イケメンフィルター

風島ゆう

エピソード1(脚本)

イケメンフィルター

風島ゆう

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〇オフィスのフロア
私「最っ高・・・!!」
  世界はまさしく一変した。
  見慣れた社内を見渡して瞳を輝かせる私、
  朝日望を
  幼なじみで同期の七海春が呆れ顔で眺める。
七海 春「お前さあ・・・ほんと馬鹿じゃないの。 手術まですることか?」
私「することよ! 私だって恋愛結婚したいもん」
私「手術って言ってもプチ整形位の負担だし、 入れて良かったよ、イケメンフィルター」
  イケメンフィルターとは、
  少子化・晩婚化が深刻化した近年、
  政府公認で発売された補正チップの通称だ。
  頭部に埋め込んだチップにより、
  任意の人物以外の人間を自分好みの外見へと補正することができるという
  恋愛誘発装置である。
私「大丈夫、大丈夫。 兄弟同然のナナのことは ちゃんと対象外にしておいたから」
七海 春「ハア・・・」
辻村 宗二「朝日さん」
  通りすがりに声をかけてきたのは
  先輩社員の辻村さんだ。
辻村 宗二「この間頼んだ書類よくできていたよ。 僕のためにありがとう」
私「いえ、私も勉強になりました」
  にこにこ笑って応えると、
  辻村さんは満足そうに頷いて
  その場を離れていった。
七海 春「お前、辻村さんのこと 距離感おかしいって警戒してなかった?」
私「そうなんだけど、気にならなくなったの。 「だがしかしイケメンに限る」って免罪符のおかげかな?」
七海 春「お前・・・」
私「あのね、ナナ」
  何事か言いかけたナナを制して、
  私は真面目なトーンで口を開いた。
私「私大人になってから世界がつまらなかったの」
私「働いても遊ぶ余裕はなくて、 忙しくて恋愛もできない」
私「イケメンフィルターはそんな毎日に 彩りを与えてくれたの」
私「色々心配してくれるのは嬉しいけど、 でも否定しないでほしい」
  私が真剣に訴えることを
  ナナが受け入れなかったことはない。
  昔からそうであったように、
  ナナはため息だけついて、
  それ以上の言葉を飲み込んでくれた。

〇オフィスの廊下
私「はぁ」
  フィルタリングチップを入れてから数週間。
  私は世界に絶望していた。
  イケメンワールドも
  見慣れてしまえばただの日常だ。
  本気で恋愛をするつもりなら
  さっさと恋に落ちなければならなかったのだろう。
  肩を落としながら
  給湯室でコーヒーを淹れていると、
  ふと至近距離に人の気配を感じた。
辻村 宗二「やあ。僕のコーヒー? ありがとう」
私「えっ。 いえ、これは自分の・・・」
辻村 宗二「照れなくていいよ。 最近君が好意を隠さなくなって嬉しいんだ」
  優しげに微笑みながら、
  辻村さんが距離を詰めてくる。
辻村 宗二「心配しなくても 僕は補正チップを入れている。 大抵の女性は魅力的に見えるんだ。 もちろん君も恋愛対象だよ」
私(・・・えええ?)
  微妙に失礼な言い回しで
  辻村さんが私と同じ
  チップ装着者であることを告白する。
  しかも何やら都合のいい勘違いをしているらしいことに気がついて、
  私は俄かに危機感を覚えた。
辻村 宗二「僕の気持ちを疑うなら ここでキスしてもいい。 僕は本気だ」
私(怖い怖い怖い!)
  全然話が通じない。
  知らず知らずのうちに
  給湯室の奥の方へと追い込まれて、
  私は恐怖に竦み上がった。
  
  ──その時。
  軽快な音が辺りに響いた。
七海 春「あ、やべ。 写メじゃなくて動画にしないと」
  見ると給湯室の入り口で
  ナナがスマホを構えて立っている。
  ぎょっとして
  振り返った辻村さんに向かって、
  ナナが笑いかけた。
七海 春「続きをどうぞ? 「オフィス痴漢!」ってタイトルで ネットに上げたらバズりそう」
辻村 宗二「ち、違う! 彼女は僕が好きなんだ!」
七海 春「へえ、そうなの?」
  問いかけられて、私は必死に首を振った。
  それを確認して
  ナナが構えていたスマホを下げる。
七海 春「あのさ、辻村さん。あんた格好悪いよ」
七海 春「好きだって言いながら そいつの言葉も聞かない。 気持ちも考えない。 あげく怖がらせて何がしたいの?」
七海 春「本当に好きならよく見てやれよ。 そいつが何を望んでいるのか よく考えてやれ」
七海 春「俺はね、辻村さん」
七海 春「兄弟みたいな距離感が居心地いいって言う そいつの隣で、 もう何十年も我慢してるんだ」
七海 春「今更そいつが不幸になったら困るんですよ」
七海 春「だから諦めてくださいね」
  ナナが手元でスマホをひらひらさせる。
  
  拡散されたくないならここで退けと、
  そういうことだ。
辻村 宗二「くそ・・・っ」
  辻村さんがナナを押し除けるように給湯室を出て行く。
  安堵と共に気が抜けて、
  私はその場にへたりこんだ。
七海 春「大丈夫か?」
  近づいてきたナナが私を見て眉を下げる。
  てっきり叱られると思っていたから、
  拍子抜けした私は
  なんだか泣きたくなってしまった。
七海 春「泣くなって。怖かったな」
  慰めるようにナナの手が頭に乗る。
  その優しさに甘えて、
  私はナナの肩口に額を押し付けた。
私「・・・どうしよう。 フィルターから除外したのに、 ナナがイケメンに見える・・・」
七海 春「ははっ。 イケメンは外見じゃねーって分かって 良かったな」
私「・・・ナナ、私のこと好きだったの?」
  私の問いに、ナナが一瞬黙る。
  それからぎゅ、と私の肩を抱くと
  囁くように言った。
七海 春「好きだよ」
  体の内側から
  溢れ出すような多幸感に圧倒されて、
  私はまた、少し泣いた
  この気持ちがどこにたどり着くのか
  知っているような気もしたけど、
   今はもう少しだけ
  ナナの腕に甘えていたいと思った。

コメント

  • イケメンフィルターなる物が実際にあったら……と想像するのが楽しくなるような作品でした。ナナくんは、フィルター無しでも、とてもイケメンでしたね。
    素敵な物語ありがとうございました!

  • イケメンフィルター、「プチ整形の感覚でできる」から上司も付けてたんですよね…でも上司が言い寄ってくるシーンまで気付きませんでした!そして、ナナくんがシンプルにかっこいい。主人公が恋に落ちるのも納得です。やっぱり本当の恋愛って顔は関係ないんだなーと改めて思う作品でした!

  • 「イケメンは顔じゃない」ということが胸に刺さるストーリーでした。ヒーローの想いの告白は切なくもキュンとして。ああ、「かっこいい」ってこういう事なんだな、と。
    しかし世界の男性が全てイケメンに補正された世界……一度でいいのでそんな世界を見てみたいと思ってしまいました(笑)

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