3 虫の知らせ(脚本)
〇ナースセンター
医療系の大学を卒業した私は、町はずれの小さな病院に就職した。
師長「あなたが新人の検査技師さんね。 さっそくだけど、302号室の田中さんの採血をお願い」
坂井とーが「わかりました」
師長「田中さん、若い女の子には甘いから大丈夫よ」
坂井とーが「そうですか」
坂井とーが(セクハラされたりしないよな・・・?)
〇病室
田中「おや、新人さんかい?」
坂井とーが「初めまして。坂井冬芽です」
田中「冬芽ちゃんか。 まだハタチくらい? 可愛いねぇ」
坂井とーが「ど、どうも」
田中「冬芽ちゃんみたいな可愛い子を見てると、孫が若かったときのことを思い出すよ」
坂井とーが「そ、そうですか。 採血しますので、腕を出してください」
田中「孫はもうすぐ結婚するんだ。寂しいねぇ・・・。 あ、冬芽ちゃんは彼氏いるの?」
坂井とーが「あの、腕を・・・」
田中「女の子ってのは、知らない間に彼氏を作って、あれよあれよと結婚してしまうんだなぁ」
坂井とーが(こういう人、苦手・・・)
〇女性の部屋
坂井とーが「疲れた・・・。 働くって、大変だな・・・」
坂井とーが「明日も仕事だし、早めに寝よう」
zzz・・・
――冬芽ちゃん
坂井とーが「・・・ん?」
「冬芽ちゃん!」
坂井とーが「ハッ!」
田中「起きて、助けてよ」
坂井とーが「もしかして、田中さんですか!?」
坂井とーが(有り得ない! 夢か、あるいは生霊!?)
田中「そうだよ。 いやぁ、トイレに起きたら、急に倒れちゃってさぁ」
田中「早く何とかしてもらわないと、死んじゃいそうなんだよね」
坂井とーが「そういうときはナースコールを押してください!」
田中「そう思ったんだけど、体がうまく動かないんだよ」
田中「人を呼べるほどの大声も出せそうにない」
坂井とーが(・・・脳の異常?)
坂井とーが「あの・・・。 こうして枕元に立てるなら、当直中の医者を起こしてほしいんですけど」
田中「やってみたけど、誰も目を覚ましてくれなくて・・・」
田中「気づいてくれたのは冬芽ちゃんだけなんだ。 わし、まだ死にたくないよぅ・・・」
坂井とーが(そう言われたら、手を尽くすしかないか)
坂井とーが「わかりました。私の方から病院に連絡します」
田中「本当かい!? ありがとう、冬芽ちゃん! この恩は忘れないよ!」
就職3日目でやらかすのは避けたかったが、こうなってしまっては仕方ない。
トゥルルルル・・・
師長「はい、町野病院看護部です」
坂井とーが「検査科の坂井です! 302号室の田中さんの様子を見てください! 今すぐです!」
「坂井さん? あなた、当直じゃないよね? いったいどういう意味なの?」
坂井とーが「田中さんが発作を起こしてるかもしれないんです!」
「・・・・・・」
「あなた、今どこにいるの?」
坂井とーが「自宅ですが・・・」
「家にいるあなたに、どうしてそんなことがわかるのよ!?」
坂井とーが「うっ」
そう言われると自信がなくなってきた。
さっきのはただの夢だったのではないだろうか?
坂井とーが(「寝ぼけていました」と誤魔化すか?)
坂井とーが(いや──)
坂井とーが(私が異変を知らせないと、あの人は死んでしまうかもしれない。 見捨てることなんて、できない)
坂井とーが「お願いします! 様子を見に行ってもらうだけでいいんです!」
「そう言ってもねぇ」
坂井とーが「これで田中さんが死んでたら、師長が責任を取れるんですか!?」
「・・・そこまでいうなら、わかったわ」
「ただし、そちらの所属長には、明日抗議させてもらいますよ!」
ツーツー
坂井とーが「・・・・・・」
坂井とーが「やってしまったぁぁぁぁぁ!」
坂井とーが「明日仕事行きたくねー!」
坂井とーが「あっ」
坂井とーが「バカ正直に名乗らなくても、「田中の娘ですが・・・」とか言えばよかった」
坂井とーが「私、バカだ。寝起きで全然頭が働かなかった。いつも、終わったあとで気づくんだ・・・」
〇化学研究室
坂井とーが「はぁ・・・」
「坂井さん、いる!?」
坂井とーが「うっ。さっそくか・・・」
坂井とーが「はい、昨晩は大変──」
師長「あなたの言う通りだったわ。 田中さん、脳梗塞を起こして倒れていたの!」
坂井とーが「えっ」
師長「もし気づくのが遅れてたら、重い障害が残るか、最悪命にかかわったかもしれない」
師長「ありがとう、坂井さん。 でも、どうしてあなたにわかったの?」
坂井とーが「えーと・・・」
電話の件をごまかすのに、約1時間かかった。
入職したばかりで霊感のウワサを立てられては、今後の平穏な職業ライフが脅かされるのだ。
〇病室
数日後、田中さんからお呼びがかかった。
坂井とーが(田中さんがあの日のことを覚えてないといいけど)
坂井とーが「失礼しま・・・・・・あっ」
田中「やぁ、冬芽ちゃん。患者が正装なんて、珍しいでしょ」
田中「今、孫が結婚式をしてるんだよ。 本当は行きたかったけど、脳梗塞なんか起こしちゃったら仕方ないね」
画面には、純白のドレスをまとった女性が映っていた。
田中「女の子はいくつになっても可愛いなぁ。 ほら、孫のスピーチが始まるよ」
「この場を借りて、おじいさんに感謝のお手紙を読ませていただきます」
坂井とーが「ご両親への手紙じゃないんですね」
田中「わしの息子とその嫁は、孫が10歳のときに他界してね。それからわしが育ててきたんだ」
田中「ばあさんも早くに行ってしまったから、女の子の育て方なんかわからなくてねぇ」
田中「それでも、何とか孫の気持ちを理解しようと、男手ひとつで必死にやってきたんだよ」
坂井とーが(・・・そうだったんだ。 田中さんのこと、誤解してた)
田中「親代わりとして、結婚式には出てやりたかったなぁ」
花嫁「おじいちゃん」
田中「えっ!?」
花嫁「会いに来たよ。感謝の言葉を、どうしても直接伝えたくて」
田中「綾子・・・? まさか。今、式場にいるはずじゃないのか?」
花嫁「実はそれ、録画なんだ。おじいちゃんをびっくりさせたくて」
田中「驚いた・・・! 綾子、こんなに綺麗になって──」
花嫁「おじいちゃんが育ててくれたおかげだよ。 私、心を閉ざして、反抗してばかりで、決していい子じゃなかったけど、」
花嫁「両親を亡くした悲しみをおじいちゃんが受け止めてくれたおかげで、こんなにまっすぐ育つことができました」
花嫁「ありがとう、大好きなおじいちゃん」
田中「綾子・・・」
田中さんは声を震わせ、涙をぬぐった。
ドレス姿の娘さんが、その背をさする。
まるで本物の親子みたいだ。
そんな2人の姿を見ていると、私もつい目頭が熱くなった。