〇レンガ造りの家
　　農村オキデンス
イリス「たのも〜」
ミゼット「うん？」
イリス「たのも〜」
ミゼット「誰だぁ？　おかしな挨拶するやつぁ？」
イリス「たのもぉ〜」
ミゼット「･･････」
ミゼット「何か用かい？　お嬢ちゃん」
イリス「お嬢ちゃんじゃない。イリス」
イリス「探偵をしに来た」
ミゼット「探偵？」
イリス「お兄ちゃんとご主人から言われて来た」
ミゼット「何の話だ？」
イリス「お兄ちゃんはヘルメス」
イリス「ご主人はヴァンという」
ミゼット「ヴァン？　ヴァン・マリアか？」
イリス「そう」
イリス「ご主人を知ってる？」
ミゼット「昔の仲間だよ」
ミゼット「俺ぁミゼットだ」
ミゼット「話は聞いている。案内しよう」

〇華やかな広場
ミゼット「お前さんがヴァンの言っていたホムンクルスか？」
イリス「多分そう」
ミゼット「昔から言ってたんだよ」
ミゼット「賢者の石と、ホムンクルスを作るのが夢なんだって」
イリス「賢者の石はもう出来てる」
イリス「お兄ちゃんが持ってる筈」
ミゼット「そうか･･････　そりゃ凄い」
ミゼット「しっかり夢を叶えて･･････　立派なモンだ」
イリス「ミゼットは？　どんな人？」
ミゼット「俺か？　俺ぁ･･････　別に･･････」
ミゼット「どこにでもいる、普通のドワーフだよ」
イリス「ご主人の仲間だった？」
ミゼット「ああ。一緒に旅をした」
イリス「何の為に？」
ミゼット「そりゃぁ魔王を倒す為だよ」
イリス「魔王？　でも魔王は･･････」
ミゼット「ああ。俺らじゃない。別の勇者が倒した」
ミゼット「世の中は平和になり、俺達の旅も終わったってワケさ」
イリス「ふぅん･･････」
イリス「それで？」
ミゼット「それで？　って･･････」
ミゼット「えぇと･･････　まあ俺ぁ他にやる事がなかったし･･････」
ミゼット「こうして今は自衛騎士をやってるのさ」
イリス「自衛騎士。軍隊とは異なり、平時の街、集落の治安を司る集団、或いはその職業」
ミゼット「お、おう･･････　良く知ってんな･･････」
ミゼット（随分変わった娘っ子だな･･････）

〇可愛らしいホテルの一室
ミゼット「ここが事件現場だ」
イリス「お酒臭い･･････」
ミゼット「はは。お嬢ちゃんにはキツかったか？」
ミゼット「大丈夫か？　遺体を見るのはもっとキツいと思うが･･････」
イリス「それは慣れてる」
ミゼット「慣れてるのか･･････」
ミゼット「被害者は、ああああ」
イリス「ああああ？」
イリス「勇者ああああ？」
ミゼット「そうだ。魔王を倒した勇者、その人だ」
イリス「魔王を殺した勇者が殺された･･････」
イリス「何で？」
ミゼット「おいおい。それを調べるのがお嬢ちゃんだろう」
イリス「･･････そうだった」
イリス「探偵する」
　　遺体は激しく損傷していた
　　死亡してから随分時間が経っているのか、腐臭が漂っている
イリス「死因がわからない」
イリス「凶器は？」
ミゼット「さあな。それらしい物は発見出来ていない」
ミゼット「そもそも勇者を殺せる武器なんて、想像も出来ん」
イリス「武器で殺したとは限らない」
イリス「それに、事故や自殺の可能性もある」
ミゼット「成程な。確かに部屋は内側から鍵が掛けられていた」
イリス「密室？」
ミゼット「そういう事になる」
ミゼット「しかし自殺は考えにくいし、事故となると益々謎だ」
イリス「事件の概要を教えてほしい」
ミゼット「ふむ。そうだな」
ミゼット「しかし場所を変えよう。ここは気が滅入る」
イリス「わかった」

〇怪しげな酒場
ミゼット「マスター！　エールだ」
ミゼット「お嬢ちゃんは何にする？」
イリス「お酒は嫌い」
イリス「ポーションがいい」
ミゼット「お、おう･･････　そんなんで良いのか？」
イリス「変なポーション」
ミゼット「マスターの特性オレンジ・ポーションだとさ」
ミゼット「それで･･････　事件の概要だったな」
イリス「うん」
ミゼット「えぇ〜と･･････　どこから話しゃいいんだ？」
イリス「最初から。なんでああああはこの村にいる？」
ミゼット「そうだな。えっと、まず魔王を倒してから、ああああはパーティを解散、」
ミゼット「世界中を旅して回っていたらしい」
イリス「どうして？　旅は終わってなかった？」
ミゼット「そうじゃない。暫くしてからわかった事なんだが･･････」
ミゼット「何て言うか、その･･････」
ミゼット「ああああは、放蕩三昧の日々を送っていたらしいんだ」
イリス「ほーとー？　贅沢？」
ミゼット「そういう事だ」
ミゼット「そりゃあ世界を救った勇者様だ。どこへ行っても歓迎される」
ミゼット「さぞ気分も良かっただろうよ」
ミゼット「迎える方だってそうさ。英雄が自分達の所に来てくれた。それだけで大騒ぎさ」
ミゼット「でもそんなのは始めのうちだけだった･･････」
ミゼット「贅沢な暮らし、山程の食べ物、高い酒･･････」
ミゼット「勇者から頼まれたら断れない」
ミゼット「エスカレートしていく要求に、周りは次第に不信感を抱くようになっていった」
イリス「みんな、ああああが嫌いになった？」
ミゼット「そうだな。村人が人間なら、勇者だって同じ人間だ」
ミゼット「欲には勝てないし、一度癖になった習慣は中々抜けない」
ミゼット「怠惰になった英雄に、愛想を尽かしたとしても無理はない」
ミゼット「で、そんな事を繰り返しながら行き着いたのが、この村だ」
イリス「ここでも同じだった？」
ミゼット「大体は、な」
ミゼット「ただもう噂は広がっていたから、あまり歓迎はされなかったらしい」
ミゼット「だから体よく、村一番の宿に軟禁していたって訳さ」
イリス「村人全員が容疑者･･････」
ミゼット「おいおい。滅多な事を言うなよ」
ミゼット「幾ら迷惑だからって、勇者を殺そうとするなんて･･････」
イリス「でも可能性はある」
ミゼット「そりゃそうだが･･････」
イリス「次。遺体を発見した時の状況は？」
ミゼット「宿屋の主人が不審に思ったらしい」
ミゼット「普段なら食事やら酒やらを山程注文するのに、数日音沙汰がなかった」
ミゼット「で、部屋まで確認しに行ったら･･････　だ」
イリス「ミゼットは？　殺人だと思ってる？」
ミゼット「おっと、言い忘れていた」
ミゼット「実はな、ここ数日の間に、勇者のパーティーメンバーが殺される事件が相次いでいたんだ」
イリス「連続･･････　殺人･･････」
ミゼット「いや、同一犯と決まった訳じゃないが･･････」
ミゼット「しかし勇者パーティーを殺害出来る人物なんて、そうそういるとは思えない」
イリス「事故。自殺。殺人。怠惰。迷惑。昔のパーティー、お酒･･････」
イリス「情報が足りない･･････　気がする」
ミゼット「うーん･･････　俺が知ってるのはそんなところだ」
ミゼット「探偵専用のギルドでもありゃ良いんだが･･････」
イリス「ない？」
ミゼット「ないな。基本的にこの手の事件を仕切ってるのは、俺達自衛騎士だ」
ミゼット「それ以上となると、もう軍隊の管轄だな」
ミゼット「どこへ行くんだ？」
イリス「迷ったら現場に戻れって、お兄ちゃんが言ってた」
イリス「ご主人も、現場100回だって」
ミゼット「わかった。戻ろう」

〇可愛らしいホテルの一室
ミゼット「遺体が･･････」
イリス「なくなってる？」
イリス「お墓に埋めた？」
ミゼット「いや、明日まではそのままにする手筈だ」
イリス「･･････」
ミゼット「おいおい。呑めないんじゃないのか？」
ミゼット「いや、その前に毒でも入ってたら･･････」
イリス「大丈夫。毒は効かない」
イリス「分析するだけ」
イリス「カロリー77kｃaｌ　脂質０ｇ ナトリウム４ｍｇ　カリウム60ｍｇ」
イリス「炭水化物４ｇ　たんぱく質０．１ｇ」
イリス「不味い･･････」
イリス「でも普通のお酒」
イリス「毒殺とかじゃない･･････」
ミゼット「じゃあ･･････」
イリス「自殺の可能性は低い･･････」
イリス「事故？」
イリス「違う！」
イリス「始めから答えは出てた！」
ミゼット「なんだって!?」
イリス「ミゼット、自分で言ってた」
ミゼット「俺が？」
イリス「『勇者を殺せる武器なんて、想像も出来ん』」
イリス「『勇者パーティーを殺害出来る人物なんて、そうそういるとは思えない』」
ミゼット「･･････」
イリス「勇者を殺せる武器はない」
イリス「勇者を殺せる人物はいない」
イリス「ああああはまだ生きてる！」
ミゼット「なんだってぇ!?」
イリス「･･････何？」
ミゼット「外だ。何の騒ぎだ？」

〇レンガ造りの家
街人「死ねぇええええええっ!!!」
街人「この疫病神がぁああああっ!!」
街人「ざまぁぁぁぁあああっはははははっ!!」
街人「勇者だか何だか知らねぇが！」
街人「いつまでも調子に乗りやがってっ!!」
街人「アンタのせいで私らの生活はムチャクチャよっ！」
街人「さっさと死んでよおおぉぉぉぉっ!!!」
街人「死ね！」
街人「死ね！」
街人「死ねっ!!」
街人「死ねっ!!」
イリス「火刑･･････」
ミゼット「なんて事を･･････」
ミゼット「おいっ！　どういうつもりだ！」
ミゼット「私刑は禁じられている！」
ミゼット「異端者審問官にでもなったつもりか！」
街人「はぁ〜？　こんな奴死んで当然でしょ？」
街人「そうだ。いつまでもデカい面して！」
街人「世界を救ったくらいでいい気になりやがって！」
街人「とんだ寄生虫だ！」
ミゼット「なんて奴らだ･･････」
イリス「もう止めた方が良い。危ない」
街人「馬っ鹿じゃないの？　止める訳ないでしょ」
街人「こんな奴生かしておいた方が危ないわ」
イリス「だから言ってる」
街人「はぁ？」
イリス「ああああは未だ生きてる」
ああああ「לרפא את האל האופורטוניסטי （ご都合主義の神の癒しよ）」
ああああ「!!קסם התאוששות （!!極大回復魔法）」
ああああ「･･････」
街人「ウソ･･････」
街人「生き返った･･････　だと･･････」
ああああ「･･････」
イリス「いけない！」
ミゼット「お嬢ちゃん！」
ああああ「אלוהי ההרס הגדול （大いなる破壊の神よ）」
ああああ「תן פטיש לשני השוטים （愚かな者共に鉄槌を下し給え）」
ああああ「קסם הרס מירבי （極大破壊魔法）」

〇荒廃した街
イリス「うう･･････」
イリス「･･････」
イリス「ミゼット･･････」
ミゼット「･･････」
イリス「死んじゃった･･････？」
ミゼット「大、丈夫･･････　だ･･････」
イリス「大丈夫じゃない」
ああああ「･･････」
イリス「勇者･･････　ああああ･･････」
ああああ「あら、元気なお嬢さんね」
ああああ「お名前は？」
イリス「錬金術師探偵イリス」
ああああ「錬金術師で、探偵さん？」
ああああ「探偵だから私が生きている事を見抜いた？」
イリス「ほとんど偶然」
イリス「謎を解いたのはミゼット」
ああああ「そう･･････」
イリス「何故？」
ああああ「?」
イリス「何故死んだマネなんてしたの？」
ああああ「特に理由はないわ」
イリス「理由は･･････　ない？」
ああああ「まあ強いて言うなら、娯楽を提供する為？」
イリス「娯楽？」
イリス「全然わからない」
ああああ「そうね･･････」
ああああ「そもそも、どうして私は勇者なのかしら？」
イリス「そんなの知らない」
ああああ「私も知らないわ」
イリス「ふざけてる？」
ああああ「その通り。これは、おふざけ。遊び。娯楽」
ああああ「私は勇者として生まれ、勇者として育てられ、勇者としての使命を全うした」
ああああ「選択の余地なんてなかった」
イリス「だから遊びたかった？」
ああああ「それもある」
ああああ「でも、これも勇者としての使命なの」
イリス「娯楽を提供する事が？」
ああああ「そう。大衆は物語を求める」
ああああ「楽しければ、善か悪かはどうでも良い」
ああああ「退屈な人生は死と同じ」
ああああ「平和とは、ゆっくり死へと向かう道程」
ああああ「考える時間がある分、死への恐怖が高まる」
ああああ「だから刺激を求める」
ああああ「死を忘れようとする」
ああああ「魔王に虐げられ、勇者が世界を救う」
ああああ「そんな物語を求めて、消費する」
ああああ「その繰り返し」
イリス「貴女が次の魔王？」
ああああ「それも悪くない」
ああああ「でも言った様に、善か悪かは問題じゃないの」
ああああ「重要なのは退屈を忘れさせる事」
イリス「退屈を忘れさせる･･････」
ああああ「そう。生を実感する。喜びを見出す」
ああああ「生きる希望を与える」
ああああ「まさしく勇者の使命でしょ？」
イリス「理解した」
ああああ「え？」
ああああ「いや、そこは『そんなの間違ってるっ!!』じゃないの？」
イリス「なんで？　自分で言ったのに」
ああああ「･･････随分物わかりの良い子ね」
ああああ「って、ダメよ。ここは私と貴女が戦うシーンでしょ？」
イリス「戦いはもう終わった」
イリス「貴女の謎は解いた」
イリス「だから私の勝ち」
ああああ「ふざけないでよ!!」
イリス「なんで？　さっき貴女はふざけるのが使命だと言った」
イリス「だから私もちゃんとふざけた」
イリス「正しい事をしている」
ああああ「何よそれ！　私が馬鹿みたいじゃない!!」
イリス「貴女は馬鹿なの？」
ああああ「むきーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
イリス「あ、間違えた」
イリス「馬鹿って言う方が馬鹿だった」
イリス「私は馬鹿じゃない」
ああああ「むおぉ殺す！　超殺す!!　全殺しだバカヤロオォ!!!」
ああああ「勇者ナメんじゃねーぞ!!　メスガキがぁ!!」
イリス「何？　戦えば良いの？」
イリス「冬と春との間に夫を変質させ融解せしめよ･･････」
ああああ「へ？」
イリス「水を黒き頭に変え、満月の昇るる東に向かい、多様なる色を通して起て･･････」
ああああ「ちょ待･･････」
イリス「煉獄の後現わるる、輝く白い太陽よ･･････」
　　存在確率変動魔法
イリス「王者の秘法（アルス・マグナ）」
ああああ「これ、錬金術の最･･････」
イリス「･･････」

〇荒廃した街
ミゼット「あ痛たた･･････」
イリス「大丈夫？」
ミゼット「何とかな」
イリス「手持ちのポーションもエリクサーもなかった」
ミゼット「いや、いい。俺は頑丈に出来てる」
ミゼット「しかし凄いな。勇者を倒しまうなんて」
ミゼット「勇者を倒せる武器はないんじゃなかったのか？」
イリス「うん。武器はない。だから魔法で倒した」
イリス「っていうか消した」
ミゼット「･･････凄い理屈だな」
ミゼット「しかも見た事も聞いた事もない魔法だ」
イリス「錬金術の最高峰。でも完全じゃない」
ミゼット「完全じゃない？　あれで？」
イリス「ものがそこに存在する確率を変動させる」
イリス「私はマイナスでしか使えない」
イリス「でも本来はプラスで使う」
イリス「ありとあらゆるものを創造するチカラ」
イリス「それが王者の秘法。アルス・マグナ」
ミゼット「創造のチカラ･･････　まるで神様だな」
イリス「そんな事ない」
イリス「神様じゃないから、反動、代償がある」
ミゼット「反動？　代償？　大丈夫なのか？」
イリス「うん。まだ許容範囲内」
イリス「成長型だから受け入れられるように出来てる」
ミゼット「受け入れる？」
ミゼット「お、おい。どこへ行くんだ？」
イリス「用事が済んだから帰る」
ミゼット「･･････そうか。急だな。まあいい」
ミゼット「達者でな。ヴァンの奴にも宜しく伝えておいてくれ」
イリス「わかった」
ミゼット「･･････」
ミゼット「とんでもねぇお嬢ちゃんだったな･･････」
ミゼット「ヴァン･･････　おめぇは･･････」

〇黒
ああああ「くそ！　どこだよ、ここは！」
イリス「私の中」
ああああ「なっ!?　中？　中って何？」
イリス「貴女の存在を、この世から消した」
イリス「その代償として、私の中に貴女を取り込んだ」
ああああ「取り込んだぁ!?」
イリス「心配しないで」
イリス「私と一つになるだけ」
ああああ「心配するわ！」
イリス「その心配も私の心配になる」
ああああ「なんじゃそりゃ！」
ああああ「ふざけんな！　私は･･････」
イリス「･･････」
イリス「私は私」

〇古書店
イリス「ご主人。ただいま」
ヴァン「やあ。おかえり」
ヴァン「･･････」
ヴァン「･･････随分、成長したみたいだね」
イリス「うん」
ヴァン「何を成した？　何を得た？」
イリス「人が幸福に暮らせる世界」
イリス「完全な世界を作る方法」
イリス「それを実現したい。実現する」
ヴァン「ほう。それはどんな世界なのかな？」
イリス「退屈な生は死と同義」
イリス「死の恐怖を忘れ、生の実感を得る世界」
ヴァン「それは･･････」
イリス「絶え間なく犯罪が起こり続ける世界･･････」