Fly me to the moon(脚本)
〇綺麗なダイニング
拓也「クリスマスには、どこへ行きたい?」
夕食後にキッチンで食器の洗い物をしている彼から不意に問いかけられたのは、今年のクリスマスの予定だった。
そういえばもうそんな季節だったなぁと、なんとはなしに真っ白くて高い天井と、そこにぽっかりと空いた夜の入り口を見つめる。
〇宇宙空間
メゾネットタイプのこの部屋は1階のリビングの天井が高くて、天窓が付いているところがお気に入りだった。
〇綺麗なダイニング
理沙「うーん、そうね・・・。今年はいつもとちょっと違う雰囲気のところがいいかな」
拓也「まあ、そうなるよな。いつもの年みたいにイルミネーションが綺麗なスポットとか、そういう場所じゃないところだよなぁ」
理沙「うん。出かけるにしても今年は大勢が集まるところじゃないところがいいと思う」
拓也「例えばさ、どんな場所がいいと思う?」
理沙「難しいよね。だって人が来ない場所がいいんでしょ。でも素敵な場所がいいよね」
拓也「そうだね。せっかく出かけるんだしね」
理沙「でも素敵な場所なら、きっと他の人も行きたくなるよね。だったらやっぱり混んじゃうよね」
拓也「そうなんだよなぁ」
〇宇宙空間
人が来なくて、でも素敵なところ・・・。ソファに体をもたれさせて上を見上げると、天窓から見える空には月が浮かんでいた。
〇綺麗なダイニング
理沙「・・・月、とか?」
私の目に映り込んだ、遙か遠く――――およそ38万キロ先に浮かぶ物体を、そのまま冗談めかして言ってみる。
彼はびっくりした顔で一瞬こちらを見つめると、意外にも真面目に腕を組んで考え込み始めた。
拓也「なるほど、月ね。・・・・・・悪くないかもしれないな」
彼の反応に提案した私の方がむしろ慌ててしまう。
理沙「いやいや、月って。宇宙飛行士じゃないんだから、行けるわけないじゃん」
拓也「そうかな?いまやお金さえあれば宇宙には行ける時代になったと思うけど。まあちょっと考えておくよ」
理沙「うん、いつものようにお任せするけど、無理はしないでよ?」
〇宇宙空間
例年クリスマス当日の予定は目的地に着くまで彼にお任せ。
月まで行く手段なんて思い浮かびもしなかったのだけど、なんだか心が浮き立つような感触で、その日は眠りについたのだった。
〇クリスマスツリーのある広場
クリスマスの日はすぐにやってきた。仕事を早めに終えてから急いで駅に向かう。
駅前のロータリーを見回すと、彼の運転するSUVが停まっているのが見えた。車に駆け寄り、助手席のドアを開けて乗り込む。
〇車内
拓也「お疲れ」
理沙「そっちもお疲れ様。今日はリモートワークだったんだっけ」
拓也「そうそう。だからお迎えに上がりました」
理沙「うむ。よきにはからえ」
車はするするとロータリ-を抜けて走り出した。さて、はたして今日はどこへ連れて行ってくれるのだろうか。
〇雪山の森の中
私はいつの間にか眠ってしまっており、彼の「着いたよ」という一言でようやく目を覚ました。
ゆっくりと周囲の景色を見回す。暗くて遠くまでは見渡せないが、辺りは木々に覆われており、どうやらここは森の中らしい。
「ごめんね、いつの間にか寝ちゃってたみたい。ここは?」
拓也「ここが今日の僕らの寝床だよ」
〇森の中の小屋
目の前には立派なコテージが建っており、扉の前にはオイルランタンが下げられていて、暖かい雰囲気を醸し出している。
彼は二人分の荷物を持ちながら促すようにコテージの扉を開けて私を招き入れる。
〇貴族の部屋
中に入るととても暖かく、床にはクリスマスカラーの素敵な絨毯が敷かれている。
よく見るとトナカイが並んだ柄になっていて、一匹だけ鼻が赤いトナカイが混じっているという遊び心にあふれたデザインだった。
理沙「素敵。まるでサンタさんのおうちみたいね」
拓也「そういうコンセプトの部屋らしいよ」
理沙「あれ、でもそういえばご飯はどうするの?」
拓也「もちろん用意してあるよ。それはこっち」
そう言いながら彼がカーテンを引き開ける。私は思わず歓声を上げた。
〇湖畔
カーテンの向こう、ガラス越しに広がっているのは鏡のような湖面だった。湖にはコテージから繋がるように桟橋が架かっている。
桟橋の終端は広くなっており、テーブルと二人分の椅子が設えられていて、そこに食事が準備されているらしい。
たどり着いた先のテーブルの上にはいかにもクリスマスらしい七面鳥の丸焼きをはじめとした料理の数々が待っていた。
拓也「冷めないうちに食べようよ」
理沙「うん!」
用意されていたホットワインは体を芯から温めてくれそうだ。ワインをそれぞれのグラスに注いで持つ。
拓也「さて、それじゃ乾杯しようか」
理沙「そうね」
拓也「あ、でもその前に一言」
理沙「?」
私が首をかしげていると、彼が誇らしげに目の前の湖面を指し示して告げる。
拓也「月へようこそ。ご要望通りお連れしました」
風もない夜の湖面はまるで鏡のように広がっていて、静かに浮かんだ桟橋を取り囲むように頭上の月が湖面に映り込んでいる。
私たちは、月の上に座っていた。
頭上と、湖面。両方から差し込む月の光は、冷たい空気をほのかに暖めるかのように私たちを優しく包んでいた。
こんな気の利いたことができる人に、私はなりたい。
最初、月に行くってどういうことかな?と思って読み進めていたのですが、最後の展開を読んで、何てロマンチックなんだろうと思いました!素敵な物語ありがとうございました!
すっごくロマンティックですね!
湖に浮かぶ月をプレゼントなんて、言われたらドキドキしちゃいますよ!
とても素敵なお話でした。