人ならざる者、神のうち

坂井とーが

4 黒い影(脚本)

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坂井とーが

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〇病室(椅子無し)
  就職する場所を間違えたと、ときどき思う。
坂井とーが(普通の会社の事務職ができればよかったのに)
  ある日、憂鬱そうな患者さんの部屋で、黒い影を見た。
坂井とーが(お迎えなのかな・・・)
  黒い影。それも、幼い頃から見る、不思議なもののひとつ。
  死期が近づいた人のそばには、ときどきこの黒い影が現れる。
坂井とーが(山田さんの病状は、そこまで悪そうじゃないけど──)
  それでも、あの人はもうすぐ死んでしまうのだろう。
  はっきりと見えているだけで、私にはどうすることもできない。
  あの影を追い払おうとすれば、もっと酷いことになるのだから・・・

〇おしゃれなリビングダイニング
  あれは、私たち家族が都会に引っ越して、1年くらいたったころだった。
  私は母にあの影が付いているのを目撃した。
母「どうしたの、冬芽?」
坂井とーが「黒い人がいる。お母さんにずっと付きまとってるよ」
母「やだ、また怖いこと言って・・・ 大人をからかっちゃいけません」
坂井とーが「――私が嘘ついてるように見える?」
母「・・・・・・」

〇おしゃれなリビングダイニング
  それからしばらくして、母が末期の癌に侵されていることが発覚した。
父「諦めずに、治療してくれる病院を探そう」
母「無理よ。私はもう助からないんだわ・・・」
父「希望を捨てちゃダメだ。冬芽はまだ小さい。あの子を残して行くつもりか!?」
母「でも、お医者さんは手術をしても助かる可能性はないって」
父「それでも、抗がん剤とか、放射線とか・・・」
母「もう遅いのよ。私はあと1ヶ月で死ぬ。その現実を受け入れましょう」
坂井とーが(お母さん、死んじゃうの・・・?)
  私はドアのかすかな隙間から、両親の話し合いに聞き耳を立てていた。
  その部屋の中には、母にべったりと張り付く、あの黒い影の姿があった。

〇病室
母「冬芽、お母さんはもうすぐお星さまになってしまうのよ」
坂井とーが「やだ」
母「そんなこと言ったって、どうしようもないの。冬芽はかしこい子だから、わかるでしょう?」
坂井とーが「わかりたく、ない」
坂井とーが「お母さん、死なないで」
坂井とーが(・・・そうだ!)
坂井とーが(あの黒い影が来たせいで、お母さんは病気になったんだ)
坂井とーが(あれさえ追い払えれば、お母さんはきっと助かる!)
坂井とーが「えいっ」
坂井とーが「あっちいけ! お母さんから離れろ、この化け物!」
影「・・・・・・」
坂井とーが「あっ。いなくなった」
坂井とーが「これでお母さんが元気になるかもしれない!」
影「・・・」
坂井とーが「って、また!? あ・・・」
おじいさん「苦しい・・・ ナースコールを・・・」
坂井とーが(大変だ! 私が影を追い払ったせいで、あの人が死んじゃう!)
坂井とーが「ダメ! あっちへ行って! 誰にも近づいちゃダメなの!」
影「・・・」

〇葬儀場
坂井とーが「あれ?」
坂井とーが「なんだかめまいがする・・・ ここはどこ・・・?」
坂井とーが「お母さん?」

〇病室
父「大変だ! 先生が、先生が・・・!」
母「どうしたの?」
医者「このたびは誠に申し訳ありませんでした」
医者「実はあなたのカルテと、昨年死亡した方のカルテを取り違えておりまして」
医者「あなたは癌ではありませんでした。 健康そのものです」
母「えええええ!!?」
父「まったく、なんて医者だ! 取り違えで患者に死を覚悟させるなんて!」
母「でも、よかった。私、まだ生きられるのね」
母「まるであのときみたい。冬芽が山で死んだと思ったときみたいに、絶望したけれど」
父「・・・」
母「冬芽には正直に話したせいで、余計な心配をさせてしまったわね」
母「早くこのことを教えて、安心させてあげたいわ」
母「冬芽! どこに行っちゃったの?」

〇けもの道
坂井とーが「ここはどこ? 私、どこに向かっているの・・・?」
坂井とーが「帰らなくちゃ・・・」
影「・・・!」
坂井とーが「・・・やめて! 引きずらないで!」
坂井とーが「放して! 行きたくないよぉぉぉ!」

〇病室(椅子無し)
  あのときどうやって家に帰ることができたのか、私はまったく覚えていない。
  山で迷子になったときと同じように──
坂井とーが「おはようございます! 今日は肺機能の検査ですよ!」
  黒い影は依然として彼女に付きまとっている。だが、私は努めて明るく挨拶をした。
  影に直接手出しをして追い払うわけにはいかない。
  でも、その人が気持ちを強く持てば、きっと影も諦めてくれるだろう。
坂井とーが「お日様があたたかくて気持ちいいですね! そうだ! 今度、病室に花を持ってきますよ!」
山田「・・・そうね。ありがとう」
  話していると、しだいに彼女の顔に笑みが戻ってきた。
坂井とーが(そうだ、これでいい)
  いつのまにか、影は病室から消えていた。

〇川に架かる橋
坂井とーが(あの人も元気になってくれるといいな)
坂井とーが(私のお母さんみたいに)
「危ない!」
坂井とーが「え?」

〇葬儀場
坂井とーが(あれ? 私はどうして・・・)
坂井とーが(ここはどこ?)
影「・・・・・・」
  気が付くと、それが隣にいた。
  目も口もない黒い顔が、じっと私を見つめているような気がした。

次のエピソード:5 暗がりの駅

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