2人でおでかけ(脚本)
〇養護施設の庭
ミサキ「「どうか、俺を信じてください」
ミサキ「「魔女のつくった媚薬のために、あなたに心を捧げたわけではありません」
ミサキ「「俺が騎士で、あなたが仕えるべき王家の姫だからでもない」
ミサキ「「この気持ちは、俺だけのもの・・・」
ミサキ「「俺があなたを守ります」
ミサキ「騎士としてではなく、一人の男として──あなたを守りたいんです」」
ミサキ「──・・・」
ミサキ「っていう、映画のセリフなんですけど・・・」
ミサキ「すみません、ちょっと、おおげさでしたね」
ミサキ「あ、でも」
ミサキ「顔色、良くなってる」
ミサキ「少しは、効果ありました?」
〇養護施設の庭
『ときめかないと、心臓が止まってしまう』
──<ときめきドキドキ症候群(シンドローム)>
嘘みたいな、冗談みたいなその症状をもたらす<ときドキ>が人々の間に広がって、もう十年が経つ
〇養護施設の庭
ミサキ「評判のいい映画だったんで、勉強になるかと思って観てみたんです」
ミサキ「中世ヨーロッパが舞台で、騎士とお姫さまが出てきて──」
〇養護施設の庭
原因は、いまだにわかっていない
できることは、ただひとつ
『ときめきを感じる』ことだけ
本当の恋をして──
完治した人もいる
でも、恋なんて・・・しようと思ってできるものじゃない
だから──
【ときめき(うそつき)シンドローム】
〇養護施設の庭
ミサキ「──その映画の感想、ですか?」
ミサキ「あー・・・参考になるところも、あったと思うんですけど」
ミサキ「騎士とお姫さまじゃ、設定が違い過ぎますよね」
ミサキ「すみません、なかなか役に立てなくて」
〇養護施設の庭
<ときドキ症候群>は、映画やドラマなどで“疑似的なときめき“を感じることでも症状を緩和できる
もっと高い効果を出す方法が──
<ときドキ症候群/B型>の人とコミュニケーションを取ることだった
〇養護施設の庭
ミサキ「お詫び、じゃないですけど・・・」
ミサキ「今度、ここに行ってみませんか」
ミサキ「映画で使われてたチョコレートが食べられるんです」
〇チョコレート
チョコレートカフェ『Melt』
[世界各地のカカオ豆を使った自家製チョコレートと、相性抜群なドリンクでおいしいひとときを]
チョコレートは、恋のくすりだ
血行促進や、自律神経を整える効果がある
映画では惚れ薬だった
だが、<ときドキ症候群>には
そして<ときドキ症候群/B型>にとっても──治療薬だ
〇養護施設の庭
『甘いセリフを言わないと、舌が麻痺してしまう』
嘘みたいな、冗談みたいなその症状をもたらす<B型>が発見されたのは、8年ほど前
<ときドキ症候群>と<B型>の症状は違う
だが、やがて命にかかわるという点では<B型>もおなじだった
舌の麻痺は、やがて心臓に届くのだ
今では<ときドキ症候群>と<B型>が、治療のためのパートナー契約を結ぶことがあたりまえになっていた
〇養護施設の庭
ミサキ「俺は大丈夫かって?」
ミサキ「心配してくれて、ありがとうございます」
ミサキ「でも俺たち<B型>はセリフを口に出せば、それだけでも効果がありますから」
ミサキ「壁に向かって言うよりは、聞いてもらえる方が助かりますけどね」
〇養護施設の庭
どちらも、すぐに心臓が止まってしまうわけではない
だからこそ、パートナーと日常的にコミュニケーションを取ることが大切だった
こうして会話をするだけでも、冷え性や息苦しさなどの症状が緩和するのだ
ミサキ「じゃあ、また土曜日に」
〇店の入口
──土曜日
ミサキ「もうチョコの匂いがしますね」
ミサキ「ここ、コーヒーにもこだわってるみたいです」
ミサキ「え? は、はい、前に、コーヒー好きだって言ってたので・・・・・・」
ミサキ「い、行きましょう」
〇テーブル席
ミサキ「ブラウニーだけでも、何種類かあるんですね」
ミサキ「・・・どれにするか、迷ってます?」
ミサキ「好きなの、好きなだけ、選んでください」
ミサキ「で、半分こしましょう」
ミサキ「・・・イヤじゃなければ」
ミサキ「飲み物は──」
ミサキ「・・・はい。俺も、コーヒーに、します」
ミサキ「──・・・」
ミサキ「──食べるのが楽しみって、顔に書いてあります」
ミサキ「俺も? ・・・そうですね」
ミサキ「俺のは、喜んでもらえたからです」
〇公園通り
ミサキ「どれもおいしかったですね」
ミサキ「オレンジのフレーバーがついてたのが、とくにおいしかったな 甘さ控えめだけど、香りがよくて・・・」
ミサキ「・・・え? そこの公園で休憩、ですか?」
〇公園のベンチ
ミサキ「すみません、歩くの速かったですか?」
ミサキ「・・・俺が? いえ、俺は疲れては・・・」
ミサキ「あー・・・」
ミサキ「ちょっと、胃が痛い・・・です」
ミサキ「いえ、ほんとに、ちょっとだけ!」
ミサキ「・・・じつは」
ミサキ「コーヒー、得意じゃないんです」
ミサキ「子供っぽいと思われるんじゃないかって・・・それで、言えなくて」
ミサキ「俺、パートナーとしてまだまだだから」
ミサキ「しっかりエスコートして、頼れるところ見せて・・・ 安心してもらいたかったんです」
ミサキ「なのに、結局は心配かけちゃって・・・」
ミサキ「ごめんなさい」
ミサキ「頼りない、ですよね・・・」
ミサキ「──・・・」
ミサキ「・・・ほんとですか?」
ミサキ「よかった・・・!」
ミサキ「また、不安にさせちゃうかもしれないけど」
ミサキ「これからも、あなたのパートナーでいさせてください」
ミサキ「他の誰でもなく、俺があなたの支えになりたいんです」
ミサキ「笑顔を見るだけで、舌が溶けそうなくらい甘い気持ちになるなんて・・・ あなただけだから」
ミサキ「あなたが俺の、運命の人なんです」
ミサキ「──・・・」
ミサキ「・・・えっ?」
ミサキ「手が、あったかくなった?」
ミサキ「!」
ミサキ「き、効きました!? こ、これも、例の映画のセリフなんですよ!!」
ミサキ(ほんとはそんな映画なくて、出かけるための口実なんだけど・・・)
ミサキ(もっとがんばって、正直な気持ちを伝えられるようになろう)
ミサキ「次は、どこに行きましょうか?」
ミサキ「俺のお姫さま!」
おしまい
ときめきという感情はふいにやってくるもので、同じ条件でも人それぞれ感受性が違いますからねえ。ただ恋愛だけに限ったことではないと思うので、自分の感性を研ぎ澄ませることも治療になると思います。
七嶋さんの作品はいつも設定にはっとさせられます。とても面白くて、今回も楽しく拝読させていただきました😊
たとえ治療の上でのパートナーだとしても、甘い台詞にはくらっときちゃいますね!彼の本心が垣間見えたとき、思わずキュンとしてしまいました。
素敵なお話ありがとうございました!!
こういう相手方の台詞だけで作り上げる方法はやったことがないんですけど、書くのは相当難しいですよね?視点の台詞は無いですけど何を会話しているのかはっきりと理解できる辺り、腕の立つ作者さんだなと思いました。
声優さんに朗読してもらえる事を考えれば、お姫様気分を味わえる贅沢なひとときになりそう!
幸せそうなお二人で、てか、相手がこれだけ優しかったら自然と惚れちゃいますよね。