峰山郁子

読切(脚本)

峰山郁子

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幻
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〇田舎駅の改札

〇田舎駅の改札
  久しぶりに
  この駅に来た。
  この3年、ずっと避けていた。
  思い出したくなかったし
  もう、悲しくなりたくなかった。
  なのに、何でだろう。
  気付いたら降りていた。
  あの頃と変わらない景色。
  改札正面に置いてある旅のパンフレットも
  駅前のバス停やタクシー乗り場も。
  当時のままだ。
  ただ違うのは
  もう彼は来ない。
  毎週一度、
  ここで待ち合わせた。
  いつも私の方が10分くらい早く着いて、
  改札の向こうから来る彼を見つけて
  微笑んだ。
  駅で待ち合わせる日常は
  同じ家に帰る未来に向かっていると
  ずっと思っていた。
  でも、それは違っていた。
  彼は3年前の6月、
  地元の同級生を伴侶に選んだ。
  「沙耶香の愛情って俺には重いんだ。」
  「見えない重圧っていうかさ、、。
  俺は、もっと楽に笑い合いたいんだよね。
  でも、沙耶香とは無理なんだ。」
沙耶香(何が無理なんだろう?)
  彼が笑顔になることを
  私なりにやっていたと思っていた。
  彼と暮らしたら
  二人で沢山笑おうって
  決めていたのに。
  そんなことを
  くり返し考えながら
  なんとなく
  当時の自分に戻ってみた。
  旅のパンフレットの前で
  あの頃のように彼を待ってみる。
  改札の向こうから歩いてくる人達を
  ぼうっと眺めてみる。
  こんなことしても
  悲しくなるだけだと知っている。
  だけど
  当時の自分に戻ってみれば
  何かが吹っ切れるかもしれない。
  あの日から止まっていた私の時間が
  少しだけ動くかもしれない。
  、、すると私の視界に
  懐かしい姿が入ってきた。

〇改札口前

〇田舎駅の改札
沙耶香(春樹?)
(遅れてゴメン! 仕事中々終わんなくてさ。 まぁ、いつもなんだけど)
沙耶香(嘘、なんで?)
沙耶香(嘘って言われてもなぁー。 ごめん、遅れたの謝るよ)
沙耶香(本当に春樹なの?)
(沙耶香、きょう何か変じゃない? 、ってさ、お前夏服ーー!! まだ12月だぞ──)
沙耶香(え? 6月だよね、、?)
(おい! 本当に大丈夫か? 頭打った? これから一緒に病院行くか?)
沙耶香(よくわかんないけど 頭は打ってないと思う)
(ならいいけどさ、 沙耶香、おっちょこちょいだからなー)
  目の前にいる人は
  間違いなく春樹だ。
  私を真っ直ぐに見つめる目も
  私にだけ向けられた笑顔も
  当時のままだ。
(きょうは 早く家に帰って休んだほうがいいぞ)
(また来週会えるんだしさ!)
  その時、ふと
  旅のパンフレットの見出しが目に飛び込んだ。
  〜来週会えない景色と
  さぁ!今すぐ会いに行こう〜
  そうか、
  もう会えないんだ。
沙耶香(春樹! 来週会えるよね?)
(当たり前だろ! やっぱり、きょうの沙耶香は変だぞ。 帰ったら、風呂入ってすぐ寝ろー!)
沙耶香(そうだね。 私、変だね)
沙耶香(ねぇ、春樹。 お願いがあるんだ)
春樹(なんだなんだー?)
沙耶香(ギュッて、ハグしてくれないかな?)
春樹(お安い御用だよー 沙耶香お嬢様!)
沙耶香(ありがとう。春樹。 元気でいてね)
春樹(もちろん! また来週、ここで会おう。 沙耶香も体、気をつけろよー)
沙耶香(うん。 またね、、)
  来週、
  春樹は、もういない。
  きょうは
  幻の中に来たのだ。
  でも、
  また春樹に会えた。
  優しい目だった。
  ずっと幻の中に居たかったけど
  もう会えない今の世界と
  向き合ってみようと思う。
  ずっと言えなかったけど
  春樹、今までありがとう。
  春樹がいてくれて楽しかったよ。
  幸せになってね。
  私も前を向いていくね。
沙耶香(さようなら、春樹)

コメント

  • 沙耶香さんの名残惜しいけども、それでも前を向いて生きていこうとする姿を見て、とても切ない気持ちになりました。これから先の沙耶香さんの人生に思いを馳せたくなるような作品でした!
    素敵な物語ありがとうございます!

  • 切なくてつらくて、過去を振り返ってしまうことはよくあると思います。
    でも、彼女は前を向いて歩いて行くことを決めたんですよね。
    きっといい未来があると信じています。

  • 過去の自分を振り返り、どうしてこうなってしまったんだろうと考えてもあまり良い気持ちにはなれませんよね。
    糧にして次のステップに進むことが大事なことで、過去に囚われてると足踏みが止まってしまいますよね。
    そんな経験が、私にもあります。

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