第二話『救出手段の模索と残り時間』 (脚本)
〇おしゃれなリビングダイニング
リビングでは太い蔓が蛇のようにとぐろを巻いて、沙羅の祖父を拘束していた。
黒木沙羅「おじいちゃん!」
大声で呼びかけると、かすれた声が答える。
祖父「・・・沙羅、逃げ・・・」
黒木沙羅「待ってて。今、助けを呼ぶわ!」
沙羅は慌てながらも、震える手でスマホを取り出し、119番を押す。
黒木沙羅「助けてください! 祖父が植物に・・・!」
救急隊員「救急ですか? どうされました?」
黒木沙羅「寄生されたんです! 蔓に巻きつかれ、取り込まれました」
黒木沙羅「蔓に襲われるので、無闇に近づけなくて・・・っ」
救急隊員「──なんだ、いたずらか」
舌打ちと共に、プツリと切られた。
黒木沙羅「ちょっと!? いたずらじゃないわよ!」
沙羅はスマホを握りしめ、怒りの声をあげる。
再び電話をかけるが、消防員の反応は変わらずすぐに通話を切られてしまった。
黒木沙羅(話すら聴いてもらえないなんて・・・こうなったら、自分でなんとかするしかないわ)
覚悟を決め、物置から庭木用の高枝切りバサミを取り出した。
黒木沙羅(距離をとれば、危険は少ないはずよ。 巻きついた蔓を切って、引き剥がせば──)
自身に言い聞かせ、手に汗を握りながら、じりじりと距離を縮めていく。
伸びてくる蔓を切ると、赤い飛沫が散った。
床に落ちて暴れる寄生根を警戒しつつ、足を踏み出したとき。
祖父「ぐあぁっ!」
苦しげな祖父の呻きが聞こえ、ぎょっとする。
黒木沙羅「え・・・?」
助けを求め、蔓の隙間から伸ばされる祖父の手が小刻みに震える。
頬にかかった滴の生温かさと、鉄のにおい。
周囲に散る、鮮やかな赤。
黒木沙羅(まさか、これって。あの植物が人間から吸い取った──おじいちゃんの血?)
ネナシカズラは寄生根を植物の維管束につなげるが、この木は血管に寄生根をつなぎ、血を養分にしているらしい。
血のようだとは思っていたが、改めてそう確信し、総毛立つ。
黒木沙羅(だとしたら、さっきの悲鳴は・・・私が蔓を切ったせいだ)
黒木沙羅(栄養の不足した木が、おじいちゃんから一気に栄養を奪おうとしたんだわ)
その場合、無理に救出すれば、逆に祖父を危険にさらしかねない。
黒木沙羅(どうすればいいの?)
黒木沙羅(──そうだ、植物学の教授に相談すれば)
藁にもすがる思いで、学生時代に教えを受けた教授に電話をかけた。
未知の植物の調査に行き、持ち帰った寄生根に祖父が寄生された流れを説明する。
教授「人と植物では構造が違いすぎる。 人間に寄生するなど、ありえないね」
教授「持ち帰った植物に幻覚作用でもあったのだろう」
黒木沙羅「幻覚ではありません。 目の前で、祖父が襲われているんです!」
黒木沙羅「教えてください。巨大な植物が宿主から血を吸い取り、養分にしているとしたら──どうすれば、助けられますか?」
教授「血を大量に抜かれた人間は、長くはもたない」
教授「寄生植物は寄主がないと生きられないから、次の寄主が見つからなければ勝手に枯れる」
黒木沙羅「ですが、その方法だと寄生された人を助けることはできませんよね。何か、他の方法は──」
教授「起こりえない事態の解決策を論じる暇はないのでね。失礼するよ」
望む答えを得られぬままに、電話を切られる。
沙羅は脱力し、その場にへたり込んだ。
黒木沙羅「・・・当然ね。私だって、人づてに聞いたところで、信じられないもの」
黒木沙羅(それなのに、自分は信じてほしいなんて。 虫がよすぎる話よね)
しかし身勝手だろうと、願わずにはいられない。
黒木沙羅「おじいちゃん・・・私、どうしたらいいの?」
祖父の返答はなかった。
意識がないのか、ぴくりとも反応しない。
黒木沙羅(こうしている間にも、おじいちゃんは衰弱していっているのに)
無力感に打ちのめされる中で、ふと赤坂の顔が頭に浮かぶ。
黒木沙羅(実際に危険を目の当たりにした、あの人なら──)
黒木沙羅(胡散臭いと思った手前、頼るのは気が引けるけど・・・取材で事件を追っているなら、興味をもってくれるはずだわ)
名刺を手に、連絡してみることにした。
〇おしゃれなリビングダイニング
赤坂は夜中にもかかわらず、すぐに駆けつけてくれた。
赤坂隆二「じいさんが木になったって!?」
祖父を取り込んだ木を目にして、眉をひそめる。
赤坂隆二「短時間で、たいした成長ぶりやな」
黒木沙羅「119番にかけたけど、相手にされなくて」
赤坂隆二「来たところで、犠牲者が増えるだけや。こないだの村でも、駆けつけた警官が取り込まれとったからな」
赤坂の言葉に、助けを期待できない現実が重く圧しかかる。
黒木沙羅「・・・寄生された人は、どれくらい生きていられるのかしら」
赤坂隆二「俺も実際に見たんはあれが初めてやし、統計はとれてへん」
赤坂隆二「ただ、あの村のやつは取り込まれて一日もせんと亡くなったそうや」
黒木沙羅「たった一日で!? 早く助けないと危ないわ。 もう、蔓を切って強行突破するしか──」
赤坂隆二「強行突破はリスクが高いで。ネットで電ノコ使うて救出したら、出血死した、っちゅう書き込みもある」
黒木沙羅「やっぱり、寄生根は血管につながっているのね」
もし切り続けていたら、祖父も出血死していただろう。手を止めた沙羅の判断は、正しかったのだ。
赤坂隆二「村のやつも、俺が切ったせいで死期が早まったんかもしれん・・・。他にどうしようもなかったとはいえ、やりきれんな」
赤坂は罪の意識を感じているのか、自嘲めいた呟きを漏らす。
黒木沙羅「私は、あなたのおかげで助かったし、感謝しているわ。不用意に近づいた私が悪いのよ」
黒木沙羅「さっきだって・・・おじいちゃんを助けるつもりで、蔓を切ってしまって」
責められるべきは自分だと、沙羅は唇を噛む。
赤坂隆二「あんたかて、なんもわからん中で、やるべきことをやろうとしただけやろ」
黒木沙羅「でも、私のせいでおじいちゃんが死んだりしたら・・・っ」
赤坂隆二「しっかりせぇ! 植物に詳しい学者なんやろ」
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