　　結婚のお祝いなんかで頂くあれ。でっかいキャンドル。停電の時しかお目見えしないこれが、末の妹は大好きなのである。
末の妹「わあ、やっぱりきれーい」
　　あたたかい声で、妹が言う。キャンドル越しに見える顔は、キラキラと輝いている。
妹「ホント、綺麗ーーね？」
祐一君「ああ、本当だな」
　　隣で、妹カップルがため息を漏らす。若い二人には、ろうそくの灯りはロマンチックに映るのだろう。
　　長女で、もう若いとも言っていられず、なのに独身・彼氏なしの私は、少し意地悪な気持ちになる。
　　で、キャンドルの持ち主夫婦に聞いてみた。
私「ね、おじいにおばあ。２人には、離婚危機はなかったの？」
　　露骨である。場の空気が凍る。
私「だって私から見たら２人ってーーまあいいや。長続きの秘訣。未来の夫婦に教えてやってよ」
じいじ「ほほほ。仲が悪く見える・・・か？だろうのお」
じいじ「ほほほ。長続きの秘訣か。長続きの秘訣はな、相手の嫌なところを伝える事じゃな」
私「嫌なところを？」
　　私は意外な答えに首を傾げた。
じいじ「このメモリアルキャンドルを見る度に思い出すな。若かったあの頃を。なあ、おまえ」
ばあば「そうですねぇ。あの頃の爺さんは可愛げがあったのに」
じいじ「それはこっちの台詞じゃ。昔のお前は可愛げがあった。今となっては見る影もない」
ばあば「昔は恰好良くて優しくてなんて良い人なんだろうって思ったんですけどね」
ばあば「一緒になったのは失敗だったと考える事もよくありますわ」
じいじ「おまえは気が利かない事があるし、遠慮がないし。おっちょこちょいだし」
私「ねえ。昔のじいじとばあばは、どんな感じで出会ったの？」
じいじ「あれは五十年前。半世紀前も前の事じゃな」
じいじ「務める職場にな、弁当屋の娘が配達に毎日来ておったんじゃ。ワシはその娘が気になってな、声をかけた。それが婆さんじゃ」
ばあば「ええ、覚えてますとも。いつも弁当を買ってくれてたんですよね」
ばあば「会っていきなり結婚を前提に付き合いたいと言われてびっくりしましたよ」
私「じいじ。大胆!!」
ばあば「私も思わず笑ってしまいましたよ」
じいじ「ああ。じゃが当時はまだ若かった。二人共、相手に本音を隠して良いところばかり見せようと格好つけてな」
ばあば「そうですね。そのまま格好つけたまま結婚して」
ばあば「それで結婚式の日、私が泣いたんですよ。本当は私、あなたが思ってるような素敵な女じゃないってね」
じいじ「あの時は焦ったのお。じゃからワシは言ったんじゃ。わかった。これからは遠慮がない。何でも言い合える仲になろうとな」
　　家族には仲が悪く見える二人。
　　しかし、そこには確かに愛があった。
　　遠慮がない。何でも言い合える仲になろうと、遠い昔にかつて約束した愛の言葉の存在があった。
　　メモリアルキャンドルの揺れる炎は、二人の懐かしい若き日を映し出していた。