ムサシ・ミヤモト~四郎遊戯~

山本律磨

ムサシ・ミヤモト~四郎遊戯~(脚本)

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山本律磨

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〇暗い洞窟
  無数の蝋燭の火が灯る岩肌と同化し、鎧の如き肌の獣が一刻、瞑目している。
  刻に武蔵、55歳のクリスマス。
使者「御免」
使者「天下に名高き剣豪、宮本武蔵殿にあらせられまするな」
ムサシ「・・・」
使者「御殿の命にござる。中津小笠原軍監として島原一揆の鎮圧に向かわれたし」
ムサシ「戦・・・」
使者「島原一揆は最早ただの一揆にあらず。切支丹狂信者による叛乱。まさに、人を捨て鬼と化した亡者との戦さ」
使者「ここは天下無双の武蔵殿に参陣して頂くより他はなしと御殿、いや公方様のご裁断。疾く戦支度を・・・」
ムサシ「戦・・・いくさ・・・イクサ・・・」
ムサシ「いくさじゃああああ!」
使者「ひいっ!」
使者「まさに鬼!戦いの化身!どうかお頼み申しましたぞ!」
ムサシ「ふん・・・何が鬼じゃ」
ムサシ「この飼い殺しの隠居爺を、都合のいい時だけ呼び出しおって」

〇屋敷の大広間
松倉長門守「よう参った、宮本武蔵。面を上げよ」
ムサシ「ははーっ」
松倉長門守「仔細は聞き及んでおるな」
ムサシ「島原にて反乱が起こったと」
松倉長門守「左様。長き戦乱の世が終わり遂に天下が統一されたというに、今度は異国の神に誑かされた愚衆どもが一斉に蜂起しおった」
松倉長門守「泥烏須(でうす)など弱者の逃げ場にすぎぬ」
松倉長門守「世に比類なき強者(つわもの)武蔵。百姓どもに身の程を叩きこんでやるのだ!」
ムサシ「御意」
ムサシ(その強者を飼い殺しにしておるのはうぬら幕府であろう)
ムサシ(まあいい。久方ぶりに大暴れできるのだからな)
松倉長門守「原城への手引きは内通者が行う」
ムサシ「内通者とは」
松倉長門守「これへ」
福「福と申します。ご案内仕ります」
松倉長門守「武蔵よ!耶蘇切支丹叛徒首魁、天草四郎の首級をあげるのじゃ!」
ムサシ「はっ!二天一流の名にかけて!」

〇荒野
  そこは西の果て
  沈黙を守る八百万の精霊にも億万年後の弥勒の救済にも見切りをつけた者達が、海の向こう、天上の御子を奉じ命の炎を燃やす場所
  武蔵と、転び切支丹の福は戦乱に乗じて、手薄になった原城に潜入した。
  盟主天草四郎時貞を討ち果たし、その炎を打ち消す為に

〇魔法陣
  切支丹の居城。天に向かって手を伸ばすがごとき原城は今、五重の塔を思わせる異形の姿と化していた。
ムサシ「奇怪至極なり」
福「いま、この地の誰もが異国の神を妄信しております」
福「日本随一の強者武蔵様が天草四郎めを討ち取れば、皆の目も覚めるでしょう」
ムサシ「左様。この国には強者が必要だ」
ムサシ「それは長き戦国の世が指し示したはず」
ムサシ「戦国乱世の総仕上げか・・・成程」
ムサシ「俺はこのために生きながらえていたのか」
ムサシ「世に弱肉強食を知らしめるために」
福「・・・参りましょう」

〇御殿の廊下
  原城、一階。
ムサシ「ふん。随分防備が手薄だな」
福「切支丹は一丸となり前線で戦うております」
ムサシ「百姓風情が結構な心掛けよの」
  と、武蔵の眼前に大鎧の偉丈夫が現れる。
ムサシ「我こそは天下無双二天一流宮本武蔵。うぬが天草四郎か。いざ尋常に勝負!」
天草一郎「おお!参る!」
  男の豪剣が老いたる武蔵を圧倒する。
  だがそれも一刻。武蔵の、大太刀小太刀の二振りは瞬く間に男の剣を弾き返した。
天草一郎「ぐわっ!」
ムサシ「勝負ありだ」
ムサシ「神にすがり勝負を天に任せた弱者よ」
ムサシ「言い残すことあらば聞こう」
天草一郎「弱者はお前だ・・・」
ムサシ「貴様・・・」
ムサシ「今なんとほざいた?」
ムサシ「俺が弱者だと聞こえたが空耳か?」
天草一郎「弱者はお前だ」
天草一郎「信じる神もなく共に戦う友もいない哀れな弱者よ」
天草一郎「我は、さしずめ天草一郎。我が盟主はまだお前の『上』にいるぞ」
ムサシ「つまらぬ遺言よ」
ムサシ「天草一郎?どういうことだ?」
福「おそらくは影武者かと・・・」
福「お役に立てず申し訳ありませぬ。私は、天草四郎の顔を見たことがないのです」
ムサシ「いいだろう・・・ならば全て斬り伏せて上に昇るのみだ!」

〇御殿の廊下
  原城、二階。
  二人の眼前に現れた若き雑兵が、震える手で太刀を向ける。
天草二郎「や、や、やあやあ~われこそはあああ~!」
ムサシ「さしずめ天草二郎どのですかな?ご立派ご立派」
天草二郎「か、影武者とバレては仕方ない」
天草二郎「ここより先は一歩もいかせんぞおおお!」
ムサシ「おお恐ろしい恐ろしい。果たして勝てるかのう?」
  武蔵の剣が軽々と二郎の剣を弾く。
天草二郎「ひゃあっ!」
  腰を抜かし震え上がる二郎。
天草二郎「ひいい・・・」
ムサシ「百姓めが!汚らわしい手で太刀を握るな!」
天草二郎「ひいい・・・」
ムサシ「逃げろ弱者よ。刀の錆だ」
天草二郎「よ、弱くねえ」
ムサシ「なに?」
天草二郎「弱くねえぞ!オラには守るもんがあるんだ!」
天草二郎「おっ母、妹、弟、友達。みんなを守るんだ」
ムサシ「折角与えてやった命、無駄にするか」
ムサシ「お前などの力では誰も救えぬ!」
ムサシ「弱者め・・・忌々しい虫けらめ・・・」
福「愚かな男・・・」
ムサシ「ああ、身の程知らずの愚か者よ」

〇御殿の廊下
  原城、三階。
天草三郎「やあやあ我こそはあ~」
ムサシ「待て」
ムサシ「お福。天草四郎はいくつだ?」
福「確か十七くらいかと」
天草三郎「我が名はあ~」
ムサシ「やかましい偽物」
天草三郎「な、なぜ分かったあ~!」
ムサシ「全く・・・さしずめ天草三郎か?」
天草三郎「左様・・・またの名を益田甚兵衛。天草四郎の父であ~る」
ムサシ「ついに親までしゃしゃり出てきたか。この城はそこまで人が足らぬのか?」
ムサシ「のう、そろそろ聞くが、四郎を守りたいのなら何故この城に強者を置かぬ」
ムサシ「気のせいか知らぬが、上に昇れば昇るほど弱くなってゆくように感じるが?」
天草三郎「な、何故分かったあ~!」
ムサシ「俺を舐めておるのか?我が名は九国全土に知れ渡っていると思うておったが」
天草三郎「知っておりまするよ。あなたが幕府側についたことも」
天草三郎「宮川大輔どの!」
ムサシ「宮本武蔵だ!」
天草三郎「手練れは皆、外で戦こうておる。誰もが愛する隣人を守るために」
ムサシ「それは天主とやらの教議か?それとも御子とやらの説教か?」
ムサシ「あるいは天草四郎の戯言か?」
ムサシ「大した聖人君子よな」
天草三郎「いかにも我らが盟主は聖なる存在」
天草三郎「それに我らは弱くも愚かでもないぞ。少なくとも剣しか信じるもののないお主よりよりは」
ムサシ「剣しか・・・だと?」
天草三郎「これは言葉が足りなんだ」
天草三郎「剣ごときしか信じられぬお前よりは、我等は充分強い」
ムサシ「倅もすぐ後を追わせてやる」
ムサシ「心置きなく、くたばれ」
福「哀れな老人・・・」
ムサシ「一、二、三ときて、この上が四郎か」
ムサシ「ゆくぞ、お福」
福「・・・」

〇洋館の玄関ホール
ムサシ「誰もおらぬ・・・まさか逃げたのではあるまいな?」
  刹那、福の小太刀が武蔵を襲う。
  が、武蔵は顔色一つ変えず刃を払った。
福「クッ・・・!」
ムサシ「馬鹿な女よ。隠していたうぬの殺気、この武蔵が読めぬと思うていたか」
福「やはり甘かったようですね」
ムサシ「女子ごときの刃が、俺に触れられるとでも思うたか!」
福「グッ・・・!」
ムサシ「愚かな男だと?」
福「ぐあっ・・・!」
ムサシ「哀れな老人だと?」
福「・・・うう」
ムサシ「随分堂々と愚弄してくれたな・・・」
福「・・・」
ムサシ「気付いておらぬと思うたか小娘!」
福「ぐがっ!」
ムサシ「俺は生涯に勝負を成すこと六十余度、一度たりとて負けを知らぬ。それの何が愚かか?何が哀れか?」
ムサシ「答えろ」
  地に伏す福を、冷徹に見下す武蔵。
  まるで、今にも虫けらを踏み潰さんとするかのように。
  汚らわしいものでも見るかのように。
ムサシ「そうだ・・・弱きものほど汚らわしいものはない」
ムサシ「弱者に甘んじるもの」
ムサシ「弱者の分際で刃向かうもの」
ムサシ「全て醜い!」
ムサシ「我は武蔵、天下無双ぞ!」
福「ですがその天下無双も一代限り」
福「あなただけのもの」
福「それを哀しいとは思いませぬか?」
ムサシ「何をほざく・・・言っている意味が分からぬな?」
福「私たちは子を産み育てる」
福「私たちは友に伝える」
福「私たちはそうして、この『思い』を永遠のものにできる」
ムサシ「世迷言を・・・」
福「あなたの『思い』は何ですか?」
ムサシ「黙れ・・・」
福「その『思いは』誰かに伝わっていますか?」
ムサシ「黙れ!」

〇骸骨
  『お前の剣は誰も救わぬ』
  『お前の腕は誰も抱かぬ』
  『お前の思いは誰にも届かぬ』
  『それこそ、お前が求めた天下無双だ』
ムサシ「黙れえええええええ!」

〇洋館の玄関ホール
福「・・・・・・Amen」
ムサシ「ふん、呪詛か?」
福「祈りです」
福「あなたの為の・・・」
ムサシ「・・・」
福「その弱さ、きっと認めるでしょう。この上であなたを待つ『彼』に会えば」
ムサシ「『彼』か・・・」
ムサシ「御子だろうと、いや、神であろうと殺してくれる」
福「大丈夫・・・あなたの苦しみは・・・告解は・・・必ずあなたを救ってくれます」
福「また会いましょう」
ムサシ「この上が天守・・・いや、天主か」
ムサシ「上りつめてやる」

〇幻想
ムサシ「な・・・何だここは?」
ムサシ「ここが天守閣だと?」
  白い天蓋の降りた小さな寝床が、ぽつんとひとつ置かれている。
  枕元の飾り箱から、かすかに音が鳴っている。曲と呼ぶにはあまりにもか弱き音が。
  それはとてもはかなく、優しい鐘の如き音が流れる、からくり箱だった。
ムサシ「これも泥烏須とやらのアヤカシか?」
  と、寝床から赤子の声が聞こえる。
  それもまた、声と呼ぶにはあまりにもか弱き音。
ムサシ「まさか・・・」
ムサシ「お前が天草四郎・・・切支丹の盟主・・・」
天草一郎「そうだ。我らが愛するもの」
天草二郎「オラたちが守るべきもの」
ムサシ「黙れ!」
天草三郎「ワシらの未来」
福「私達の希望」
ムサシ「消え去れ亡霊!」
ムサシ「・・・」
ムサシ「くくく・・・愛するもの、守るべきもの、未来、希望」
ムサシ「全部俺が持っていないものとでも言いたいのか」
ムサシ「くくく・・・ははは・・・ははははは!」
ムサシ「そんなものはいらぬ!」
ムサシ「そんなもの、俺の人生で何の役にもたたなかった」
ムサシ「誰も助けてくれなかった!」
ムサシ「誰も愛してくれなかった!」
ムサシ「獣の如き俺には剣しかなかった」
ムサシ「俺は獣・・・」
ムサシ「ただの獣・・・」
ムサシ「お前達とは違う・・・」
ムサシ「お前達の戦さなど、俺にとっては遊戯(ざれごと)だ!」
  武蔵の太刀が赤子に迫る。
ムサシ「殺せないと思っているのだろう」

〇骸骨
ムサシ「残念だったな。お前も俺が積み上げた骸のひとつに過ぎない」
ムサシ「次は獣のいない世に生まれ代われ!」

〇黒

〇幻想
ムサシ「・・・」
  武蔵の剣は、生涯で初めて虚空を斬った。
ムサシ「何故だ?」
ムサシ「何故斬れぬ!」
ムサシ「何故俺は、こやつを殺せぬ!」
ムサシ「赤子ごとき・・・」
  赤子はただ、じっと武蔵を見つめている。
ムサシ「見るな・・・そんな目で俺を見るな」
  赤子は微笑んでいる。
ムサシ「やめろ・・・俺に微笑みかけるな」
  赤子はただ、微笑み続けている。
ムサシ「頼む・・・」
ムサシ「嫌ってくれ・・・憎んでくれ・・・」
ムサシ「笑いかけないでくれ・・・」
ムサシ「俺はどうしたらいいんだ・・・」
福「あなたにとって、この戦さは遊戯も同じなのでしょう?」
福「だったら、遊んであげたらどうです?」
ムサシ「・・・」
  武蔵の手は、初めて人を抱いた。
ムサシ「なんと小さい」
ムサシ「なんと儚い」
ムサシ「壊れてしまう・・・」
ムサシ「壊してしまう・・・」
  その時、赤子は堰を切ったように泣き始めた。
  修羅の手に怯えたのか。
  戦場から響く砲撃に驚いたのか。
  それとも天に昇る同胞たちの祈りに答えているのか。
  武蔵はただ泣くだけの赤子に呟いた。
ムサシ「なあ、聞いてくれるか?」
ムサシ「伝えてもよいか?」
ムサシ「俺が今まで見たもの、聞いたもの、思ったこと。その全てを・・・」
ムサシ「どうか、この世にとどまってくれ」
ムサシ「残りの人生の全て、お前に捧げよう」

〇洋館の玄関ホール
  遠き東方の地より父の御許へと向かった三万七千の魂。その一つ一つの人生は永遠に語り継がれる物語となった。
  そして獣とも修羅とも呼ばれた一人の男の人生もまた、物語となった。
  義のため迫害される人々は、幸いである。
  心の貧しい人々は、幸いである。
  天国は、彼らのものである。

コメント

  • 宮本武蔵の島原の乱参戦のエピソードから、こんなに素敵な物語になるのですね。”強さ”とか”生き方”とかについて考えさせられますね。

  • おもしろかったです。
    途中コメディ調に思わせておいて、あのラストは最高でした。
    ムサシは最上階で何を見たんでしょうね。
    自分自身の内面なのかな?と思ってしまいました。

  • 誰よりも強い、誰にも負けない、けど勝てないのは本当の自分…。
    強さゆえにここまでなるまで自分を耐えさせなきゃいけなかったのが可哀想な気持ちになりました。

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