とある婚活パーティーにて(脚本)
〇おしゃれな食堂
若いウェイター「チーフ! 配膳完了しました!」
ベテランのウェイター「よし!!なかなか早いな!! では後はしっかりお客様をおもてなしするんだ」
若いウェイター「承知しました!! しかし、アレですね。 俺、婚活パーティー初めてなんですけど、 結構普通ですね」
ベテランのウェイター「当たり前だ! 参加者は結婚したいだけの普通の人達だ。 だがまぁ、稀に普通とは言えない傑物も紛れているがな」
若いウェイター「そういうもんですか・・・。 おっ!?」
若いウェイター「あの人なんかキマッてますね!! 背も高いし、モテそう!!」
ベテランのウェイター「ワ、ワタル・・・!?」
若いウェイター「えっ!? チーフあの人知ってるんですか!?」
ベテランのウェイター「あ、ああ・・・。 奴の名はワタル。私は何度も婚活パーティーで出会っている」
ベテランのウェイター「そうか、今日は奴がいるのか・・・」
ベテランのウェイター「奴は先ほど話した傑物の1人よ・・・。 お前も折角の機会だ。今日は仕事しながら奴をよく見ておくといい」
若いウェイター「は、はいっ!!」
司会「皆様!本日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます!」
司会「これより楽しい楽しいパーティーの始まりでございます!!」
司会「それでは早速ですが、当会恒例の回転自己紹介タイムでございます! 皆様お渡ししておりますクジの番号に着席ください!!」
若いウェイター「チーフ!? これは一体何をするんですか!?」
ベテランのウェイター「本日の参加者は男女15人ずつ。 今から1人あたり2分間の自己紹介を15回分行うのだ」
若いウェイター「1人2分で15回!! そんなの・・・生半可なやり取りだったら覚えてくれないですね・・・」
ベテランのウェイター「そうだ──。 加えて女性陣からは情け容赦ない質問が飛ぶ。この2分である程度ふるいにかけられる」
若いウェイター「恐ろしい・・・。 あ!!始まりましたね!!」
ワタル「加瀬木さん・・・ですね? よろしくお願いし──」
加瀬木 菊代(かせぎ きくよ)「あなた年収はいかほど?」
若いウェイター「チ、チーフ!? あの人いきなり年収を聞いてますよ!?」
ベテランのウェイター「ぬぅ・・・。 あまり褒められた行為ではないが、ここは婚活パーティー。もちろん年収は重要。当然出うる質問よ」
ワタル「年収──ですか・・・」
ワタル「950万円です」
ワタル「ちなみに職種はメーカーの開発職です」
加瀬木 菊代(かせぎ きくよ)「へー!そうなのねぇ♪」
若いウェイター「ア、アレ? 思ったよりそこまでって感じじゃないですか?チーフが傑物なんて言うから、てっきりもっと上かと・・・」
ベテランのウェイター「お前は何も分かっていないな」
ベテランのウェイター「いいか、年収1000万円オーバーの人間はこんなところには来ない」
ベテランのウェイター「来たとしても女性側が多額の参加費を払う必要のある特殊なコンセプトの会にしか、そのクラスはおらんのだ」
ベテランのウェイター「ゆえに奴の950万円という年収は、このパーティーのヒエラルキーにおいて最上位とも言える」
若いウェイター「な、なるほど!?」
ベテランのウェイター「加えて950万円という数値も絶妙なのだ。さっき高収入の男はほとんど参加しないと言ったが、これはあくまで事実問題としての話」
ベテランのウェイター「年収1000万円以上の男性を求めてやってくる女性も多い。結果として妥協しているだけだ」
ベテランのウェイター「だが、950万円だとどうだ。1000万円には届いていないがほぼ及第点と言えよう」
ベテランのウェイター「さらに男性の年収を気にしないという層にも距離をとられない絶妙な高年収なのだ」
若いウェイター「す、すげぇや・・・」
ベテランのウェイター「そして奴の職種であるメーカーの開発職。これも強い」
ベテランのウェイター「転勤の可能性が他の職種に比べて低いから、生活基盤の計画が非常に立てやすい」
ベテランのウェイター「婚活において、圧倒的に優位なステータスを奴は持っているのだ」
若いウェイター「こ、これがワタルさん・・・」
若いウェイター「あ!? 2分間たって次の人に変わりましたね!」
ワタル「楽暦さん・・・ですね? よろしくお願いし──」
楽暦 木西(がくれき きにし)「ワタルさんってどちらの大学出身なんですか?」
若いウェイター「今度はいきなり学歴聞いてますよ!?」
ベテランのウェイター「行儀の悪い者が多い日だ・・・。 だが、まあ気にする者は気にする・・・。 頻出質問ではある」
ワタル「大学はですね──」
ワタル「早稲田の理工です」
楽暦 木西(がくれき きにし)「あ!!早稲田なんですかぁ!! 私も早稲田なんですよぉ!!」
若いウェイター「えっ!早稲田!すごい!」
若いウェイター「高卒の僕でも早稲田は知ってますよ!」
ベテランのウェイター「そう・・・。 それも奴の絶妙なステータスの1つ・・・」
ベテランのウェイター「早稲田はとにかく大学の知名度が高い・・・」
ベテランのウェイター「かつ今のように同窓にあう可能性も高い」
ベテランのウェイター「さらに大学事情に詳しいものであれば、早稲田の理工は学内でも相対的に難易度が高いことも知っている」
ベテランのウェイター「先の年収の話と似ているが、東大レベルを最低限にするようなタイプはそもそもこの場には来ない」
ベテランのウェイター「私立に通える点から実家の財力の太さも匂わせられる」
ベテランのウェイター「まさに至高とも呼べるステータスなのだ!」
若いウェイター「ワタルさんハンパねぇ」
約30分後
司会「さあ皆さん! ちゃんと自己紹介出来ましたかぁ!?」
司会「いよいよお待ちかね!! フリータイムの時間です!!」
司会「気になった異性と思う存分親睦を深めちゃって下さい!!」
若いウェイター「いよいよフリータイムですね・・・」
ベテランのウェイター「ああ! これからは我々も忙しくなるぞ! 給仕の仕事開始だ!」
若いウェイター「はい! (隙を見てワタルさんの様子を探ろう!!)」
若いウェイター「すげぇ!! ワタルさんの周りには常に女性がいっぱいいる・・・」
楽暦 木西(がくれき きにし)「ワタルさんって兄弟はいらっしゃるんですか?」
ワタル「ええ! 兄が1人、妹が1人がいます」
加瀬木 菊代(かせぎ きくよ)「ワタルさんは実家も関東なんですか?」
ワタル「はい。 神奈川に実家があります。 今は恵比寿で1人暮らししてます」
楽暦 木西(がくれき きにし)「休日ってどんな事して過ごしてるんですか?」
ワタル「旅行が趣味なので、国内外問わず一人旅とかしちゃいますね。この前はイタリアにも行ってきました」
加瀬木 菊代(かせぎ きくよ)「へぇー。すごーい」
若いウェイター(す、すごい。 女性陣から質問攻めだ。 でも、なんだか・・・)
ベテランのウェイター「別に面白い話をしていない。 そう思っただろ?」
若いウェイター「う、うわ!?チーフ!! 心を読まないでくださいよ!!」
ベテランのウェイター「いいか。婚活パーティーにおいては話が上手いだとか面白いという要素は決して重要ではない」
ベテランのウェイター「変に口が上手くていかにもモテそうなタイプには結婚後の不倫リスクがあると考えてしまうからだ」
若いウェイター「そ、そうなんですか!?」
ベテランのウェイター「ワタルは給料や学歴のステータスは高いが、性格は実直そのもの。気持ちのいい男なのだ」
ベテランのウェイター「ギャンブルもしないし、女性ウケが悪い趣味もない。だからあのように質問に受け答えしているだけで勝手に好感度が上がる」
ベテランのウェイター「まさに婚活の申し子の様な男なのだ」
若いウェイター「そんな・・・ただ、質問に答えるだけで好感度が上がっていくなんて・・・」
ベテランのウェイター「まあ、もちろんそれだけではないがな 見ろ!」
ワタル「加瀬木さんの髪ってすごいきれいですねぇ」
加瀬木 菊代(かせぎ きくよ)「えっ!そうですかぁ! 実は昨日青山の美容院でカットとパーマしてもらってて、それでかと」
ワタル「そうなんですね! でも、それだけじゃないでしょ。 日々のケアしっかりされてるんじゃないですか!?」
加瀬木 菊代(かせぎ きくよ)「恥ずかしいです。 でも、実は結構気を遣ってて・・・。 嬉しいです」
楽暦 木西(がくれき きにし)「ワタルさん!! 私とももっとお話しましょうよ!!」
ワタル「楽暦さん!! もちろんですよ。あなたのお話は随所に知的さが感じられて私もお話してて楽しいですから!!」
楽暦 木西(がくれき きにし)「知的だなんて・・・そんな・・・」
若いウェイター「す、凄い──。 ちょっと褒めただけで女性陣がメロメロに──」
ベテランのウェイター「ただ褒めただけではない。奴は女性が褒めてほしいと思っている点を的確につけるのだ」
ベテランのウェイター「マニュアルのような杓子定規な褒めではなく、心からの正直で真っ直ぐな奴の褒めに抗う術はない」
ベテランのウェイター「奴は上質なステータスに加え、とにかく女性に紳士なのだ。これが傑物たる所以よ」
若いウェイター(お、俺はワタルさんと比べるとなんてダメな男なんだ・・・。 このままでいいのか・・・)
ベテランのウェイター「お!そろそろフリータイムも終わりだ。 持ち場に戻るぞ」
司会「皆さんちゅうもーく!! 宴もたけなわではございますが、楽しい時間はあっという間にすぎてしまうものです」
司会「パーティーはこれにて終了です。 この後、皆様には本日気になった異性の名前を最大3名書いていただき、係の者にお渡しください」
司会「見事マッチングした方同士には、運営が責任持って連絡先交換を仲介させていただきます」
若いウェイター「チーフ!?これは!?」
ベテランのウェイター「参加者がそれぞれ自由に連絡先交換できたら無法地帯になるだろ。だから気になった者同士だけ連絡先交換できるようにしている」
ベテランのウェイター「ちょっとしたゲーム性の演出も兼ねていて、マッチング後にカップルになりやすいんだ。一応両想い前提だからな」
若いウェイター「な、なるほど!!」
ベテランのウェイター「さあ!出揃ったみたいだ。 集計の支援に行くぞ」
〇おしゃれな食堂
若いウェイター「ワタル・・・ワタル・・・ワタル・・・」
若いウェイター「す、すごい。 15人中13人がワタルさんの名前を書いてます!!」
ベテランのウェイター「奴なら当然だ。 何度か全員書いた日にも遭遇している。別段驚く比率じゃあない」
若いウェイター「ひぃぃ。とんでもないですね・・・」
ベテランのウェイター「奴の凄さは語り尽くせん・・・。 ホレ これがワタルの用紙だ」
若いウェイター「ああ!!それ気になってたんですよ!! ワタルさんがどの人を選んだのか。 綺麗な人いっぱいいましたからねぇ。どれどれ・・・」
若いウェイター「え!? 白紙・・・!? こ、これって・・・!?」
ベテランのウェイター「誰も選ばなかったということだな」
ベテランのウェイター「奴め・・・。 またか・・・。 毎回そうなのだ」
ベテランのウェイター「婚活市場における価値がとてつもなく高い奴が結婚出来ない理由」
ベテランのウェイター「それは奴が運命の人との出逢いというものを真剣に信じているからだ」
ベテランのウェイター「ちょっといいと思う程度では連絡先さえ交換しない・・・」
ベテランのウェイター「結婚をすることが目的の人間からすればイヤミな行為にも映るが、奴はそれだけ真剣に婚活に臨んでいるのだ」
ベテランのウェイター「結婚することだけが目的であればいつでも出来るが、決して妥協しない」
ベテランのウェイター「いつか運命の人に出会えることを信じて──」
若いウェイター「ワタルさん・・・」
ベテランのウェイター「まあ、奴の話はここまでだ。 撤収準備だ」
若いウェイター「チーフ!! お話いいですか!!」
ベテランのウェイター「ん?なんだ!?」
若いウェイター「俺、今日一日婚活パーティーを経験して」
若いウェイター「ワタルさんをはじめ、参加者の皆さんが必死に婚活に向き合ってるのを見て・・・」
若いウェイター「俺、このままじゃダメだなって・・・。 ふらふらとフリーターでその日暮らしを続けていたらダメだって強く思ったんです!!」
若いウェイター「俺をここで雇ってもらえないでしょうか!! 一生懸命頑張ります!!」
ベテランのウェイター「ふっ ワタルも罪な男だ。参加者の女性だけじゃ飽き足らず、こいつまで魅了するとはな・・・」
ベテランのウェイター「わかった。オーナーには私から話す。 お前なかなかいい仕事してたからな!! いつかは私の後任になるかもな」
若いウェイター「本当ですか!?嬉しいです。 ありがとうございます!!」
〇おしゃれな食堂
5年後・・・。
あの日、ワタルさんと出会った日。
俺の人生も大きく動き、ここの正社員として勤めてきた。
チーフも引退して、今日から俺がチーフとしてこの会場の給仕を行う。
あれから、多くの婚活パーティーの給仕をして、分かったことがある。
婚活とは、婚活を頑張った者が勝利するのではない。婚活で有利な材料を揃えるべく、人生を頑張った者が勝利するのだと。
当日だけ頑張ってもボロが出る。生涯の伴侶を探す会だ。向こうも真剣なのだ。
俺も結婚を視野に入れ始め婚活を始めようと思っている。
胸を張って、自信を持って臨めるよう、
仕事を、人生を頑張って行こうと思う。
・・・あの日以来、ワタルさんはウチの会場には来ていない。
運命の人に巡りあえたのか、今もどこかで婚活を続けているのか・・・。
それは誰にもわからない。
もし、いつか会える日が来たら伝えたい。
あなたは私の目標だったと。
あなたのおかげで頑張れたと。
あなたは俺にとっての神様──
婚活神だと。
ふうむ。実際こんな人はいるかもしれないなと思いました。いたら会話がうまくなくてもこの話みたいにもてそうですね。婚活パーティーに参加したことがある者として考えさせられる内容でした
第三者目線での婚活パーティ、楽しいです!
こんなハイスペックなワタルさんがゴールインせずに参加し続ける理由が気になっていましたが……その理由もスゴイですねww
すごいで、語りは、朗読は、設定でさらに昇華する。芥川龍之介の薮の中の現代版やぁ。伝説の瞬殺士やぁ。