第5話 ナルキッソスの少年(脚本)
〇住宅街の道
退院後初の登校
松葉杖での移動を考慮して、
いつもより三十分早い朝の通学路は、
人影もまばらだった
キリエ「杖って、やっぱしんど・・・ お母さんの言う通り、 素直にタクシー頼めばよかったかな」
U「まったくだ。満員電車でリュックの中、 もみくちゃにされる僕の身にもなってよ」
お腹に抱えたリュックの中から声がする
ジッパーを開けば、教科書やペンケースと一緒にオレンジ大の人形の生首が
突っ込まれている
キリエ「・・・静かにしてって言ったでしょ」
U「誰もいないだろ。それより不便なら 僕を手伝って、さっさとその脚、治そうぜ」
キリエ「それは・・・」
『遺灰集めを手伝えば、
完璧な脚を与える』というUの誘いに、
私が絞り出した答えは・・・
U「何が『考えさせて』だ。 いい加減、腹括れって。 何をそんなに怯えてる?」
U「怪物と戦うことか? いや、怪物を殺すことか?」
そう。Uの首とともに退院してから数日、
私は自分の脚と、怪物と戦うリスクやら
罪悪感やらを天秤にかけて揺れていた
〇女の子の部屋
キリエ「昨日、眞秀大学附属病院の勤務医(32)が 病院のロビーで亡くなっているのが 見つかった」
キリエ「死因は不明だが、事件性は薄く、 病院側からの発表などは特にない・・・ これだけ?」
眞秀、医師、死、砂、思いつく限りの
言葉をスマホで検索にかけるが、
この記事以上のものは出てこない
キリエ「通り魔、着ぐるみ・・・例の通り魔事件についても過去の記事ばっか。 もう『なかった』ことみたいになってる」
U「事実、もうないだろ。 なんせ犯人は死んだんだからな」
キリエ「やっぱり、通り魔の正体は、 丸山先生・・・」
U「資質のあるやつがカルテジアに 迷い込んだ挙句、アッシュマンになって、 人を襲った・・・最悪のパターンだ」
キリエ「私を診てくれた時、 先生はすでに化け物だったの?」
U「半分正解で、半分ハズレ。アッシュマンになった人間にその自覚はない」
U「あの医者も、自分があんな怪物になって 人を襲ってるとは夢にも 思ってなかったろうよ」
キリエ「・・・私が先生を殺した?」
U「まさか。アッシュマンの目を見ただろう? あれは末期症状。生焼けの理想に眩んで、現実を見る目はもう失われている」
U「あの状態じゃ、遠からず完全に カルテジア側の存在になり、現実からは 消失していた。罪悪感なんて抱くなよ」
キリエ「だとしても、とどめを刺したのは・・・」
母の声「キリエー! 入ってもいい」
キリエ「う、うん! ちょっと待って!」
人形の生首を慌てて布団の下に隠す。くぐもった悲鳴が聞こえたのは気のせいだろう
母「明日から学校だけど、調子はどう?」
キリエ「全然問題ないよ。 脚もほら、だいぶ慣れてきたし」
母「それは良かった。でも何か 不安があるなら、いつでも言いなさいね」
キリエ「不安か・・・もし、母にあの変な世界の こと、怪物のこと、そして脚のこと、 全部ぶちまけたらどうなるのだろう?」
キリエ「・・・・・・」
母「キリエ?」
キリエ「何にもないよ。ありがとうね」
母「ま、灰瀬家のモットーも 『金は出しても口は出さない』だからね」
母「でも、いつだって話は聞くから。 それだけは忘れないでね」
パタン・・・
U「・・・なかなか勘の鋭い親だな。 だとして、カルテジアのことを 言わなかったのは賢明な判断だ」
キリエ「肝の据わった人だけど、 むやみに心配させたくはないし」
U「いい心がけだ。今後もあの世界や、 僕のことは誰にも他言無用だ」
U「それで改めて取引のことだけど・・・」
キリエ「今日は疲れたから、また今度」
〇住宅街の道
キリエ「我ながら厄介な宿題を残したな・・・」
???「その脚で、その荷物、大変そうだね」
背中越しの声。リュックの中身が
見えないよう、抱き寄せて振り返る。
そこにいたのは・・・
キリエ「ああ、なんだ萱沼(かやぬま)か・・・ ほら、私ケガで、今日が初登校だから」
同級生の萱沼イツキ。小学校からもう
十年近くの付き合いになるのだが・・・
イツキ「まあ、いつも元気すぎる、体力ゴリラの 君には、それぐらいがちょうどいいかもね」
キリエ「・・・は?」
イツキ「頑張ってね、じゃ」
怪我で杖をつきながら、
重い荷物を背負う女子を抜き去って、
やつは優雅に去っていく
キリエ「そこは手伝うでしょ、普通!!」
U「・・・今の声の主は?」
キリエ「顔面偏差値と性格の反比例した、 ただのナルシスト」
キリエ「夏でも長袖、プールは絶対見学とか、 そこらの女子より面倒なタイプ」
キリエ「どうせ関わることなんてないだろうから、気にしないで。ほら、行くよ」
〇教室
女子生徒「萱沼くん! この間テレビに取り上げられてたよね!」
女子生徒「あ、私も見た! 華道界のプリンスだって。和服姿の萱沼くんもカッコよかった~」
イツキ「あはは、ありがとう」
キリエ「・・・まさか、同じクラスとは」
キリエ「てか、なにあれ・・・」
男子生徒「イツキのやつテレビで特集組まれてさ。 内部生は今更気にしないけど、高校からの受験組には、ミーハーな子もいるっぽい」
私の怪訝な表情を察したのは、萱沼とも
仲の良いサッカー部の苅野コウイチだった
女子生徒「萱沼君の家って代々華道家なんだよね。 やっぱり、親御さんの教育って厳しいの?」
イツキ「・・・たぶん、普通じゃないかな?」
女子生徒「萱沼君のお父さんもやっぱ萱沼君に似て イケメンなの?」
イツキ「・・・・・・」
女子生徒「もう萱沼君、困ってるじゃない。 親の顔なんて聞かれても答えずらいでしょ」
イツキ「ああ、いや、あんまり似てないと思うよ。僕、顔はお母さん似らしいから」
キリエ「賑やかなのは結構だけど、ああいうの、 園田みたいなお局ファンは 黙ってないんじゃない?」
苅野「それなら、ほら」
園田「もう朝礼始まるから、 違うクラスの子は戻って」
園田「萱沼くんの品位を下げることだけは、 しないでよね」
キリエ「古参ファンが新参を仕切ってる、と。 どこぞの歌劇団じゃないし、馬鹿馬鹿しい」
キリエ「苅野くんも、 よくあいつと仲良くしてられるよ」
苅野「向こうは華道の家元で、こっちは 仕出し弁当屋、学校上がる前からの仲だし」
苅野「というか、本来、 イツキは誰とでもうまくやるタチだ」
苅野「それがどういうわけか、灰瀬さん相手だとオブラートに包まなくなるんだよな。 それにお互い呼び捨てだし」
キリエ「それはたぶん、同族嫌悪ってやつ?」
人前で優雅でいるために、見えないところで必死にバタ足をしている人種がいる。
それが私や萱沼だ
私はあいつの笑顔の裏に、
泥臭い物を嗅ぎ取ってしまう。
痛々しくて苛々する
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