エピソード12(脚本)
〇古い図書室
諏訪原亨輔「・・・茶村はもう知っているだろうが、先週いとこの健(たける)が、事故で亡くなったんだ」
スワはゆっくり思い出すように語り始める。
諏訪原亨輔「部活帰りにトラックに轢(ひ)かれて、即死だったらしい」
諏訪原亨輔「事故があったのは木曜の夜で、土曜に葬式があったんだ——」
〇葬儀場
読経が行われているあいだ、あちこちから泣き声が聞こえていた。
親族はもちろんのこと、友人たち、部活の監督や顧問教師、色々な人が健の死を惜しんで涙を流していた。
健の母「たける・・・ううっ・・・」
諏訪原亨輔「・・・・・・」
俺はまだ、健が死んだということを実感できないでいた。
鼻の奥は熱いのに、どうしても涙は出てこない。
雑音のような読経と泣き声を聞きながら、俺は母に促され、いつのまにか始まってたお焼香(しょうこう)の列に並んだ。
諏訪原亨輔(・・・健、本当に・・・)
納棺されている健の表情は穏やかで、写真の中の健も元気に笑っている。
やはり俺はまだ信じられない気持ちで抹香(まっこう)をあげながら、心中で健の名を呼んでいた。
俺が席へ戻ろうとすると、会場の重い扉が大きな泣き声とともに開いた。
少しの注目。現れた人物は、今にも目が溶け落ちてしまうのではないかと思うほどに涙を流していた。
「健、ごめ、ごめんなさい・・・! ・・・ッく・・・」
会場全体に響き渡るような大きな謝罪の声だった。
謝罪を繰り返しながら、その子は数人に支えられてお焼香の列に並び始める。
俺はその子に見覚えがあった。
健とともに剣道をやっていた子だ。
たしか、名前は梓(あずさ)とか言ったか。
諏訪原の母「・・・あの子、健くんがトラックに轢かれたとき現場に居合わせたんですって」
諏訪原の母「それなのに助けられなかったって、責任感じてるんでしょうね・・・」
横にいた母の耳打ちに頷(うなず)いて、俺は彼を見つめた。
彼はお焼香をあげたあとすぐに会場の外へ出て行った。
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す背中はとても弱々しい。
俺は扉の向こうに消えていく彼を横目に、ぼんやりと弔電(ちょうでん)の紹介を聞いていた。
〇広い玄関
そして次の日のお昼頃。
健の母親——叔母さんがうちを尋ねてきた。
なにやら俺に用があるらしい。
叔母さんは落ち窪んだ目をしていて、あまりに痛々しい姿に俺は心が痛んだ。
無理に笑みを浮かべる叔母さんに本当に健が死んだことを思い知らされる。
健の母「私ね、亨輔くんにこれをお願いしたくって」
叔母さんが差し出したのは、健が使っていたスマートフォンだった。
諏訪原亨輔「これ・・・健の・・・」
健の母「そう、健のスマホ、奇跡的に無事だったのよ」
諏訪原亨輔「どうしてこれを?」
健の母「この中に入ってる健の写真が欲しいんだけど、主人も私も機械音痴でデータをパソコンに送れなくって」
健の母「亨輔くんは私たちより機械について詳しそうだし、頼めないかしら?」
諏訪原亨輔「俺は、構いませんけど・・・いいんですか?」
健の母「ええ。亨輔くんなら、頼めるわ」
健の母「健もすごく慕っていて・・・あの子と仲良くしてくれて、ありがとうね・・・」
叔母さんは目尻に涙を浮かべつつ、俺に持たせた健のスマホごと手をしっかりと握った。
パソコンと共有できるようにした際にまた改めて電話をする約束を交わして、叔母さんは帰っていった。
俺は健の動かないスマホを見下ろす。
黒い液晶に映っている自分の姿を見て、叔母さんのことを言えないな、と苦笑した。
〇田舎の一人部屋
夜になって、充電が完了した健のスマホの電源をつける。
部活のメンバーと一緒に撮ったであろうロック画面の写真は、生前の元気な健が笑顔で写っている。
俺がしばらくその画面を眺めいていると、怒涛(どとう)の勢いで通知が鳴った。
驚いて画面に表示されたポップアップの差出人を確認すると、そこには「azusa」と記してあった。
諏訪原亨輔(azusa・・・あずさ?)
俺は首を傾(かし)げたあと、健の葬式で泣き喚いていた少年を思い浮かべた。
「ごめんなさい」と泣きながら叫んでいた姿と、ポップアップに表示されている文面が重なる。
彼から送られてきたメッセージは、いくらスライドしても謝罪の言葉で埋め尽くされていた。
「ごめんなさい」「ごめん」「たける」「俺がおれが全部悪い」「死なないで」「帰ってきて」「ごめんなさい」
俺は詳しく見てみようとメッセージをタップした。
しかしそれは暗証番号に阻(はば)まれた。
俺は健のことを思い出しながら暗証番号がなにか推測する。
諏訪原亨輔(健のことだから、誕生日とか・・・)
俺は入力画面に0429と打ち込んだ。
あっさりと開いたのを見て、俺はすぐにメッセージアプリを確認する。
様々な人とのトーク履歴が残っている画面の一番上。
そこには、未読のメッセージが99+ある「azusa」の名前があった。
タップしてトーク画面を開くと、ポップアップで見たままの文面がそこにはあった。
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