灰色のカルテジア

八木羊

第10話 ニヒル・アドミラリ(脚本)

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〇音楽室
「Lauda・Lauda・LaLa・Lauda・・・♪」
  午後イチの音楽の授業なんて気が乗らない
  まして、
  それが連休明けの月曜ならなおさらだ
音楽教師「その気の抜けたコーラみたいな声はなに?もっと口を大きく! 腹筋に力入れて!」
音楽教師「この曲は救い主の栄光を称えるものよ。 あなた達は天使の軍勢になったつもりで、 もっと高らかに!」
男子生徒「合唱コンクールとか、 マジかったりー・・・」
男子生徒「つか、なんで課題曲がラテン語の讃美歌?」
男子生徒「そりゃ、あの意識高い 百瀬(ももせ)センセのチョイスだし」
百瀬先生「そこ、五月蠅い! やる気がないなら出ていきなさい!!」
  先生の甲高い声が防音ガラスを
  ビリビリと震わす。
  それでも教室の空気は重く生ぬるいまま
「Lauda・Lauda・LaLa・Lauda・・・♪」
キリエ「天使の軍勢どころか、 間抜けなロバの行進みたい・・・」

〇学校の廊下
キリエ「ふぁああ~・・・」
鈴木先生「こんにちは、キリエさん。って、あれ? 松葉杖じゃなくなってる? ひょっとして完治した?」
キリエ「ああ、鈴木先生。この通り、休み中に 無事、ギブスは取れたんで、 普通に歩くぶんにはもう問題ないですね」
キリエ「ただ、飛んだり跳ねたりは、 まだ様子見で・・・ まだ、完全復活には遠いかな」
鈴木先生「そう言えば、連休中、萱沼君は イベントで大活躍だったんだってね」
キリエ「・・・らしいですね」
  そう。連休中、植物園では温室の
  リニューアルイベントが行われた
  そこではほんの1週間前に
  人が死亡したというのに、だ
  苅野くんは什器の下敷きになって事故死、
  園田さんもそれに巻き込まれ怪我をした、
  というのが全校集会で告げられた話
  安全面については、関係者以外立ち入り
  禁止の区域に勝手に入った側の責任で、
  園側は不問ということらしいが・・・
鈴木先生「キリエさん? どうしたの、難しい顔して?」
キリエ「ああ、いや、あの植物園で苅野くんが 亡くなったと思うと、ちょっと・・・」
キリエ「クラスのみんなも連休明けたら、 誰も彼のことなんか話してないし、 なんか変な感じだなって」
鈴木先生「・・・きっとよくあることよ」
キリエ「え?」
鈴木先生「日常を壊すような大きな穴が開いても、 少しすれば人は慣れる」
鈴木先生「初めから、そこには何もなかったみたい、空いた穴を、共通の幻想で埋めてしまうの」
キリエ「初めから何もなかったなんて・・・ 人ってそんなにドライなものですか?」
鈴木先生「ドライと言うよりは、 防衛本能みたいなものだと思う」
鈴木先生「穴を気にしすぎたら、 私たちは前に進めなくなるから」
鈴木先生「カットしたり、補完したり、 私たちの言う普通の日常って、」
鈴木先生「私たちにとって都合よく編集された フィルムみたいなものじゃない?」
キリエ「フィルム、か・・・日常も記憶も、 そんな簡単に切って貼って 出来るものだとは思えないけど」
鈴木先生「まあ、そういう考え方も あるってだけだから」
鈴木先生「穴と向き合えるキリエさんは きっと強いんだよ」
鈴木先生「じゃあ、私、次の授業あるから、またね」

〇学校の屋上
  校舎のあちこちから合唱コンクールの
  練習らしい歌声が聞こえている。
  きっと私のクラスでも今頃練習中だろう
キリエ「指揮者やパートリーダーには悪いけど、 今日はそういう気分じゃないんだよね」
U「ここに何の用だ? 今日は萱沼もいないんだろ?」
  リュックの中からUが言う
  連休中忙しかった萱沼は、
  今日は休みを取っている
  あいつはどんな気持ちで、
  あの温室で薔薇を活けたのだろう
キリエ「自主練。あんたはそこで黙ってて」
U「自主練?」
キリエ「私は薔薇、夕べの舞踏会で、あなたが胸に つけて下さったあの薔薇の精です・・・」
  つま先を立たせ、
  『薔薇の精』のポーズを取ってみる
  薔薇の精を演じるのは本来、男性で、
  女性は夢にまどろむ少女役だ
  しかし、気づいた時には花の精を演じて
  いた。頭に浮かんでいたのは、萱沼の顔
  中性的な精霊は夜の夢を軽やかに飛び回る
キリエ「そう、軽やかに・・・!」
キリエ「いっ・・・!」
  跳躍のために踏み込もうとした途端、腰に
  違和感を覚え、慌てて手近な金網を掴む。
  ガシャンと音が響く
キリエ「やっぱり、体全体が、 怪我をした左脚をかばってる・・・」
  この連休中、レッスンスタジオで
  先生にも演技を見てもらった
  当然、入院前のパフォーマンスには
  及ばない
  それでも先生は、ここに戻ってきた
  だけでも凄いと、褒めてくれた
  故障も怪我も多い世界、
  焦りで潰れた人は少なくない。
  暗に慌てるなと制しているのだろう
キリエ「脚のために怪物と戦うなんて、 それこそ焦りすぎじゃん・・・」
キリエ「でも、それでも私は・・・」
???「・・・ィリエー・・・・・・ エーレイソ・・・・・・」
キリエ「え?」
  合唱曲とは違う、
  でもどこかで聞いたことのある旋律
  その声は低く掠れているのに、
  耳の奥まで震わせる響きを帯びていた
  思わず、辺りを見回す
キリエ「いつの間に・・・?」
カオル「・・・・・・」
  屋上の入り口の壁に、
  いつぞやの上級生がもたれていた
  マスクで口元は隠れているが、
  彼の歌声だったのだろうか
カオル「・・・おい」
キリエ「はい・・・!」
キリエ「なんか近づいて来る? まさか殴られる!?」
カオル「これ」
キリエ「・・・私のタオル?」
  そういえば、貸しっ放しだった。
  手渡されたタオルは手触りがよく、いい
  匂いもする。ひょっとして柔軟剤だろうか
カオル「・・・あと、こいつもやる」

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