#1 ふたりきり(脚本)
〇けもの道
鬱蒼とした森の中。
木々の隙間から、遠く向こうに海が見える。
兵藤明「ハァ・・・ハァ・・・」
兵藤明(28)が息を切らし立っている。
その手は、鮮血で汚れている。
兵藤明「やっと死んだか。これでいいんだ・・・」
〇飛行機内
2週間前・・・
飛行中の航空機の座席に座り、明はぼんやりと考えていた。
どうせ死ぬなら、知らない外国の地が良い。
景色が良ければ、なお良し
周りを見ると、家族連れやサラリーマン、楽しそうに話しているカップルで溢れていた。
恋人、家族、仕事・・・。
どいつもこいつも、誰かに求められ、役割のある人間ばかり
こいつらを見ていると、自分がいかに無価値な存在か痛感する
明は席を立ち、前方の扉ちかくにある、トイレに向かった。
CA「すみません、お客様」
兵藤明「ん?」
CA「こちら、前方ブロックの扉は、現在、解放しておりませんもので・・・」
CA「お手数ですが、後方のお手洗いをご利用ください」
兵藤明「ああ。そうっすか・・・」
明は渋々、後方に向かう。
その時、客の会話が聞こえてきた。
男性客「前のブロックに、マッチョなSPみたいな人たちが乗ってくのが見えたよ」
女性客「有名人でも乗ってるのかな?」
有名人?
チッ、人気者は優遇されていいご身分ですねぇ。クソが
心の中で悪態をつきながら、明が後方のトイレに着くと、
ちょうど女子トイレから女が出てくるところだった。
女「あっ、すみません」
狭い通路で、半身になってすれ違う明と女。
と、明のポケットから本が落ちる。
女「本、落ちましたよ」
女は落ちた本を拾いあげ、明に手渡した。
兵藤明「・・・どうも」
兵藤明(・・・いい女だな)
兵藤明(生まれ変わるなら、あんな女をモノにできる人生がいい)
〇飛行機のトイレ
便座に座った明は、ポケットから一冊の文庫本を取り出した。
先ほど女に拾ってもらった本だ。
ぺらぺらとページをめくると、各項目に自殺の方法が記載されている。
兵藤明(道具は揃えてきた。 そろそろ、死に方を決めなきゃな・・・)
ドン!
突如、大きな重低音とともに、激しい揺れが明を襲った。
兵藤明「な、なんだッ!?」
外から再度、大きな重低音が聞こえる。
兵藤明「今の、爆発音か?」
再び、激しい揺れが起こる。
〇飛行機内
明がトイレを出ると、機内には警告音が鳴り響き、乗客たちがパニックに陥っていた。
男性客「うわぁぁぁ! どうなってんだよ!? 誰か説明しろよッ!」
女性客「きゃぁぁぁ! この飛行機、お、墜ちてる・・・!?」
窓から見える飛行機の翼からは、どす黒い煙が大量に上がっている。
兵藤明「こ、これは・・・う、うわぁ!」
再度起きた激しいな揺れに体勢を崩した明は肘置きに頭をぶつけると、
そのまま通路に倒れこんだ。
意識が遠くなっていく・・・。
・・・ははは。
まさかこんな形で、お迎えが来るとはな・・・
ま、どうせ死のうと
思ってたんだし。別にいいか・・・
機体が斜めになり急降下していくのを感じ、明は気を失った・・・。
〇海辺
兵藤明「う・・・うう・・・」
目を覚ました明は身体を起こし、周囲を見渡した。
兵藤明「い、生きてる? 飛行機は・・・落ちたのか?」
兵藤明「ここはいったい・・・?」
〇黒
破滅の孤島
〇森の中
息も絶え絶えに、明は森の中をさまよっていた。
すると、少し離れたところに水たまりを発見した。
兵藤明「水・・・? 水だ!」
一目散に駆け寄り、手で水を掬い、何杯も口に運ぶ。
兵藤明「フゥ・・・フゥ・・・」
兵藤明(さっさと死んじまえばいいのに)
兵藤明(こんな汚い水をうまいと感じるなんて、どうかしてるな・・・)
〇断崖絶壁
兵藤明「あらゆる方法を調べぬいたのに、結局、ありきたりな飛び降りかよ」
兵藤明「自殺すらうまくできないなんて、笑えてくる・・・」
明が一歩踏み出そうとした時、眼下の岩場に、女が打ち上げられているのが見えた。
兵藤明「ん? あれは・・・人か・・・?」
兵藤明「いや、今の俺には関係ない・・・」
〇海岸の岩場
兵藤明「・・・くそっ。 いつからこんなお人よしになったんだ」
兵藤明「おいっ! 生きてるのかっ!?」
明は腰まで海に浸かりながら、女を陸へと引き上げた。
呼吸を整えながら、女の顔を確認する。
兵藤明(・・・ん? この女、機内で見かけた・・・)
女は咳き込みながら目を覚ました。
女「・・・あ・・・あなたは?」
兵藤明「・・・だ、大丈夫ですか?」
女「ここは・・・」
兵藤明「さあ・・・? どこかの島かも・・・」
女は立ち上がろうとするが、ふらついてしまう。
明はとっさに女に肩を貸す。
兵藤明「無理しない方がいい」
女「あ、ありがとうございます・・・」
兵藤明(なんで助けてんだ、俺・・・)
〇森の中
水たまりの水を飲む女を、明はじっと見つめている。
女のスカートは破れ、スリットのような切れ込みが入っている。
兵藤明(まさか、こんなところで女と二人きりになるなんて)
兵藤明(しかし、いい脚してんなぁ・・・)
女「・・・ありがとうございます」
兵藤明「え? ああ・・・こんな状況だし、助け合うのは当然ですよ」
女「他に人は?」
兵藤明「見かけてないですね」
女「どうして、こんなことに・・・」
兵藤明「・・・もうじき、日が暮れそうだ」
兵藤明「急いで、火をつける方法を考えた方が良いかも・・・」
女「な、なるほど。 何から始めればいいんでしょう?」
兵藤明「まずは、藁みたいな乾燥した植物を探すのがいいかと・・・」
女「そうなんですね!」
女「私、そういうこと全然知らないんで・・・教えてください!」
そう言って女はあたりを散策し始めた。
兵藤明(もしかして俺、この女に頼りにされてる・・・?)
〇海辺
日も暮れかかった浜辺で、明が木と木をこすり合わせ、火を起こそうとしている。
そこに、細く煙が立ち上る。
兵藤明「いいぞっ! もっと草を!」
兵藤明「よし! うまくいった!」
女「すごい、すごいですっ!」
〇海辺
明と女は火を囲んで座り、小さなカニをあぶって食べている。
兵藤明「まぁ、焼けば食べられなくはないか・・・」
女「贅沢は言える状況じゃないですね。 ところで・・・お名前は?」
兵藤明「ああ、火起こしに夢中で言ってなかったですね。兵藤明です」
女「私、野村ひよりと言います。 兵藤さんも墜落した飛行機に?」
兵藤明「はい。その・・・仕事のために乗っていたんですが、大変な目にあってしまいました」
野村ひより「そうだったんですね」
野村ひより「私は、新婚旅行中であの飛行機に乗っていたんです」
兵藤明「ああ、結婚されてるんですね・・・。 じゃあ、旦那さんは・・・」
野村ひより「・・・どこかで同じように生きていると、信じたいです」
ガサガサッ
野村ひより「ひゃっ・・・!」
物音に驚いたひよりは、明の方へ少し近寄る。
兵藤明「大丈夫。たぶん、イタチかウサギでしょう」
野村ひより「大げさに驚いてごめんなさい」
野村ひより「・・・こんなところで一人ぼっちだったら、耐えられないです・・・」
野村ひより「兵藤さんが一緒にいてくれて、本当に良かった・・・」
兵藤明「・・・・・・」
兵藤明(・・・まっすぐで透き通った瞳)
兵藤明(誰かにこんな風に見つめられたのは、初めてかもしれない・・・)
野村ひより「兵藤さん?」
兵藤明「え? ああ・・・僕も、ひよりさんに出会えて、良かったです」
野村ひより「私、なんだか疲れてしまって・・・。 少し、眠ってもいいでしょうか?」
兵藤明「もちろん」
野村ひより「誰かがこの火を見つけて、助けに来てくれればいいんですけど・・・」
兵藤明「そうですね。 火を絶やさないように、僕が見ておきます」
兵藤明「ひよりさんは、ゆっくり眠ってください」
野村ひより「ありがとう・・・。心強いです」
ひよりは横になり目を閉じると、すぐにスースーと寝息を立て始めた。
兵藤明(家族も恋人もなく、借金まみれのくそったれ人生だったけど・・・)
明はじっとひよりの寝顔を見つめた。
兵藤明(死ぬのは、もう少しあとにしようか・・・)
立ち上がった明は、足で砂をかけて火を消した。
兵藤明(・・・誰かに見つかってたまるか。 この島に、二人きりでいよう)
兵藤明(大丈夫、俺が助けてあげるからな・・・。 ひより、安心して、眠ってくれよ・・・)
静かに寝息をたてて眠るひよりの頬を、明はそっと撫でた。