灰色のカルテジア

八木羊

第18話 まほろばの娘(脚本)

灰色のカルテジア

八木羊

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〇大きい病院の廊下
キリエ「まさか、またこの病院に 戻って来るなんて・・・ しかも、707号室って・・・」
  つい2か月前には
  この真下の病室に入院していた
  その時にはこんな形で戻って来るなんて
  夢にも思っていなかった
イツキ「たしか7階と8階はVIP用の 病室だって聞いたことがある。 まあ、理事長の娘なら当然の待遇か」
カオル「VIP階っつても、 こう白黒じゃ他の階と大差ないな」
カオル「ま、ずっとこうしてても始まらない。 入るぞ」

〇綺麗な病室
眠る女性「・・・・・・」
キリエ「彼女が、眞秀ウツホ・・・」
  ベッドに横たわるその顔は鈴木先生
  そのもの。ただ、そこに生気はない
  ネームプレートにもたしかに
  『眞秀ウツホ』とある
U「遅いじゃないか」
  ベッドサイドのチェストの影から
  Uが現れた
  そしてふてぶてしくスツールに腰掛け、
  眠るウツホに視線を向ける
U「彼女が最後のアッシュマンだ。 さあ、彼女を殺して遺灰を手に入れよう」
キリエ「そうすれば、あなたの・・・ 眞秀ウツホの世界は色づくの?」
U「さすがに全部思い出したか。 まあ、そう仕向けたのは『私』だけど」
キリエ「やっぱり、U・・・あなたがウツホなのね」
キリエ「あなたも、窓の向こうの大きな少女も、 そしてあの鈴木先生も、全部、今ここで 眠っている彼女、眞秀ウツホなんでしょ?」
U「たしかに私たちはみんなウツホから 生まれた・・・けど、今ここに眠るのは ただの抜け殻であり、燃えカスさ」
キリエ「燃えカス?」
U「現実のウツホに、 最早ほとんど意識はない」
U「そのくせ、そのかすかな意識のなかで、 まだ現実を渇望している」
U「あの鈴木とかいう教師は、 その渇望の見せた束の間の幻」
U「マッチ売りの少女がこすったマッチほど 儚く、無意味な影法師だよ」
U「でも私は違う。私こそ眞秀ウツホの最後の 願いであり、本物の渇望、あるべき姿さ」
キリエ「最後の願い・・・」
キリエ「・・・6年前の慰問会のあと、 病院から帰ろうとする私たちは 看護師さんの悲鳴を聞いた」
キリエ「慌てて駆けつけてみれば、あなたは病室で 自分の目を突いていた。この万年筆でね」
  鈴木先生からもらった万年筆。
  かつて、この金の切っ先から血と
  インクがダラダラと流れているのを見た
  高校生の眞秀ウツホは赤と黒に汚れた右目を抑えながら、病室の窓枠に手をかけ、
  怯える私たちに言ったのだ
キリエ「『いずれ、貴方たちも現実のままならなさに、自分で自分を壊す日が来る。 その時は神様にでもすがりなさい』・・・」
キリエ「子供相手に、 大人げない呪いの言葉を贈ったものね」
U「呪い? 憐みの言葉だよ」
  本当にそうだったのかもしれない。
  が、その時、そう言ったウツホの顔は
  西日で判然としなかった
  そしてちょうど遠くで学校の鐘が聞こえた
  次の瞬間、彼女はゆらりと
  窓枠の向こう側に仰向けに倒れて消えた
  ・・・それが、
  私たちの忘れていた6年前のすべてだ
キリエ「てっきり死んだと思ってた」
U「私自身、そのつもりだったさ。でも当時の 病室は3階。運よく、死に損なっちゃって」
イツキ「おかげであの日の出来事は 僕らのタブーになった」
イツキ「みんな示し合わせたように、 あの時あったことを語ろうとはしない」
イツキ「次第に、僕らの中で、あの日の出来事は 本当になかったことになった」
カオル「記憶の欠落・・・もしかして、 お前はそのために俺たちの前でわざわざ ショッキングな死を演出したのか?」
カオル「俺たちの記憶の欠落になって、 いつか、このカルテジアで 完璧なものとして蘇るために」
U「さすが年長者のカオル君。そうさ。 君たちの記憶の欠落となることで、私は このカルテジアに蘇るべき存在になった」
U「かつて自分を救ってくれた神様のような 存在とその空白に君たちが気づき、 それを再び強く渇望する・・・」
U「このプロセスを経て、 私は本当の神様になれる」
U「死んで復活してこそ神様ってのは、 古今東西の真理だろ」
キリエ「神様って・・・ でも、ここは現実じゃない」
キリエ「そんなことのために 飛び降りるなんて・・・」
U「そんな脚のために飛び込んだ君に 言われるなんて心外だな」
U「でもまあ、これはあくまで結果論。私が 目を抉り、飛び降りる羽目になったのは、 他の誰でもない君のせいだよ、キリエ」
U「君があんな問いかけをしなければ・・・」
  6年前、
  初めてウツホに会った時のことを思い出す
  公演でプリマを演じきった私に、
  彼女は惜しみない拍手をくれた

〇病院の待合室
ウツホ「すごいピルエット! まるでコマみたい」
キリエ「えへへ・・・本当はもっと回れるけど、 先生がやりすぎは良くないって」
ウツホ「よくないってどういうこと?」
キリエ「成長期に脚を使いすぎると、 故障しやすくなるんだって。 故障したら、もう踊れなくなるって・・・」
ウツホ「大丈夫だよ。 キリエの脚はダイヤモンドの脚」
ウツホ「何よりも美しくて、 壊れることもきっとない」
キリエ「ダイヤの、脚・・・それがあれば 世界一のプリマになれるかな?」
ウツホ「きっとなれるよ」
  優しい年長のお姉さんは
  私の欲しい言葉を全てくれた
  今に思えば幼い私の怯えや不安を埋めて
  遊んでいたのだろう
  私はそうとも知らず、
  親切なお姉さんに尋ねた
キリエ「そうだ、お姉さんのかなえたい願いは?」
ウツホ「・・・願い?」
キリエ「私は、世界一のプリマ。お姉さんは?」
ウツホ「えっと・・・学校の先生になることかな?」
ウツホ「いろんな生徒を教える中で自分も成長 できる、やりがいのある職業だから・・・ って、父の受け売りなんだけどね」
キリエ「お父さん?」
ウツホ「学校の先生・・・実は私あまり外に出ないから、他の職業の事よくわからなくて」
キリエ「お姉さんでも、わからないことあるんだね」
ウツホ「え・・・」
キリエ「お姉さん?」
ウツホ「・・・そうね。わからないことだらけ」
ウツホ「みんながどんな風に授業を受けてるのか、 放課後どんなところに行って遊ぶのか、 私には皆目見当もつかない」
  そう言ったウツホの顔は笑っているのに、
  今にも泣きだしそうだった
  彼女はそのまま病室のほうへ去っていった
  子供の話に合わせるために作った
  適当な夢の話でも、口にしたとき、
  彼女は気づいてしまったのだ
  言葉巧みに人の欠落を埋め、
  神様のような万能感に浸ったところで、
  自分はどこまでも孤独だと
  結局、自分も学校や人との触れ合いを
  渇望し、でも手に入らない、
  ままならない人の子なのだと

〇綺麗な病室
キリエ「私の言葉であなたは気づいてしまった。 その不思議な力でどんなに神様を 気取っても、しょせん、あなたは孤独」
キリエ「あなた自身もまるで満たされてないって。 全然、神様なんかじゃないって」
U「君は私に現実を突きつけた。 私はカミサマじゃなくて、ただの病弱な 引きこもりだって。だから思った・・・」
U「こんなままならない現実なんて要らない。 そんな現実を見る目なんて要らない。 私には向こうの世界だけでいいって」
イツキ「それで君はその手で片目を突き、 現実から身を投げた、と」
U「そう。そしてこのカルテジアという 世界こそ、眞秀ウツホが潰した右目と 引き換えに得た幻肢さ」
キリエ「この世界が幻肢? 目を潰した時に 出来たって言うけど、あなたは元々 この世界が見えていたんじゃないの?」
U「私が見ていたのはきっと 本物のイデアの世界」
U「このカルテジアは、あくまで その世界を私が渇望して生まれたもの」
U「言うなればイデアの劇場の中に出来た、 私のための理想の劇場」
イツキ「そんな自分専用の劇場なんて、 ただの夢と同じだと思うけど」
U「そう。だから私は、私の見ているものを より多くの人と共有できる、 超巨大な劇場を望んだ」

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