さよならのエチュード

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さよならのエチュード(脚本)

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〇豪華な客間
  プロのピアニストとして
  日の目を見てから数年経つが──
  俺にはどうしても弾けない曲があった。
神白真翔(何なんだ、この譜面は・・・)
  言っておくが、技術どうこうという話ではない。
  どのように弾けば良いのか分からないのだ。
神白真翔(どう弾いてもしっくりこない──)
  結局、今日も正解の糸口すら掴めないまま
  ウイスキーのグラスを飲み干し、眠りに付いた。

〇学校の廊下
神白真翔「おい!」
神白真翔「何なんだよ、あの出鱈目な演奏は!」
黒峰疾風「はあ?なんだよ、毎日毎日うるせえな」
神白真翔「あの曲の4ページ目!」
神白真翔「2小節目からはrallentando(ラレンタンド)だろ!?」
神白真翔「何でどんどん加速して、急にテンポが落ちるんだよ」
神白真翔「おかしいだろ!?」
黒峰疾風「俺は俺の弾きたいようにやってるだけだ」
黒峰疾風「文句あるかよ?」
神白真翔「ある!」
神白真翔「お前は譜面を何だと思ってるんだ!?」
神白真翔「作曲者の想いがこもってるんだぞ!? 分かった上でアレンジしてるのか!?」
黒峰疾風「・・・死んだ人間の考えてた事なんて分かるわけねーだろ」
黒峰疾風「100点満点の正解が分かる奴が居るのかよ?」
神白真翔「屁理屈を言うな!」
神白真翔「それを譜面から読み解いて表現するのがピアニストだ!」

〇豪華な客間
神白真翔(──学生の頃の夢か)
神白真翔(随分と懐かしい夢を見たな・・・)

〇黒
  ──若手ピアニスト、神白真翔(かみしろまこと)。
  繊細かつ正確なタッチで
  曲への理解が深く、正統派の音を奏でる。
  それが、俺の世間からの評価だ。
  それと正反対と言えるのが、あいつ──
  黒峰疾風(くろみねはやて)。
  黒峰の演奏は時に荒々しく、そして自由。
  奏でる音は、彼自身そのものと言っても良い。
  そんなあいつの音を批判する人間も居るが──
  一度心を掴んだら離さない魅力がある。
  それが、異端の天才と呼ばれた黒峰の演奏だ。

〇豪華な客間
神白真翔(──あいつならこの譜面、どうやって弾くんだろうな)
神白真翔(・・・なんて、考えてる暇は無いか)
  数日後には、テレビの生放送出演が決まっている。
  大勢の観客も居る上に全国放送での演奏なんて、またと無い機会だろう。
神白真翔(今は、その日に向けて集中だ・・・)
  披露する曲は、練習曲作品10第3番ホ長調──ショパンの『別れの曲』。
神白真翔(プロになる前から、もう何度も弾いてきた曲だが)
神白真翔(更にベストな状態に仕上げる必要がある・・・!)
  今は、無理難題の譜面について考える暇など無いのだ。
神白真翔「・・・・・・」
  それでもつい頭を過ってしまう。
  何故ならその日は──

〇ホールの舞台袖
  本番当日、ステージの舞台袖で
  俺は2つの譜面を見つめていた。
  ひとつは練習曲作品10第3番ホ長調。
  もうひとつは──
神白真翔(こんな所まで持って来るなんて・・・)
神白真翔(何を考えてるんだ、俺は──)
  結局あれから、ろくに集中もできず
  あの譜面のことばかり考えていた。
神白真翔(最悪だ・・・)
神白真翔(こんな状態で・・・弾けるのか?)
神白真翔(まったく、よりにもよって今日だなんて──)
  その時、掌から譜面の束がするりと抜け落ちた。
神白真翔「・・・!」
  ばらばらに床に散らばった譜面の1ページ──
  雑な筆跡で書かれたメッセージが目に入る。
  『弾けるもんなら弾いてみろ!』
神白真翔「・・・・・・」
神白真翔(こんな時まで・・・)
神白真翔(本当に、気に食わない奴だ)
神白真翔(──よし、やってやる!)

〇コンサート会場
司会者「──それでは、お待たせ致しました!」
司会者「本日は期待の若手ピアニスト、神白真翔さんに生演奏をして頂きます!」
司会者「今日演奏して頂く曲は──」
神白真翔「今日はショパンは演らない!」
司会者「・・・はい?」
神白真翔「今日演奏するのは『Caro amico』だ!」
司会者「カ、カロ・・・?」
  会場の観客もスタッフも
  予想外の出来事に騒ついているのが分かる。
神白真翔(言ったからにはやるしかない!腹は括った!)
  困惑する人々をよそに、ずんずんと舞台上を歩いて行く。
  ピアノの前に立ち観客へ一礼すると、譜面を立て掛け椅子に座った。
司会者「えーっと・・・それでは、よろしくお願いします!」
神白真翔(どっかで聴いてるんだろ?よく聴けよ!)
  譜面を改めて睨み、ふぅっと息を吐き出すと
  俺は、難解不読のその譜面を奏で出した。

〇フェンスに囲われた屋上
黒峰疾風「なぁ、神白」
黒峰疾風「お前さ・・・もっと自由に弾いてみろよ」
神白真翔「何なんだよ、改まって」
神白真翔「──というか、お前みたいに弾くなんてごめんだ!」
黒峰疾風「別に、俺の真似しろって言ってる訳じゃねぇよ」
黒峰疾風「・・・お前は俺より技術もある」
黒峰疾風「譜面から想いを読み解く?ってのも俺には無理だ」
黒峰疾風「だからさ、その表現力を活かした上で もっと音楽を楽しめよ」
黒峰疾風「お前には、お前だけの音があるはずだろ?」
神白真翔「・・・・・・」
神白真翔「本当に、どうしたんだよ?」
黒峰疾風「・・・・・・」
黒峰疾風「そうだ!」
黒峰疾風「今度お前にぴったりの譜面を用意してやるよ!」

〇コンサート会場
  〜〜♪ 〜〜♪
  繊細で、時には激しいピアノの旋律が会場中に響き渡る。
神白真翔(音符と休符しか無い譜面なんてどうかしてるだろ・・・!)
神白真翔(他にあるのは、拍子と臨時記号とタイだけ・・・)
神白真翔(こんなの、弾きこなせるのは本人だけだ!)
  黒峰が作曲したこの譜面は、普通なら未完成の楽曲だと誰もが思うだろう。
  しかし、最終頁に書かれた挑発的なメッセージが
  この譜面は完成形なのだと物語っていた。
神白真翔(あいつならきっとこんな弾き方はしない・・・)
神白真翔(だが、そんなこと知るか!)
  舞台上で譜面と向き合いながら
  俺はあいつと言い争っている様な、懐かしい感覚を覚えていた。

〇黒
  ──享年21歳。
  黒峰疾風は、ピアニストとしてその名を世間に知らしめる事なくこの世を去った。
  あいつの死後、見つかったのがこの譜面──
  『Caro amico』
  その意味は──『親愛なる友へ』。

〇コンサート会場
神白真翔(お前の言う通りだったな)
神白真翔(確かに、死んだ人間が何考えてるのかなんて分かんねえよ)
神白真翔(だから、俺は俺の好きに弾かせてもらう!)
  こんなに感情的にピアノを弾いたのはいつ以来だろう。
  今日という日なら、あいつがどこかで聴いているかもしれない。
  この曲を弾き切れたら、俺も少しはお前の想いを理解できるだろうか。
  ──お前の死と向き合えるのだろうか。
  だって今日は──
神白真翔(お前の、命日だもんな)
  最後の一音を弾き終え、指先を鍵盤から離した。
神白真翔「・・・・・・」
神白真翔(どうだ!見たか!)
  次の瞬間、会場が大きな拍手に包まれる。
  その歓声が答えだった。
神白真翔(やっと弾き切れたんだな・・・)
  余韻に浸っていると、いつの間にか
  歓声からアンコールという声が聞こえ始める。
神白真翔(・・・めちゃくちゃやったけど生放送だったな、これ)
神白真翔(どうしたもんか・・・)
スタッフ「すみません!神白さん!」
スタッフ「もう一曲だけお願いできますか?」
  正直言ってやり切った感はあるが、俺はすぐにこくりと頷いた。
  次に弾きたい曲はもう決まっている。
司会者「──では、皆さんの歓声にお応えして、今日は特別にもう一曲披露して頂けるそうです!」
司会者「神白さん、次の曲は何でしょうか?」
  俺は一度席を立ち、司会者からマイクを受け取った。
神白真翔「皆さま、本日はありがとうございます」
神白真翔「次に演奏する曲は・・・」
神白真翔「ショパン、練習曲作品10第3番ホ長調──」
  今度こそ、君に捧げよう。
神白真翔「『別れの曲』」

コメント

  • 拝読しました。
    一つの譜面を通して変化と不器用な友情が描かれていてとてもドラマティックでした!
    近過ぎず遠過ぎない絶妙な距離感の2人の関係と譜面に対する答えがとてもよかったです!

  • 繊細なピアニストでありながら不器用な男の友情🥲
    初めて音楽で自分を表現できた時に二人は通じあえたのかな…

  • 最後までずっと引き込まれっぱなしでした!
    あっと驚く場面、繋がる伏線、素晴らしかったです(上から目線な感じですみません💦)
    私もピアノを引くのですが、独学で楽譜も完璧には読めません
    なので色んな人の演奏を聴いたりして、真似するように弾いています
    いつか私も自分だけの表現を見つけてみたいです!

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