鳴くネコもネズミに興味ありて(脚本)
〇アパートのダイニング
「だからお前は何でいつもそうなんだよ」
上から低い声が降ってきた。
振り返ると、しかめ面のレンが居た。
あぁこれは始まるな――と思った直後に、レンの言葉が降り注いできた。
レン「帰る前にはきちんと連絡入れろって。夕飯の支度が間に合わなねーだろうが」
「作り置きしておいてくれて良いのに」
レン「馬鹿、お前。メシっつーのは出来立てが一番旨いんだぞ」
レン「仕事疲れのお前を温かーい飯で迎えてやろうという俺様の優しい優しい気遣いが判んねぇのかよ。わっかんねーんだろうなぁ」
「レンのご飯はいつも美味しいよ」
レン「それは俺様の涙ぐましーい努力あってこそだよ、馬鹿」
「残業の時は連絡してるじゃん」
レン「は? 定時なら連絡しなくて良いと思ってんのか?」
レン「お前、馬鹿か。帰り道に何かあったらどうすんだよ!」
レン「連絡のあるなしで危機管理ができるだろうが! 連絡なかったら心配して迎えに行けんだろうが!」
「レンってさ、」
レン「ンだよ」
「お母さんみたい」
レン「・・・こんな口の悪い母親にこんなお世話してもらって、お前は本当に恵まれてるよなぁ」
レン「判ってんのか? 恵まれてんの。つーかこの見た目で母親て。せめて父親にしろよなぁ」
「うち、母子家庭だったから」
レン「センシティブな話題に切り込ませるな!」
「レンから話を振ってきたのに」
レン「とにかく、母親扱いは御免だね」
レン「どんだけお前の家で炊事掃除に勤しんでいようが毎朝寝起きの悪いお前を起こしていようが、母親扱いだけはやめろ。これは命令だ」
「じゃあ・・・」
言っていいものか、と思いつつ口を開く。
「彼氏?」
レン「――は? おま、・・・は?」
レン「馬鹿、本当に馬鹿か」
レン「母親と父親が駄目なら恋仲って・・・お前、本っ当、頭ん中お花畑っつーか、自意識過剰っつーか・・・」
レン「そういうとこ、本当・・・ああもう!」
レン「あのなぁ! 俺様はお前のこ、こ、こ、恋仲になったつもりは一切ないからな!」
レン「ただお前に衰弱してたとこを助けてもらった恩があるから、そんで、礼がしたくて・・・」
レン「そういう・・・下心はない。全然ないぞ。本当だからな! だからこれ以上変なこと考えんじゃねーぞ!」
レン「それだけだ!」
言い捨てるとレンはくるりと踵を返す。その動きに合わせて彼の身体が縮んでいって、一匹の黒猫の姿に戻った。
二股の尾を膨らませて隣の部屋へ行ってしまう。どうやら機嫌を損ねたらしい。やっぱり彼氏なんて考えは自意識過剰だったようだ。
「妖怪でも猫でも人でも構わないのに」
レンだから良いのに、という言葉は胸にしまった。
食卓を見れば温かな料理が私達を待ち受けている。早く機嫌を直してもらわないと冷めてしまいそうだ。
それを一番悲しむのが誰かは判っている。
猫じゃらしで許してもらえるだろうか。美味しそうな料理を眺めながら考えていると――不意に肩が重くなる。
レンが猫の姿で飛び乗ってきたのだ。
「お、俺様だって・・・」
「お前は他の人間より、特別な存在なんだよ」
耳元で囁かれるレンの声。
震えていたようにも思う。同時に力強い声色だったようにも思う。熱い吐息が耳に触れて、ふと呼吸を止めてしまう。
端的に言って驚いたのだ。
レン「恩を返す相手っつー意味だからな! 変な勘違いすんじゃねーぞ!」
肩から離れたレンが再び人の姿になる。顔が真っ赤で、こんなレンは見たことがない。
見たことがない表情を見れて嬉しさが込み上げてくる。
レン「なぁにニヤけてんだよ。クソッ。いいからとっととメシ食うぞメシ!」
二人揃って食卓につく。正面の彼はこちらを睨んでいる。それも良いのだ。照れ隠しだって判っているから。
両手を合わせてこっそり祈る。この時間が、彼との日々がもうしばらく続くようにと。祈りながら私は彼を見て、言った。
「いただきます」
うひょお、新感覚。BL感満載の動物物語! キュン+ゾクの宝石箱やぁ。
レンくんのまさかの正体にびっくりしました!異類との恋愛が好きな私は大歓喜でした!
狼狽えるレンくんの様子がとても可愛かったです!
素敵な作品、ありがとうございました!
正体が猫なのか人間なのか、あえて曖昧にして読み終えました。主人公をこうして慕い、ずっと近くで見守ってくれる存在だと考えるだけで嬉しいからです。