第四話 『寄主の選別と最悪の事態』(脚本)
〇おしゃれなリビングダイニング
沙羅は瞼を閉じて、身体に巻きついた蔓の吸着を待つ。
しかし寄生根は肌の上を探るようにうごめいた後、興味を失ったかのごとく、ほどけていった。
黒木沙羅「え・・・?」
周囲を確認するようにさまようばかりで、もう沙羅に蔓を伸ばそうとはしない。
黒木沙羅「なんで寄生しないの? 私の何が気に入らないのよ!」
叫んでも、答えが返るはずもない。
???「何しとるんや!」
すると庭のほうから鋭い声が聞こえてきた。
黒い大きな影が割れたガラスを靴で蹴りつけ、侵入してくる。
黒木沙羅「・・・どうして、あなたがここに?」
帰ったはずなのに、と驚いて問いかけると、赤坂は気まずそうに頭をかいた。
赤坂隆二「ゆうとくけど、ずっと家の前におったわけやないで?」
赤坂隆二「電車は使えんし、仕方なしに近くの店で時間をつぶしとったんや」
赤坂隆二「そんで、近くを通りがかったついでに、様子を見ようとしただけで・・・ストーカーと違うからな!?」
赤坂隆二「ほんまに、誤解せんといてや!?」
黒木沙羅「・・・・・・」
慌てふためき、早口に説明する赤坂を、沙羅は無言のまま、じっと見据える。
黒木沙羅(ストーカーだとは思わないけど・・・多分、偶然通りがかったわけじゃなくて、心配して様子を見に来てくれたのよね)
赤坂の人柄を知った今では、スクープを狙って来たのではないか、などと疑うことなく、素直にそう思えた。
赤坂隆二「それより、さっき寄生がどうとかゆうてたやろ。まさかまた、切れ端を保管しとるんか?」
黒木沙羅「私が保管したわけじゃないわ。 感染症対策の人たちが回収し忘れていたの」
黒木沙羅「だけど、寄生する力はないみたいだから、安心して」
沙羅は手のひらに乗せた種を赤坂に見せて説明する。
黒木沙羅(自棄になって自分から寄生させようとした、なんて・・・言わないほうがいいわよね)
もしかしたら気づいているかもしれないが、あえて触れず、なんでもない風を装う。
赤坂隆二「蔓が伸びて動いとるのに、触っても平気なんか? 駅で飛ばしとった種と、何が違うんやろうな」
赤坂は首を傾げながら、種に手を伸ばした。
すると、蔓が赤坂の手に絡んでいく。
赤坂隆二「うぉっ!? あかん、巻きついてきた!」
黒木沙羅「ああ、私のときもそうだったけど──」
慌てて振りほどこうとする赤坂に、大丈夫だとなだめようとしたときだった。
寄生根が吸盤状の吸器を出し、赤坂の腕に貼りつく。
黒木沙羅「ダメっ!」
まだ細い蔓をつかみ、即座に引き剥がす。
赤坂隆二「い・・・っ」
皮膚に食い込んだ吸器がブチブチと音をたてて千切れ、転々と穴が開いた赤坂の腕から血が溢れる。
黒木沙羅「ごめんなさい! 私のときは平気だったのよ。 それなのに、どうして赤坂さんだけ・・・っ」
赤坂隆二「危な・・・あんたのおかげで、助かったわ」
寄生根を遠くに投げ捨てる沙羅に、赤坂がほっとした様子で感謝を述べる。
黒木沙羅「すぐに病院に行くわよ!」
赤坂隆二「今からか? 時間外やで。 怪我やったら、大したことあらへん──」
黒木沙羅「いいから、急いで! 血管の中に残骸があれば、また成長するかもしれないわ!」
沙羅は赤坂の腕にタオルを押しつけ、急かした。
〇病院の廊下
夜間診療のできる緊急病院で沙羅は経緯を説明し、早急に血管内を浄化するよう頼み込んだ。
黒木沙羅(駅での騒ぎのおかげ──なんていうと不謹慎だけど、あれがなかったら、説明したところで相手にしてもらえなかったわね)
受付の人や医師たちは動画などで異常な植物の姿を目にしているはずだ。
だからこそ、例の植物に寄生されかけたと聞いて顔色を変えたのだろう。
考えていると、コツコツと足音が近づいてくる。
橘省吾「またあなたですか。自主隔離で家から出ないとおっしゃっていたはずですが?」
ため息まじりに告げられ、むっとする。
黒木沙羅「出る気はなかったんですけど、自宅に種が残っていたんです」
黒木沙羅「そのせいで、様子を見に来てくれた人が巻き込まれてしまいまして」
皮肉たっぷりに言い返すと、橘は顔を引きつらせ、こほんと咳ばらいをする。
橘省吾「それは災難でしたね・・・しかし、寄生されても無事でいるのは何故でしょう」
橘省吾「他の人はすぐに木に取り込まれていたようですが」
黒木沙羅「多分ですが・・・血管と完全につながって成長を始める前に引き剥がしたからだと思います」
橘省吾「寄生されても、すぐに引き剥がせば問題はないと?」
黒木沙羅「それはまだわかりません。下手に引き剥がせば、その人まで寄生される危険もあります」
黒木沙羅「私はただ、運がよかっただけかもしれません」
答えながらも、疑念がよぎる。
黒木沙羅(どうして、私には寄生しなかったのかしら。最初に襲われたときは、寄生しようとしていたはずなのに)
黒木沙羅(変化があったとすればいつ? 何をきっかけに?)
理由がわかれば、活路を見出せるかもしれない。沙羅は必死に頭を悩ませる。
橘省吾「受付で血管内に残骸があれば再生する可能性があると説明されたようですが、何か根拠でも?」
黒木沙羅「推測にすぎませんが、あの植物は寄生の仕方がネナシカズラに近いんです」
黒木沙羅「ネナシカズラは除去が甘いとすぐに繁殖するので──」
説明する途中で、沙羅はハッとする。
黒木沙羅(ネナシカズラは暗闇でも相手を探り当てるし、偽物の植物には見向きもしない)
黒木沙羅(香り──摘発性化学物質で相手を判別するのよね)
黒木沙羅(トマトの茎からつくった香水に反応したって実験もあったはず。だとしたら・・・)
黒木沙羅「匂いのせいかもしれないわ」
橘省吾「はい? 何のお話ですか?」
黒木沙羅「私は今、ヨルガオの香水をつけています」
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