エピソード1(脚本)
〇一人部屋
机の上にばら撒かれたゲームのカード。
床にはばら撒かれた読みかけの漫画本。
開きっぱなしのノートパソコン。
午前10時。
スマホのアラームの音が部屋中鳴り響く。
スマホに手を伸ばし,アラームを止め,
ゆっくりと起き上がり背伸びをする。
匠「んー・・・・・・ふぅ・・・」
立ち上がり,洗面台へと目を擦りながら床の漫画本を避け,遅足で向かう。
〇白いバスルーム
洗面台に着き,まずは顔を洗った。
匠(ふぇぇ・・・冷てぇ・・・・・・)
その後,鏡横の収納ボックスにある歯ブラシと歯磨き粉に手を伸ばし,取って乗せる。
匠「シャカシャカシャカシャカシャカシャカ」
歯磨きを終え,3回口を濯ぐ。
匠「ガラガラガラガラ」
その後,洗面台下の扉を開き,
立てかけてある体重計を取り出す。
床に置き,ボタンを足の親指で押して,
電源を入れる。
体重計に乗り,自分の体重にうっすらと笑みを浮かべ,体重計を同じ場所へと片す。
その後,リビングの冷蔵庫へと歩いていく。
〇明るいリビング
冷蔵庫の扉を開ける匠。
匠(んー・・・)
冷蔵庫の中を2秒眺め,ハチミツの入ったボトルを取り出し,冷蔵庫の扉を閉めた。
その後,冷蔵庫横の棚にあるコップを取り出し,
ハチミツボトルのキャップを開けて,
コップに注ぐ。
一口飲む。
匠(あぁーうめー・・・・・・)
コップ5割のハチミツが入ったコップを持って自室へと戻る。
〇一人部屋
部屋に着いた匠は,
コップを置く場所を探した。
匠「んー」
机の上のカードを払い除け,
コップを置いた。
部屋を見渡し,呟いた。
匠「きったねぇな・・・」
匠「少し片すか・・・・・・」
床に散らばる漫画本を
順序バラバラでまとめ,本棚に並べた。
匠「ふぅ・・・・・・」
汗はかいていないが,
額を服で拭い,一息ついた。
ベットの上にあぐらをかいて座る。
すると,悟からメッセージが2件届いた。
メッセージを見てみると・・・・・・
悟「(メッセージ) おい!これ見たか!やばいぞ!」
もう一件は画像だ。
なにやら手紙のようだ。
「んーっと??」
「日頃からお世話になっている関係者様, ファンの皆様へ。 私事ではございますが, この度,井ノ原 真由美・・・・・・」
「以前から長くお付き合いさせてもらっていた一般男性の方と入籍したことをご報告させていただきます。」」
「ん・・・・・・ん??」
「入籍ぃぃ!!??」
手は震え,口もあんぐりと開きっぱなし。
束の間,悟からのメッセージが2件届いた。
悟「(メッセージ) いや〜真由美ちゃんが結婚かぁ〜」
悟「(メッセージ) めでたいなあ〜ほんとに」
悟のメッセージに,
匠のはらわたが煮えくりかえってしまった。
匠「何言ってんだこいつ!!」
すかさずメッセージを送る匠。
匠「(メッセージ) ふざけんなよ」
悟「どうしたんだよ だってめでたいことだろー?」
メッセージのやり取りは続く。
匠「(メッセージ) ファンやめたんか?」
悟「(メッセージ) いや,やめてないよ」
匠「(メッセージ) じゃあ悔しがれよ!」
匠「(メッセージ)なに祝ってんだよ!」
悟「(メッセージ) なに怒ってんだよ」
悟はあることを思い出した。
悟「(メッセージ) あ,そっか!お前ガチ恋だっけ!?ww」
匠「(メッセージ) は?」
匠「(メッセージ) だる」
図星を突かれ,頭を掻きむしる匠。
悟「(メッセージ) てかさ」
悟「(メッセージ) お前今日どうすんの?ww」
悟「(メッセージ) イベント今日だよな?ww」
──沸々と湧き上がるこの感情を
誰か止めてくれないだろうか──
匠「マジでなんなんだよ!こいつ!」
匠「(メッセージ) 参加するに決まってんだろ」
匠「(メッセージ) ばかかよ」
悟「(メッセージ) そうかそうかww」
悟「(メッセージ) ガチガチになんなよーww」
悟「(メッセージ) じゃ,俺彼女と出かけてくっからさww」
悟「(メッセージ) ガンバレーww」
匠はメッセージを既読スルーをした。
現状を受け止められない匠。
その場でキョトンと居座ることしかできなかった。
3秒後,やっと思考が動き出した。
しかし,
煮えついたはらわたは治る気配がない。
匠「はぁー・・・どうしたら・・・」
匠「なんで結婚なんかすんだよ・・・!」
匠「もう嫌だ・・・!」
今溜まっている鬱憤を言葉で露わにした。
匠「はぁ・・・・・・」
徐にスマホの電源を入れ,時間を確かめる。
時間は待っていてはくれない。
匠「やっべ!もうこんな時間!」
オンライン個別トークイベントの
時間が迫っていた。
サッと立ち上がり,
ハンガーにかけてある服を吟味しだす。
匠「これは違う・・・」
別の組み合わせを試す。
匠「これも違う・・・」
もう何もかもうまくいかないと考えてしまう始末。
しまいには,頭をかきむしり始めた。
匠「あー!もう!」
顔に手を当て深呼吸をする。
匠「仕方ない・・・いつものでいこう・・・」
着慣れているシャツとサルエルパンツ
そしてネクタイの順に手に取った。
匠の三種の神器だ。
着替え終えると,スマホの電源を入れ,
時間を確認した。
匠「うっわ!やっべ!」
時間は迫っていた。
机の前に座り,
ハチミツコップを飲み干した。
両腕でザザザッとスペースを空け
開きっぱなしで放置してあるパソコンをそこに置いた。
オンライン個別トークイベントの時間は
3分。
匠は話したいことを頭の中で必死にまとめていた。
匠「あぁー・・・どうしよう・・・・・・」
しかし,結婚のことがまたもや邪魔をする。
匠は頭を抱え,肘を机についた。
匠「あぁー・・・どうすれば・・・」
頭をかきむしる。
匠「スゥー・・・フゥー」
少しは落ち着くことができた。
匠「よし・・・」
トークイベントの時間がやってきた。
パソコンのミーティングソフトを開き,
番号を打ち込む。
SLD7240
パソコンの画面に
井ノ原真由美が映り込んだ。
真由美「あっ!ついたー!」
真由美「よろしくお願いしまーす!」
瞳に広がる憧れの井ノ原 真由美。
耳に鳴り響く憧れの声。
匠「よっ,よろそくおねがいしますっ!」
つい,力が入りすぎてしまい,
言葉を噛んでしまった。
真由美「ふふっ」
真由美から笑いがこぼれた。
「スタッフ 「では,イベントを開始いたします。」」
匠はスタッフの合図と共に胸を撫で下ろした。
匠「スー,フゥー」
胸を撫で下ろした。
真由美「さて,お話ししたいことはありますか??」
匠にあの話題に触れないことなんてできなかった。
匠「どどっ!?どうして結婚しちゃったんですかっ!?」
心拍数上昇。
声はひび割れている。
誰がどう見ても力が入りすぎているとわかる。
画面越しでもわかる綺麗な真由美の顔は頬が上がり,笑顔をちらつかせている。
真由美「ねー。びっくりしたでしょー。(笑)」
すかさず,匠が返す。
匠「びっくりしたどころじゃありませんよ!」
匠「ラジオでも触れてなかったのに!」
真由美「でもね」
真由美「彼は私という存在の中身をしっかり知った上で大切にしてくれるって言ってくれたの」
真由美「だから,信じてみることにした」
真由美「勘違いして欲しくないんだけどね」
真由美「君は私の外見を知っていても中身はまだなにも知らないでしょ??」
真由美「私の中身を知ったらきっと幻滅するよ〜??」
匠「うっ」
真由美の言葉に納得がいってしまった匠。
全身の力はすっかり抜けていた。
いつの間にか,終了の時間が迫っていた。
匠,渾身の言葉を吐いた。
匠「あの!僕がファンで居続ける限り, あなたの中身を知ることはできるでしょうか!?」
真由美,純粋な笑顔をこぼし答える。
真由美「えぇ。もちろん!(笑)」
終了10秒前。
匠「今日はほんとにありがとうございました!」
匠「このイベントのおかげであなたをもっと知ろうとすることにしました!」
真由美「いえいえ。どういたしまして」
真由美「まだファンでい続けてくれることに感謝するわね!」
「「スタッフ」それでは,終了です」
真由美が画面から消える。
塞ぎ込み,余韻に浸る。
本音がポロッとこぼれる。
匠「あぁー・・・好き・・・」
軽快に立ち上がり,
ベッドの布団の上に寝転ぶ。
横向きになり,布団を抱く。
そして言葉を発す。
匠「可愛かったなー・・・」
勢いのある起き上がり。
深めの深呼吸。
匠「スゥーーハー」
一言発す。
匠「明日からもお仕事(推し事)がんばろ・・・」
終わり。
真由美さんが結婚についてどんな言葉を選んで回答するのか興味深々でしたが、とてもスマートで説得力があり素敵でした。それこそが、その分野で活躍される方のプロ意識ってことですね、勉強になりました!
推しの結婚ってショックですよね…。
でも、彼はその後もイベントに出て、ちゃんとお話できてすごいと思います。
あの喪失感すごいですよ!
場面ごとの情景や主人公の動きが事細かくイメージできる丁寧な描写が、とてもすばらしいなと感じました。私もかつて推し活していた身なので、彼らの気持ちにも共感しました。なにがあっても好きなんですよね。ファンのことを考えつつも、本当のことをごまかさずにスパっと言える彼女も素敵だなと思いました。