灰色のカルテジア

八木羊

第7話 蜘蛛と薔薇(脚本)

灰色のカルテジア

八木羊

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〇植物園のドーム
  眼前に広がる白黒の温室と植物園。
  私はまた再びこの世界にやってきたのだ
キリエ「カルテジア・・・やっぱり、 夢じゃなかったんだ」
キリエ「黒い、太陽・・・」
  温室のドーム状の屋根越しに
  空に浮かぶ真っ黒の円を見て、呟く
  はじめてカルテジアに来た時も、
  あの太陽を見たのだ
U「太陽? ああ、あれが カルテジアと現実の間に空いた穴だよ」
キリエ「穴って・・・あんな大きなものを、 あのちっぽけな欠片で埋めるって言うの?」
U「いや、あれは見たままの大きさだ」
キリエ「見たままって言われても・・・」
U「2センチそこら、ピンポン玉程度。 遠くにあるように見えるけど、あれは 概念みたいなもの。遠近法とは無縁さ」
  言われてみれば、黒い円の下の部分が、
  欠片の分、少し埋まっているかもしれない
U「穴のことは今置いといて、温室に行くぞ」
キリエ「うん・・・え?」
  足元からカツンと硬い音。
  見れば、制服のスカートの下から、
  いつかのマネキンの脚がのぞいていた
キリエ「どういうこと? 私、幻肢に目覚めたんじゃないの?」
U「君は、あの完璧な脚を 常に渇望し続けられるとでも?」
U「幻肢に至るほどの渇望は、 殆ど瞬発力みたいなものだ」
U「大丈夫、必要な時にはちゃんと 出るモンだから。嘘じゃない」
U「僕としても、君の幻肢で アッシュマンを倒してもらわない困るし」
キリエ「すべては遺灰を手に入れるため、ね・・・ Uの事情はともかく、 私はまだ取引するって決めたわけじゃない」
キリエ「仮に萱沼がアッシュマンだったとしても、殺さずに止められるなら私は・・・」
U「君も強情だな・・・まあいい。 まずは、アッシュマンの正体を確かめよう」

〇植物園の中
  白く細い鉄骨が張り巡らされた温室は、
  さながら巨大な鳥かごのようだった
キリエ「なんで手も足もあるのに、 まだリュックに入ってんのよ」
U「このサイズじゃ歩幅がキツイ。 それに僕は無力なんだ。 君から離れるわけにはいかないだろう」
  灌木で整えられた迷路のような道を
  しばらく行くと、急に開けた場所に出た。
  どうやらここが温室の最奥だ
  眼前には、ドーナツ状の人工池が広がる。まだ造園作業中なのだろう、淵にはシャベルや、剪定鋏、盛り土などが置かれている
キリエ「あれは・・・ウェディングドレス?」
  池の中心にそびえるオブジェ。細い金属で編まれた等身大の人型の什器に、ドレスのように、薔薇が無数に活けられている
U「菊人形ならぬ薔薇人形だな」
  薔薇のドレスは、ワイヤーで池にまで
  裾を広げ、下に行くほど色が濃くなるよう
  見事にグラデーションがついている
キリエ「薔薇は赤色? 池の水が黒く見えるのは、 ただの反射だと思うけど・・・」
  白黒の世界の色彩を、
  脳が補完しようとする。
  その色は、深紅
  血の池に染まる
  純白のドレスのイメージがよぎった
U「おい、人だ! 人が倒れてるぞ!」
  Uがリュックから身を乗り出して、
  池の端を指さす
  薔薇のドレスの裾に隠れているが、
  たしかに何かが浮いている
園田「・・・・・・」
キリエ「園田さん!? 園田さん、しっかり!」

〇植物園の中
キリエ「はぁ、はぁ・・・ 少しはあんたも手伝えっての」
U「だからこの身体じゃ、力仕事は無理だって」
  ずぶ濡れの体を引き上げて
  ベンチに寝かすのはひと苦労だった
  申し訳ないと思いつつ、
  持っていた松葉杖で小突いて、
  園田さんの体を岸辺まで寄せた
キリエ「・・・息は、ちゃんとある。 気を失ってるみたいだけど」
U「こいつの顔、見てみろよ。 頬や鼻に傷があるぜ」
キリエ「ほんとだ。深くないけど、 細くて、紙で切ったみたい」
U「頬だけじゃない。膝や掌にもだ。 刃物で切られたにしては、位置も変だ」
  園田さんの手を持ち上げてみる。
  冷たくてぶにぶにした掌には、
  確かに細長い傷がいくつもついている
  手首のふやけた絆創膏を外すと、
  やはり同じような傷跡が見える
キリエ「なにこれ・・・糸?」
  ふと、彼女の指先にきらりと白髪の
  ようなものが絡んでいるのに気づく。
  植物の繊維か何かだろうか?
キリエ「彼女、目を覚まさないけど、どうしよう。私じゃ、これ以上運べないし」
U「下手に動かすより、 このまま安静にさせたほうがいい。 ここあったかいし、服もそのうち乾く」
キリエ「・・・わかった」

〇植物園の中
キリエ「それしにしても、萱沼はどこ? もしかして、今回の事件、 あいつは無関係?」
  萱沼の作った薔薇の花嫁のオブジェを
  眺めながら呟く
  花嫁の頭上には、これまた無数の薔薇が
  逆さ吊りで咲き乱れている
  この空間自体が、イツキがイベント用に
  作り出したインスタレーションなのだろう
キリエ「ヘリオガバルスの薔薇・・・だっけ」
  世界史の先生が言っていた、
  山ほどの薔薇を降らせ人を窒息死させた
  という皇帝の逸話を思い出す
  美しい薔薇もここまで大量だと、
  どこか妄執めいて見えた
キリエ「・・・ん? 今、何か飛んだ?」
  逆さ吊りの薔薇を見上げていると、天井の鉄骨の間を何かが移動したように見えた
  ドスン!
キリエ「なにっ!?」
  振動とともに背後で凄まじい
  落下音がした。思わず振り返る
巨大蜘蛛「・・・・・・」
U「・・・きもっ」
  声すら出ない私の代わりにUが言った
  幾つもの脚と幾つもの眼。
  脚だけでも私の背丈ほどの
  巨大な蜘蛛を前に、思わず総毛立つ
キリエ「まさか、こいつ、アッシュマン・・・?」
U「そうだ。あの目を見ろ。灰が溢れてる。 手遅れだ。やらなきゃ、やられるぞ!」
巨大蜘蛛「・・・・・・!」
  蜘蛛が口を開くと、口の前にある
  鎌状の顎もガバっと開いた
キリエ「マズい! 逃げないと!」
  とっさに近場の茂みに逃げ込む。相手の
  図体が大きい分、なるべく障害物のある
  場所を探して、木々の間を突っ切って走る
キリエ「脚が・・・このままじゃ! お願い出て!」
  必死になって、ダイヤの脚を強く願う。が・・・
キリエ「ちょっと幻肢出ないじゃん! どうすんの!?」
U「渇望が最も強くなるのは、失くす瞬間だ」
キリエ「だから何!?」
U「自分で脚を壊せ!」
巨大蜘蛛「・・・・・・!」
  突然、目の前に蜘蛛が降ってきた。
  今ので、わかった
  この蜘蛛はあたりの鉄骨やら木やらに
  糸を引っ掛け飛んでくる
キリエ「脚を壊せって、 こんな状況でどうやって・・・」
キリエ「・・・いや、あのシャベルなら!」
  来た道を急ぎUターンする。
  目指すは・・・

〇植物園の中
キリエ「あった!」
  人工池の淵の盛り土に立てかけられた
  シャベル。
  その柄に手をかけようとしたその時だ
U「待て! 触るな!」
キリエ「え?」
U「見えないのか、その糸が」
  シャベルと自分の間に、よく見ると
  キラキラと光る糸がいくつも張られている
  そして糸に触れていた私の指先から、
  ぽたぽたと血が零れている。痛みはない。
  しかし、私の指は確かに切れていた

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