読切(脚本)
〇高い屋上
事実は小説よりも奇なりとはよく言うが、
ここまで狂ってるのもそうなかなか無いだろう。
青春のど真ん中の学生たる俺は、いつも昼休みは屋上で寝転がっている。
親友の磯山も大抵一緒で、
今日は激戦を勝ち抜いて得た焼きそばパンを頬張っていた。
午後の授業のかったるさを青空に嘆いていると、ふと磯山が困った顔で俺を見てきた。
どした?イケメンで文武両道の親友に悩み事か?
俺は身体を起こして磯山を見返した。
磯山は小さく口を開く
磯山「その、頼みたいことがあるんだ。 親友のお前にしか頼めなくて」
村田「なんだよ改まって?」
ぐ、と磯山が歯を噛み締めたような顔でこちらを見る。
自然と俺も緊張が走った。
磯山「その、」
磯山「俺と恋人の真似事をして欲しいんだ」
・・・
村田「・・・へ?」
磯山「その、だから──」
村田「ああいや、聞こえてはいたんだけど。 こいびとの、真似事?」
磯山「ああ」
村田「えっと。 その、俺とお前が付き合うとかじゃなくて?」
磯山「違う違う。 交際じゃなくて、真似事に付き合って欲しいんだ」
俺は何もかも理解できずにいた。
親友だしそんなの考えたことすら無かったけど、1億兆歩譲って磯山が俺のこと好きで告白したとかならまだわかる。
でもあくまで真似事をしたいらしい。
意味わからん。
あっ、あれか?ストーカー対策とか?
顔に全部出ていたのか、磯山はごほんと咳払いをした。
磯山「うちの婆ちゃん知ってるだろ?」
村田「あ?ああ。 93歳でロッククライミングするくらい元気な婆ちゃんだったよな」
磯山「そうそう」
磯山「あー、あのな? これから言うことを信じて欲しいんだけど。 いやその、信じられないとは思うんだけど」
村田「お、おう?」
〇高い屋上
磯山「うちの婆ちゃん、女王蜂なんだ」
・・・
村田「・・・へ?」
磯山「虫の蜂とは違って、人間に擬態する用に進化した種らしい。で、うちの婆ちゃんがその女王蜂で、」
村田「???」
磯山「胸キュン?がないと衰弱して死ぬらしくて」
村田「???」
磯山「でも婆ちゃんが死ぬときに次の女王蜂が決まってないと、次の女王蜂が決まるまで──」
磯山「世界中にいる、同じ種類の蜂が、 その、うんこを吐いてのたうち回り続けるらしい」
村田「???」
磯山「人数が多いから地獄絵図になりかねないって」
村田「・・・」
磯山「・・・村田?」
・・・
・・・
村田「いやもうツッコミが追いつかんけど?!」
磯山「わ、悪い。 そうだよな、理解できなくて当然だとは思うんだけど・・・」
なんだよキュンしないと死んで、次の女王が決まるまでうんこ吐きながらのたうち回る人間って!どんな設定だよ?!
黒服「事実は小説よりも奇なり、と言いますしね」
磯山では無い声が割り込んでくる。
後ろを振り向けば、胡散臭い黒服が立っていた。
磯山「黒服さん」
黒服「お孫様。 お話し合いは纏まっていないようですが?」
磯山「急にこんな話をして、すぐ受け入れろって方が無茶です。 村田だって混乱してるしもう少し時間を──」
黒服「お孫様。 時間がないと言ったはずですよ?」
黒服「良いのですか? 結婚を間近に控えた女優がカメラの前でうんこを吐き出してのたうち回っても?」
磯山「それは・・・。 でもだからって!」
なんだか深刻そうな顔で磯山と黒服が言い争っているが、俺は全く事態を理解できていない。
っていうかそいつ黒服が名前なのか。
それでいいのか黒服。
磯山を放って黒服は俺の方を向いた。
黒服「お初にお目にかかります、村田様。 お孫様の説明はご理解頂けたでしょうか?」
村田「へ? あ、いや・・・」
黒服「おや。では簡潔に纏めましょうか。 要は我らの女王様を救うため、あなたにはお孫様とボーイズでラブして頂きたいのですよ」
村田「ファッ?!」
大声を出す俺を気にもとめず、黒服はゴソゴソと懐からスマホを取り出した。
そのスマホには『現在の八重ちゃんのキュン度』と表示されている。
画面の真ん中には弱々しく1が佇んでいる。
黒服「これは女王様の現在のキュン度です。 このままでは女王様は衰弱してお亡くなりになってしまいます」
村田「え、えええ?」
黒服「お孫様?」
磯山「分かりました。 ・・・村田、ホントにごめん」
村田「え、」
〇高い屋上
気づけば俺は、磯山に抱きしめられていた。いつもよりずっと近くから磯山の声が聞こえてくる。
磯山「俺、子供の頃に両親に捨てられたんだ。 婆ちゃんが拾ってくれなかったら、今頃生きてなかったと思う」
磯山「だから婆ちゃんを助けるために俺に出来ることがあるなら何だってやってやりたい。 村田、巻き込んでホントにごめん」
村田「・・・そっか、ごめん。 俺もお前のそういうの全然知らなかった」
村田「まだよく分かんないけど、磯山の助けになれるなら協力するし」
磯山「ありがとう」
その時だった。
ピピピピピ!
スマホから喧しい警報音が鳴り響いた。
黒服「むっ!いけませんお孫様! 突然のハグに女王様のキュン度が上がり過ぎています!」
黒服「このままでは胸ではなく内臓がキュンキュンしてお亡くなりになってしまう!」
磯山「そんな、どうしたら!」
黒服「とにかく一度離れてください! 上がり過ぎたキュン度を下げてから対策を練りましょう」
磯山は慌てて身体を離して、黒服のスマホを覗き込む。
八重ちゃんのキュン度は65まで急上昇し、ゆっくりと10前後まで下がっていった。
黒服がどこかへ電話をかける。
黒服「八重様、私です。お身体の方は・・・、 それは良うございました」
黒服「──かしこまりました。ではそのように」
黒服は電話を切って、こちらに戻ってくる。
磯山「婆ちゃんは・・・?」
黒服「ご安心ください。 女王様は無事にキュンしておられました。 しかし突然の過供給に驚いたご様子でした」
磯山「良かった。 でも、どうすれば?」
黒服「そこで女王様からご提案が。 お二人とも、しばらく手を繋いでの登下校はどうかと仰られていました」
村田「まてまてまてまて!」
八重ちゃんの期待の表れか、キュン度が20くらいまで上がった。
しかし流石に聞き逃せないので俺も割って入る。
村田「人前でそれは流石に・・・」
磯山「村田の言う通りです。 周りから噂されたりするのはちょっと」
黒服「ふむ。 ではどうなさるおつもりで?」
黒服の声が少し低くなった。
村田「・・・2人きりの時にこっそりやるとか?」
ピピピピピ!
また黒服のスマホから喧しい警報音が鳴り響く。
八重ちゃんのキュン度は鰻登りのようだ。
黒服「村田様! 不用意な発言はお控えいただきたい!」
村田「えええええ」
黒服は再びどこかへ電話を掛け、通話を終えて戻ってきた。
黒服「女王様は、村田様の案で良いとのことです」
村田「お、おう。まぁ二人きりなら──」
ピピピピピ!
黒服「村田様! お黙りください!」
村田「なんなんだよ?!」
結局八重ちゃんのキュンポイントが掴めないまま、俺は磯山とこっそりスキンシップをすることになった。
八重ちゃんは千里眼出来るらしく、基本的にはどこでおっ始めてもよろしいとの事。
またサポートとして黒服が付き纏ってくれるらしいから、何かあれば頼るといい、とも。
村田「そういえば、 黒服のあんたじゃダメなのか?」
黒服「私は女王様の好みの顔では無いと言われてしまいまして」
黒服「それに、女王様の趣味は理解はしますが私がそこへ入り込むのはノーサンキューなもので」
村田「ずりぃ」
磯山「ご、ごめんな・・・」
村田「あ、別にそういうんじゃ、」
村田「俺も黒服より磯山の方がいいし」
ピピピピピ!
黒服「村田様!お黙り!」
村田「うるせー!」
こうして俺のとんでもない事実は始まるのだった。
おばあちゃんだけでなく、私までキュンキュンしてしまいました!笑
ちょっとツボが似てるらしく、おばあちゃんのキュン度が上がるようなのが私も好みです!
どんな高齢になっても、どんな生き物であっても、女性はキュンキュンしていないと枯れてしまいますよね。ばあちゃんを助けるためにやってることで、そのうち2人が本気になったりしないかなぁなんて想像しながら読ませて頂きました。
高齢になっても常にキュン度を保持するおばあちゃまが若々しいというのが理にかなっていますね!そんな彼女を全力で支えたい磯山君も、友達思いで振り回され始めた村田くんも、私的にキュンです!