第一話 『新種の植物の寄生先』(脚本)
〇集落の入口
『見たこともない危険な植物があるので、何とかしてもらいたい』
連絡を受け、向かった先は寂れた田舎村だった。
村長「植物学者の黒木沙羅(くろき さら)さんですか? こんなに若い方だったとは・・・」
村長は沙羅を見るなり落胆を見せた。
黒木沙羅「調査に年齢は関係ありません。 サンプルを持ち帰れば詳細な検査も可能です」
黒木沙羅「何か問題が?」
にこりともせず、淡々と答える沙羅に、村長は慌てて頭を下げる。
村長「いえ、失礼いたしました。 ですが・・・どうか、気をつけてくださいね」
真剣な表情で警告され、沙羅は訝しんだ。
黒木沙羅「危険な植物だと伺っていますが、毒性の強い植物なのですか?」
黒木沙羅「どなたか被害に遭われたとか?」
村長「それが──」
村長「いえ、実際に見ていただいたほうが早いと思います」
村長はまともに答えず、先に進む。
沙羅は仕方なく、後を追った。
〇田園風景
のどかなあぜ道の中心に、不自然なほど大きな木が数本、並び立っていた。
周囲に集まる人々は木への怯えと警戒をあらわにして、距離をとっている。
件(くだん)の木は特徴的な見た目をしていた。幹に当たる部分は枝のように太い蔓が巻きつく形になっている。
黒木沙羅「熱帯のつる植物みたいですね」
黒木沙羅「締め殺しの木といわれる、沖縄のガジュマルに似ています」
黒木沙羅(この辺りでは珍しいかもしれないけど、見た限り、新種ではなさそうね)
沙羅はそっと、木へと歩み寄る。
村長「いけません! あの木に近づくと・・・っ」
黒木沙羅「?」
村長の訴えに首を傾げたとき、背後から何者かが、沙羅の腕をつかんできた。
大柄な男「やめとき。怪我すんで」
声に目を向けると、大柄な男と視線がかち合う。
黒木沙羅「離してください。私は棘や毒のある植物の扱いには慣れているので、心配は無用です」
睨みつけると、男は肩をすくめて、つかんでいた手を離す。
大柄な男「普通の植物やったら、そうかもしれんけどな。人を襲う化け物に常識は通用せえへんで」
黒木沙羅「化け物ですって? 何を馬鹿な──」
村長「そのとおりです。人から芽が生えたと思ったら、みるみるうちに成長して・・・人が近づくと襲ってくるんです!」
黒木沙羅「村長まで・・・ふざけないでください」
村長「嘘でも冗談でもありません」
村長「枝の隙間を──中にあるものを、よく見てください」
黒木沙羅「え・・・っ!?」
示された先の光景に、沙羅は目を疑う。
隙間から覗いているのは、青白い人間の肌だった。
黒木沙羅「嘘でしょ。中に人間が・・・っ!?」
思わず叫ぶが、木に取り込まれた人物はぴくりとも反応しない。
黒木沙羅「かなり衰弱しているみたいですけど、まさか死んでませんよね?」
黒木沙羅「どうして、こんな状態で放置しているんですか?」
村長「我々も助け出そうとしたのですが、医師も警官も近寄れず、どうしようもないのです」
黒木沙羅(食虫植物なら、カエルやネズミくらい食べてもおかしくないけど・・・)
黒木沙羅「植物が人を襲うだなんて、本気で言ってるんですか?」
沙羅はちらりと大柄な男に目を向ける。
大柄な男「当然や。そもそも俺は、ネットで噂になっとるんを見て、取材にきたんやからな」
黒木沙羅「取材?」
大柄な男「そうや、自己紹介がまだやったな。 都市伝説ライターをやっとる、赤坂隆二(あかさか りゅうじ)や」
赤坂隆二「得意分野はオカルト・ホラー」
赤坂は人懐っこい笑みで名刺を差し出してきた。
黒木沙羅(ものすごく胡散くさいわね・・・)
そう思いながらも、名刺だけは受け取っておく。
黒木沙羅「植物学者の黒木です。こちらも仕事で来ているので、調査の邪魔をされては困ります」
沙羅は冷ややかに告げ、木に向き直る。
遠目に眺めただけでは何もわからない。危険な植物ならば、それこそ調査が必要だ。
赤坂隆二「俺かて興味あるさかい、邪魔する気はあらへん。護衛がてら、ついていったるわ」
嬉々として腕まくりする赤坂に、沙羅は顔をしかめた。
黒木沙羅(何が護衛よ、どうせスクープでも狙ってるんでしょ)
黒木沙羅(目の前で人が死にかけているのに、おもしろがるなんて、最低だわ)
赤坂隆二「おっちゃん、なんか武器になるもんあらへん?」
赤坂隆二「お、斧か。ええもん持ってるやん。 これ借りるで」
調子よく村の人に語りかける赤坂を無視して、沙羅はひとり、木のほうへ向かう。
赤坂隆二「ちょお待ち、俺も行くゆうてるやろ」
〇田園風景
追ってくる赤坂には目もくれず、沙羅は蔦が絡み合う木に手を伸ばす。
途端、沙羅に向かって勢いよく蔓が伸びてきた。
黒木沙羅「っ!?」
赤坂隆二「この・・・っ!」
赤坂がすかさず斧を振り上げ、蔓を断ち切った。
ビシャッ!
赤い飛沫が、沙羅の顔にかかる。
黒木沙羅「いやぁっ!!」
沙羅は悲鳴と共に蔓を払いのける。
地面に落ちた切れ端は、陸にあがった魚のように、ばたついて赤い液体を撒き散らしていた。
木から伸びた側の蔓も、赤い滴を垂らしながら、周囲を探るように揺れ動く。
赤坂隆二「危ないとこやったな。 せやから、忠告したったのに」
黒木沙羅「なんなの、これ・・・ハエトリソウじゃあるまいし、蔓がこんなに機敏に動くなんて」
食虫植物のハエトリソウは、葉を閉じる動きは植物の中で最速を誇る。
しかし、これほどの大きさで素早く動くつる植物を目にするのは、初めてだった。
黒木沙羅「それに、これ・・・まさか、血?」
肌についた赤い液体をハンカチで拭おうとして、ぬるりとした感触に寒気が走る。
赤坂隆二「どうやろな。ネットでは『人間が植物になって、切ろうとしたら血が出てきた』っちゅう話が拡散されとるみたいやけど」
赤坂隆二「噂どおり、血ぃみたいに真っ赤やな。 切ってみて正解やったわ」
黒木沙羅(・・・切ったのは、私を助けるためじゃなく、噂を確かめるためだったわけね)
助けてくれたお礼を言おうと思ったのに、気が削がれてしまう。
沙羅は恐る恐る、動きが鈍くなった蔓の切れ端を覗き込む。
蔓──茎の部分には、吸盤状の吸器(きゅうき)が形成されていた。
黒木沙羅「・・・これ、ただの蔓じゃない。寄生根だわ」
赤坂隆二「キセーコン? なんやそれ」
黒木沙羅「寄生植物が宿主から養分を吸い取るための器官よ」
黒木沙羅「締め殺しの木は他の木を宿主にして、巻きついて枯らしてしまうの」
黒木沙羅「だけど寄生するわけじゃないから、寄生根はないはずなのに」
黒木沙羅「ネナシカズラに近いのかしら・・・葉があるし、こんな太い蔓は見たことがないけど」
黒木沙羅(でも、寄生植物の寄生相手は植物だけだわ。 人間に寄生するなんて、ありえない)
黒木沙羅(巻きついてきたのは、近くにいたから反応しただけ、なのよね・・・?)
沙羅は動かなくなった寄生根を用意していた火ばさみでそっとつかむ。
新聞紙でくるんで植物採取用のブリキ缶、胴乱(どうらん)に収める。
赤坂隆二「これで任務完了やな。気ぃつけて帰りや」
黒木沙羅「まだ終わってないわよ。花や実のサンプルもほしいし、中の人だって、このままには・・・っ」
赤坂隆二「あのな。俺が助けんかったら、あんたもあいつの仲間入りしとったんやで?」
赤坂隆二「これ以上、何ができるんや」
静かに諭され、沙羅は何も言い返すことができず、唇を噛んだ。
〇おしゃれなリビングダイニング
黒木沙羅「あんな植物、見たことも聞いたこともないわ。学会に発表したら大騒ぎになるわよ」
沙羅は夕飯を食卓に並べながら、祖父に一部始終を語って聞かせた。
祖父「信じられないような話だね。沙羅に怪我がなくてよかったが・・・そんな危険なものを持ち帰って、大丈夫なのかい?」
黒木沙羅「水も栄養もない状態だし、胴乱の中でも暴れてなかったから、大丈夫だと思うわ」
黒木沙羅「それに寄生根は寄生できないと、枯れてしまうの」
祖父「なら安心だね。どれどれ、じいちゃんもその根っこを見せてもらおうかね」
祖父が机の上に置いていた胴乱に手をかける。
黒木沙羅「覗くだけで、触ったりはしないでね? 貴重なサンプルなんだから」
沙羅が声をかけた、その瞬間。
胴乱から勢いよく蔓が飛び出し、祖父へと巻きつく。
祖父「ぎゃあっ!?」
悲鳴があがり、沙羅は慌てて立ち上がる。
黒木沙羅「おじいちゃんっ!?」
駆け寄ろうとした沙羅の目の前で、蔓はみるみる成長し、祖父を覆い隠していった。