手を伸ばした先の君(脚本)
〇公園のベンチ
昼時の公園。
──また、彼女がいる。
昼休み、いつも彼女は独りベンチに座る。
何も食べず、ぼんやり空を見上げ、
ふいに視界に入った何かを目で追って、
膝の上の小さな手を握り締める。
〇電車の中
朝の満員電車。
見かけた彼女が手を伸ばしたその先は──
俺は思わず彼女の手を掴んでいた。
手塚望「あ、悪い」
俺はたまらず彼女の手を引き寄せた。
手塚望「(耳元で囁く)痴漢でもするのかと思って」
〇駅のホーム
紫月あやめ「あ、あの!」
手塚望「あ? なんだよ」
紫月あやめ「か、勘違いしてるかもしれないけど、 私は別に悪気があったわけじゃ──」
手塚望「・・・だろうな」
お前はいつも、
手を伸ばしても届かないものばっかり
見てる──。
手塚望「けど、気をつけろよ」
手塚望「お前に見えてるものだけが、 この世に存在してるわけじゃない──」
手が届かないものに手を伸ばし続けた挙句、
絶望の淵へまっしぐら──
そんな姿、俺はもう見たくないんだよ──
手塚望「遠くばっか見てると、つまずいて転んで、 終いには立てなくなるぞ」
〇公園のベンチ
その日の昼休み。
手塚望「ありがとうございましたー」
──またあいつを探すのか?
紫月あやめ「・・・なに、してるの」
──なんだ。
俺のことちゃんと見えてんじゃん。
手塚望「バイト。キッチンカーの」
紫月あやめ「・・・・・・」
彼女の手首の細さを思い出す。
せっかく来たんなら、ちゃんと食え──。
手塚望「次で売り切れんぞ」
紫月あやめ「えっ? そ、そんなに人気なの・・・?」
手塚望「お前、知らねえの。 この店、超人気店なんだぜ」
紫月あやめ「で、でも、私、 ここで、このお店初めて見たけど・・・」
手塚望「・・・それはお前が見えてなかっただけだろ」
紫月あやめ「う゛っ・・・」
手塚望「食うの食わねえの」
「いらない」とは言わせねえけど
紫月あやめ「い、いただきます・・・」
〇公園のベンチ
手塚望「いい顔してんな」
紫月あやめ「なっ、なんで、ここに!?」
手塚望「あ? 俺も昼休みだから」
紫月あやめ「いや、だからってここじゃなくても──」
これ見よがしにいつもここに座ってた俺に、
気がつかなかったのはお前だろ?
手塚望「うるせえな。 俺はいつもここで食ってんだよ。 お前が何も見てなかっただけだ」
紫月あやめ「・・・・・・」
──言いたいことはたくさんある。
けれど、この沈黙が心地いい。
ちゃんと手の届く距離にいる誰かと、
時間を共有していると感じられる。
そう、俺はあの人とも──。
〇公園のベンチ
──俺はお前に何ができる?
手塚望「・・・お前、あいつのこと好きなの」
紫月あやめ「えっ?」
紫月あやめ「関係ないでしょ・・・ って言いたいとこだけど」
手塚望「・・・?」
紫月あやめ「わかんない」
手塚望「・・・は?」
紫月あやめ「だからー、わかんないの。 好きかどうかなんて」
手塚望「じゃあ、なんで痴漢しようとしたんだよ」
紫月あやめ「あっ、だから、痴漢じゃないってば」
手塚望「や、そこはどうでもいいだろ・・・」
紫月あやめ「あの人、私の前の派遣先の上司だったの。 優しくて大人で、頼りがいがあって」
手塚望「・・・ふうん」
紫月あやめ「ああ、この人に手が届けばいいのになって思ってた。ずっと──」
手塚望「──ああ、だから・・・」
今朝、俺が手を伸ばしたみたいに──。
紫月あやめ「そう。でもね、届かないのって苦しいの」
紫月あやめ「あの人がいたら、 私はいつまでも手を伸ばし続けちゃう。 いっそのこといなきゃいいのにって」
紫月あやめ「──勝手な女でしょ?」
俺は空を見上げた。
〇空
手塚望「──わかるよ」
紫月あやめ「えっ?」
手塚望「俺の両親がそんな感じだから。 母親の病気に高い治療費がかかってさ」
手塚望「親父は寝る間も惜しんで働いて。 母さんは辛い治療を耐え続けて。 会えない日があっても我慢して。 けど、だめだった──」
手塚望「母さんはもうこの世にいない。 それでも親父は、 今でも母さんのことしか見ていない」
愛と、後悔と、懺悔──
なのだと思う。
でも──
手塚望「俺は手を伸ばせば届く距離にいるのに──」
手塚望「別に愛して欲しい、頼って欲しいってわけじゃない」
手塚望「ただ、忘れないで欲しいんだ。 俺がいることも──」
手塚望「二人のことがあってからよく思うんだよ」
手塚望「希望と絶望は紙一重なんだって」
手塚望「一筋の希望の光に手を伸ばして、 伸ばしただけじゃ届かないからって 一歩踏み出した先は崖だった・・・」
手塚望「それなら最初から 希望なんかなきゃいいのにって──」
手塚望「そんな時、お前をここで見かけた。 親父や母さんと同じ目をしてた」
──だから、放っておけなかった。
紫月あやめ「・・・私のこと、知ってたの?」
手塚望「言っただろ。 お前が見えてなかっただけだって──」
〇電車の中
夜の満員電車。
手塚望「よう」
紫月あやめ「なっ・・・また?」
手塚望「なんだよ、またって。 俺はいつもこの電車に乗ってんの」
紫月あやめ「あぁ、はいはい・・・」
紫月あやめ「──あ」
手塚望「あ? なんだよ」
彼女の視線の先に、あいつの姿──。
手塚望「・・・ああ」
手塚望「見るから、手を伸ばしたくなるんだろ。 ──じゃあ、見なきゃいいんじゃねえか」
俺は彼女の視界を自分の体で遮った。
ほら、もう何も見えない。
手塚望「(耳元で囁く)俺だけ、見てろ」
何をぼうっとしていたのか、
彼女が背後で突然開いた扉に驚いた。
俺は咄嗟に手を伸ばす。
ほら、俺なら──
手を伸ばせば届く距離に、
ずっといるだろ──?
紫月あやめ「・・・座らないの?」
手塚望「あ? 俺が隣に座ったら、 俺のことが見えなくなるだろ」
〇駅のホーム
一緒に電車を降りると、
後ろの彼女に袖を引かれた。
紫月あやめ「──ありがとう」
手塚望「あ? 何が?」
紫月あやめ「──ううん、なんでもない」
そう言った彼女の笑顔は晴れやかで、
俺は少し心が軽くなる。
いつか、こんなふうに
あの人にも──。
いや、今はまだ、
これだけを信じよう──。
手を伸ばした先のお前は、
俺の手が届く距離に
ちゃんといる──
手を伸ばせば届く距離にいるほど近い。だからこそ、逆に手を伸ばしにくい、という切なさが伝わってくる話でした。感情がとても丁寧に描かれていたと思います。素敵な物語、ありがとうございます!
手を伸ばせば届く距離、確かに伸ばせば届くけど、その伸ばす勇気が一番の難しさかもしれませんね。
特に恋や憧れとなると、尚更難しいのかもしれません…。
なんていうか切なさもありながら、あたたかい優しさも感じられる作品でした。手が届かないからこそより魅力的にみえることもあると思う。彼女が早く手の届く場所にある幸せに気づきますように。