灰色のカルテジア

八木羊

第9話 いばらの道を往く子ら(脚本)

灰色のカルテジア

八木羊

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〇黒背景
  薔薇の茂みから拾い上げた遺灰に、
  目をこらす
  暗闇の中にほの暗い赤色が見え、
  声が聞こえる
活発な少年の声「なあ、イツキ。さっきそこで デッカイ蜘蛛を捕まえたんだ、 ほら・・・」
大人しい少年の声「コウイチ・・・? なんで部屋に・・・」
活発な少年の声「ごめん、約束の時間になっても お前が来ないから・・・」
活発な少年の声「それより、その背中・・・ まさか、親父さんに?」
大人しい少年の声「・・・見るな!」
活発な少年の声「その日、幼馴染の家で偶然見たのは・・・ 白い背中と、そこに刻まれた 血のにじむ無数の傷跡」
活発な少年の声「ぞくりと、掌のなかに閉じ込めた 蜘蛛が蠢いた。 駄目だ、この感情は蓋をしないと・・・」

〇学校の校舎
女子の声「あれが華道界のプリンス?」
女子の声「なんかオーラが違うよね」
男子の声「学年が上がるほどに、 アイツの周りに人々は集まる。 さながら、大輪の花に群がる虫たち」
女子の声「この薔薇、式典用に萱沼君の家が 用意してくれたんだよね。 きれい・・・あっ」
男子の声「馬鹿な虫は薔薇に棘があることも知らず、 迂闊に触れる。そして気づく」
男子の声「大丈夫か? 血が出てるぞ」
男子の声「虫にも、あの日のイツキと 同じ赤が流れている、と」
男子の声「掌から、いつかの蜘蛛が 這い出すのを感じる。 もっと赤を、もっと傷を、もっと・・・」

〇植物園の中
キリエ「・・・まさか、苅野くん?」
イツキ「・・・コウイチがどうかしたのか?」
  萱沼が私の手から遺灰をつまみ上げる
イツキ「これは・・・」
イツキ「・・・・・・」
イツキ「・・・馬鹿な奴だ」
  ゴーン・・・
  イツキの言葉をかき消すように、
  どこからか鐘の音が聞こえた
U「ちょうど頃合いだ。元の世界に戻るぞ」
イツキ「頃合い?」
キリエ「鐘が鳴るとカルテジアに出たり入ったり 出来るみたいだけど、何なのこれ?」
U「カルテジアが現れるのは、 夕方の18時から19時の間」
U「あの鐘は、その始まりと終わりを告げる 時報みたいなものさ」
U「とはいえ、毎回鳴るわけじゃない。 アッシュマンや君たちみたいな 役者が揃ったときだけだ」
イツキ「この音、前にどこかで・・・」
キリエ「ちょっと待って! 18時から19時って、 きっかり1時間で消えるなら、 遺灰なんて集めなくてよくない?」
U「そうはいかない。一度カルテジアに 巻き込まれた人間は遠からず、 またカルテジアに迷い込む」
U「そうして徐々に灰に侵食されて アッシュマンになるか、 他のアッシュマンに襲われる」
U「どのみち放置はできないさ」
イツキ「アッシュマンか・・・」
U「そうそう、遺灰をもらえるか?」
イツキ「これのこと?」
  Uは受け取った欠片を前と同じように
  左目にねじ込んだ
  温室の外の穴は、
  また少し埋まったのだろう
キリエ「温室を出れば、 またカルテジアからも出られるの?」
キリエ「だったら園田さんも 連れて帰らないと・・・」
U「お前らが外に出れば、 自然とここのカルテジアはなくなる」
U「何もしなくても、あの女子生徒は そのうち誰かが見つけるはずだ」
キリエ「無責任すぎじゃない?」
U「馬鹿言え。そのうち、ここからは アッシュマンだったやつの死体も見つかる」
U「現場で気絶してた人間を助けたら、 まず事情を聴かれるだろうな」
U「特に、キリエ、お前は2回目だ。 さすがに疑われるぞ」
キリエ「・・・わかった」

〇植物園のドーム
イツキ「本当に、もとの普通の世界だ・・・」
キリエ「萱沼、その腕・・・」
イツキ「ああ、シャツ破けちゃったな・・・まあ、 親には木に引っ掛けたとでも言っとくよ」
キリエ「そうじゃなくて、その傷・・・」
  白い腕に、暗がりでもわかる程度に
  縦に長い傷痕が見えた
  私の腕にも今、蜘蛛の糸の傷がある
  はずだが、暗がりではさほど目立たない。
  傷の深さが違うのだろう
イツキ「僕が長袖しか着ない理由さ。 これはベルトでやられたんだっけ・・・ 背中にもあるよ」
キリエ「ぜんぶ父親が?」
イツキ「・・・あの人は僕を作品扱いした挙句、 僕に失敗作の烙印を押したまま勝手に 消えた。まったく醜いものさ」
キリエ「それを否定したのが、あの幻肢でしょう?」
イツキ「え?」
キリエ「説明した通り、幻肢は私たちが 失くした物に抱く渇望そのもの。 萱沼もその傷に何かを願ったはず」
イツキ「・・・僕が望むのはいつだって 完璧な美だよ。そこに傷は許されない」
イツキ「だから僕が望むのは、 この傷を塞ぎ、そして、 僕を傷つけるものを遠ざける鋭い茨だ」
キリエ「傷を塞ぎ、傷を防ぐ茨か・・・ 私の目にも、あの薔薇は美しかった」
イツキ「・・・ハハ。まさか灰瀬に 慰められる日がくるとは」
キリエ「私のこと鬼だとでも思ってるの? 私だって褒めるときは褒めるし。 あんただってそうでしょ?」
キリエ「昔、私がトゥシューズで爪先立ちした だけで、『まるでダイヤの脚みたいだ』 なんて驚いてくれたし」
イツキ「ダイヤの脚?」
キリエ「あの表現、けっこう気に入っててさ。 だから、幻肢もあんななのかも」
イツキ「・・・僕らしくもないことを言ったな」
  ピーポー、ピーポー・・・
U「救急車か? もう園田たちが 見つかったのかもな。話はまた今度だ。 今はここから離れるぞ」
キリエ「明日、また屋上で」
イツキ「ああ」

〇学校の屋上
イツキ「ここ、閉鎖されてなかったっけ?」
キリエ「禁止されてるだけで、カギはかかって なかったみたい。私も最近知った」
キリエ「そんなことより、昨日、 学校から緊急連絡が来たでしょ?」
イツキ「1年C組の苅野コウイチ君が学校外で、 不慮の事故により亡くなりました、だろ?」
キリエ「前の時と同じなら、とてもただの事故には 見えない状況だと思うんだけど」
イツキ「前の時?」
キリエ「アッシュマンになった医者は、 目に灰が詰まって死んでいた」
キリエ「あの蜘蛛も目から灰を 垂れ流していたから、多分同じ・・・」
イツキ「そう・・・」
キリエ「・・・幼馴染でしょ? 昨日からずっと冷静すぎない?」
イツキ「コウイチとは家の繋がりで 長い付き合いだけど、それだけだ」
イツキ「どんなに長く、近くにいたって、 僕はあいつのことを何も知らない。 あいつも、僕のことは何も知らないさ」
キリエ「・・・・・・」
  『苅野くんは萱沼のこと心配してた』、
  『渇望は人の本質だけど、
  その人のすべてじゃない』
  喉元まで出かかる言葉。
  けど、萱沼だってわかってるはず
  痛みの誤魔化し方は人それぞれ。
  口を出すことじゃない
イツキ「それに、あのまま放置してたら、 園田さんや他の女子たちに もっと危害が及んでいたんでしょ」
イツキ「なら、ああするしかないさ」

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