ヘンタイ女子の相続事件簿(脚本)
〇田舎道
山中あゆみ「ふーッ こんなもんかな・・・」
山中あゆみ「私の可愛いキュウリちゃん、トマトちゃん 早く大きくなってね」
山中あゆみ「しっかし腰が痛い・・・」
畑山タモツ「先生、今日も頑張ってるね」
山中あゆみ「ああ、畑山さん」
この人は畑山さん
この市民農園のオーナーだ
畑山タモツ「今日も怪人だね」
山中あゆみ「おととい変態しちゃったんですよー」
畑山タモツ「怪人形態の時は 見つけやすくていいよ」
山中あゆみ「そ、そりゃどうも」
山中あゆみ「それにしても何で こんなすぐに草が生えるんでしょうね?」
畑山タモツ「そりゃあ土がいいんだもん 草だってよく育つさ」
山中あゆみ「ぐはあー」
畑山タモツ「ところで今日は頼みがあるんだけど」
大泉ジュンイチ「どーも 大泉といいます」
畑山タモツ「ウチの相続を先生にやってもらったって 話をしたらさあ」
畑山タモツ「紹介してほしいって言うもんだから 連れて来たんだよ」
畑山タモツ「相談に乗ってもらえないかい?」
世間では
相続で争うのは金持ちだけという
間違った認識が広まっている
しかし実際に家庭裁判所で争われている
相続事件の3割超は
遺産の総額が1000万円以下なのである
一般家庭の相続でも多くの争いが
生じているのだ
山中あゆみ「何かお困りなんですか?」
大泉ジュンイチ「息子たちに関係することなんですがねぇ」
大泉ジュンイチ「ここじゃ暑いし立ち話もなんだから ウチまで来ていただけませんか」
〇実家の居間
大泉ジュンイチ「相談ってのは 俺の財産の渡し方についてなんですがね」
山中あゆみ「と、言いますと?」
大泉ジュンイチ「俺の財産は 長男だけに相続させたいんですよ」
山中あゆみ「ご長男だけに・・・ですか では、家族構成を教えてもらえますか?」
大泉ジュンイチ「カミさんはもう亡くなっちまってて」
大泉ジュンイチ「で、子どもは息子が二人いるんだが そのうちの一人とは音信不通でねえ」
山中あゆみ「そうすると 相続人は二人の息子さんになりますね」
山中あゆみ「ご長男に全部相続させることは できるとも言えるしできないとも言えます」
大泉ジュンイチ「え? どういうこと?」
山中あゆみ「全財産をご長男に相続させるという内容で 遺言を書くことは可能ですし」
山中あゆみ「一旦は全財産が渡るんです」
山中あゆみ「ただし、ご二男はご長男に 遺留分の請求ができるんです」
大泉ジュンイチ「イリュウブン?」
山中あゆみ「遺留分というのは相続人に 与えられている権利のことで」
山中あゆみ「簡単に言えば遺産をもらいすぎた人から 財産を奪い返すことができるんです」
山中あゆみ「大泉家の場合、ご二男の遺留分は 遺産全体の4分の1になります」
大泉ジュンイチ「それはどうやっても避けられない・・・?」
山中あゆみ「通常は防ぐ方法がないですね 遺留分を減らすテクニックはありますが」
大泉ジュンイチ「通常でない場合というのは?」
山中あゆみ「例えば大泉さんが 二男さんに殺害された場合ですね」
大泉ジュンイチ「うーん 流石にそれはないだろうな」
山中あゆみ「遺留分を請求されるのは厄介なので できればご長男とも話をしたいのですが」
大泉ジュンイチ「うーん じゃあ息子の予定を確認してから 改めて連絡させてもらいますよ」
〇個別オフィス
山中あゆみ「はい、はい、いいですよ 13日の18時ですね」
山中あゆみ「市町村から送られてきた 固定資産税の請求明細をご用意ください 預金の一覧もお願いします」
山中あゆみ「はい、それでいいですよ では失礼します」
山中あゆみ「あー、事務所じゃ割と 人間態でいられることが多いのになー」
山中あゆみ「この姿だと 受話器が滑りやすいのよねー」
山中あゆみ「輪ゴムでも 巻いとこうかしら?」
町田ノゾム「また土井仲村の案件ですか?」
山中あゆみ「そうなのよ」
町田ノゾム「しょっちゅう相談されてますよね」
山中あゆみ「おじいちゃんが多いからさあ 私ってばアイドルみたいなもんなのよ」
町田ノゾム「ソ、ソーデスネ・・・・・・」
〇実家の居間
山中あゆみ「こんばんは 司法書士の山中です」
大泉コウタ「長男のコウタです」
大泉コウタ「話には聞いてましたが 怪人でいらっしゃるんですね」
山中あゆみ「ヘンタイ体質なんですよ」
大泉ジュンイチ「変態? 変わったご趣味が?」
山中あゆみ「はは・・・・・・」
大泉コウタ「そっちの意味じゃねーよ! オヤジ、失礼だろ」
大泉コウタ「すみません オヤジはこういう人間なので」
山中あゆみ「ワタシ、自分や周囲の人の負の感情で 怪人に変態しちゃうんですよ」
山中あゆみ「逆にプラスの感情に触れれば 直ぐに人間に戻れるんですけどねー」
大泉コウタ「確かにこの世の中 プラスの感情の方が少ないでしょうね」
山中あゆみ「そうなんです だから人間はなかなか戻れなくて」
山中あゆみ「えー、ところでコウタさんは どこまで話を聞いてらっしゃいますか?」
大泉コウタ「オヤジは俺に全財産を渡したいけど かえって大変なことになるとか何とか」
山中あゆみ「そうなんです ご説明いたしますので まずは財産の資料を拝見できますか?」
大泉ジュンイチ「これで全部です」
山中あゆみ「ふーむ・・・・・・」
山中あゆみ「雑種地並みで評価されてる山林もあるのか」
山中あゆみ「この町中の土地はなんでしょう?」
大泉ジュンイチ「そこは駐車場として貸してるんです 広いのと狭いのと二か所ですね」
山中あゆみ「・・・・・・なるほど やはり全財産をコウタさんに相続させては まずいですね」
大泉ジュンイチ「? 詳しい話が聞きたいですね」
山中あゆみ「大泉さんの資産の内訳は こんな感じになるんです」
大泉コウタ「ふう・・・む?」
山中あゆみ「日本の法律では 遺留分というものがあるので コウタさんが全財産を相続すると・・・」
山中あゆみ「コウタさんは弟さんから 遺産全部の4分の1の金銭を請求される 可能性があります」
大泉ジュンイチ「あっ!!」
山中あゆみ「気づかれましたか?」
大泉コウタ「オヤジから引き継ぐ金以上の金額を 請求されてしまうってことか!」
山中あゆみ「そうです 引き継ぐ預貯金が800万円なのに 請求されるのは1000万円」
山中あゆみ「コウタさんはポケットマネーから 200万円の持ち出しが必要になるんです」
大泉ジュンイチ「そうすると シンジの手元には1000万が渡って」
大泉ジュンイチ「コウタには不動産全部がいく代わりに 金は200万のマイナスになるのか・・・」
山中あゆみ「大泉さんのご希望とは 全く違う結果になってしまいますよね?」
大泉ジュンイチ「相談せずに自分だけで書いてたら 大変なことになってたな・・・・・・」
〇実家の居間
「・・・・・・」
山中あゆみ「大泉さん よろしかったら二男さんのことを 教えていただけませんか?」
大泉ジュンイチ「シンジのことを?」
山中あゆみ「はい どうして財産を渡したくないのか 理由があるなら伺いたいんです」
大泉ジュンイチ「アイツはねえ・・・・・・」
〇実家の居間
大泉ジュンイチ「シンジ! 高校辞めたってどういうことだ!!」
大泉シンジ「俺は俳優になりたいんだ だからこそ俳優になるために高校は辞めた」
大泉ジュンイチ「は、俳優だと?」
大泉シンジ「俺は俳優になるために上京したい そのためには上京しなきゃならないだろ」
大泉ジュンイチ「は?」
大泉シンジ「俺は東京にいくから 東京じゃないこの家にはもう来ない」
大泉ジュンイチ「ちょ、待てよ!」
〇実家の居間
大泉ジュンイチ「カミさんが生きてた頃は 時々電話で金を無心してたようですわ」
大泉コウタ「でもアイツは オフクロの葬式にも出なかったんです」
山中あゆみ「なるほど・・・・・・」
山中あゆみ「ところで奥様の預金は どうやって解約されたんですか?」
山中あゆみ「相続人全員での手続きが必要ですよね?」
大泉コウタ「金額が少ないせいで 俺たちだけで解約できたんですよ」
大泉コウタ「どうやらオフクロはシンジの奴に 何度も金を渡していたようなんです」
山中あゆみ「あー・・・・・・・・・」
〇実家の居間
山中あゆみ「ところでコウタさんは 山林や畑は使いますか?」
大泉コウタ「いや 町で働いてますんで農業は・・・・・・」
山中あゆみ「諸々の事情は分かりました! ではこうしたらいかがでしょう?」
大泉ジュンイチ「これは一体?」
山中あゆみ「シンジさんには何も渡さないのではなく あえて要らないものを押し付けるんです!」
「ええーッ!?」
山中あゆみ「シンジさんの遺留分額は1000万円」
山中あゆみ「それを要らない不動産によって 賄おうという訳です」
大泉コウタ「お金も200万円渡すのは?」
山中あゆみ「要らない不動産だけじゃ 相続放棄されちゃうじゃないですか」
山中あゆみ「だから200万円で釣るんですよ」
大泉ジュンイチ「はー・・・・・・」
山中あゆみ「遺言を見たシンジさんが相続放棄すれば 遺産は全部コウタさんのもの」
山中あゆみ「逆に目先の現金に釣られてくれれば 不要な不動産を処分する手間が 省けるって訳です」
山中あゆみ「どちらに転んでも コウタさんは損しないですよね?」
大泉コウタ「でも・・・・・・ これだとあまりにシンジが・・・・・・」
山中あゆみ「お二人とも 事情をお話ししてくださいましたよね?」
山中あゆみ「これくらいしてもバチは当たらないと 思いますけど?」
大泉コウタ(・・・・・・)
〇田園風景
シンジ「にいちゃーん!」
コウタ「どーしたんだ シンジ?」
シンジ「このアイス 一緒に食べようと思ってさ!」
コウタ「アイスはお前の大好物だろ? どーいう風の吹き回しだ?」
シンジ「オレ、女子アナと結婚したいから げーのーじんになりたいんだ」
シンジ「一人で全部食べたら太っちゃうから 半分ずつならいいと思ってさ!」
コウタ「お前はアホだなー」
コウタ「アイス食わなきゃいいだろ?」
シンジ「だってアイス美味しいしさー」
シンジ「にいちゃんと一緒に食べたかったんだよ」
コウタ「まったく しょーがねえやつだなぁ」
シンジ「へへっ」
〇実家の居間
大泉コウタ「あのー ちょっといいですか?」
山中あゆみ「何でしょう?」
大泉コウタ「素人考えで恐縮なんですが 法律家の方って 公平さみたいなものは考慮されないんですか?」
山中あゆみ「え? しませんよ」
大泉コウタ「しない・・・んですか?」
山中あゆみ「専門職はあくまで”依頼者の味方”ですから 敵対する相手の都合は考えません」
大泉コウタ「でも シンジは・・・・・・」
大泉コウタ「アイツは大バカだけど 敵じゃあ・・・・・・ない」
大泉コウタ「オヤジ・・・ やっぱりシンジにも」
山中あゆみ「おおっとぉ!」
〇個別オフィス
山中あゆみ「と、言うわけで二男にも 駐車場の内の一つを渡すことになったのよ」
町田ノゾム「口では嫌っていても 血のつながった肉親っていうのは 憎みきれるものじゃないんでしょうね」
山中あゆみ「人って数字を目の前に突きつけられて 初めて気がつくものなのよね」
山中あゆみ「上手いこと話がまとまって良かったわ」
山中あゆみ「さーて、この後は採れたての キュウリとトマトを肴に一杯やろうかな」
町田ノゾム「数字を見せられても 現実が見えてない人もいるんですね」
山中あゆみ「へ?」
町田ノゾム「センセイ、スーツを サイズ直しに出してますよね?」
山中あゆみ「な、なぜそのことを?」
町田ノゾム「さっきお店から電話がありました サイズ直しが出来たから伝えてくれって」
山中あゆみ「しまった ケータイの着信に気が付かなかった!!」
町田ノゾム「事務所を個人的な用事の連絡先にするのは いかがなもんでしょうか・・・」
山中あゆみ「なんたる不覚・・・ッ」
町田ノゾム「酒を減らすか 運動をするべきじゃないですかね」
山中あゆみ「ぐぬぬ・・・」
山中あゆみ「キュウリは食べても太んないし!!」
町田ノゾム「いや、ヤバいのは酒でしょ?」
山中あゆみ「せっかくいい気分で呑めると思ったのに 太ったことがバレてしまうとは・・・」
町田ノゾム「バレるも何も 太ったのは見りゃ分かりますけど」
山中あゆみ「怪人形態の時なら分かんないでしょ?」
町田ノゾム「え、だって くびれが全く無いじゃないですか」
山中あゆみ「くっそー 今夜はやけ酒じゃーい!!」
町田ノゾム(駄目だこの人)
おわり
「いや、出だしカオスwww🤣」と思ったのですが、読んでいくと何だか切ない理由……。
そして、自分も憎悪と好意どっちつかずの気持ちを感じている兄弟がいるので軽く身につまされました。
……でも実際問題悲しいかな、相続関係は心を鬼にしないと本当に駄目らしいですね😢
主人公のキャラがのほほんというかサバサバというか、好感が持てました。お話の持って行き方が上手くて、怪人化が解ける瞬間にカタルシスを感じましたね。面白かったです!
これは面白い……!
相続の話がとても興味深いです。
遺産相続はドロドロしがちであまり額が多くない程モメやすいような偏見を持ってたのでドキドキしながら読んでいましたが最後丸く収まって良かったです。
もろきゅうで酒を飲みたい。