本好き店主と嫌われた少女(脚本)
〇古本屋
僕は、本が大好きだ
放っておくと埃をかぶり、色あせて汚くなってしまう
ハードカバーはかさばるし、文庫本もシリーズならばいくらでも増えていく
まるで手のかかる家族のようで愛おしい
〇本屋
だから、自然とそれが集まってくる本屋は僕の天職だ
富車(ふぐるま)(ありがとう、お爺ちゃん・・・あなたが本屋だったおかげで、僕は今日生きている)
富車(ふぐるま)「いらっしゃいま──」
富車(ふぐるま)「な、なんと・・・!」
陽日(ようひ)「え?」
富車(ふぐるま)「どうも、僕は店主の富車といいます!」
富車(ふぐるま)「もっと近くに行ってもいいですか? いいですよね? では失礼・・・」
陽日(ようひ)「え、いや、なに・・・!?」
近づいた矢先、近くの棚がぐらりと揺れた
富車(ふぐるま)「ぬわぁ!?」
陽日(ようひ)「・・・あの、大丈夫ですか?」
〇本屋
富車(ふぐるま)「いやぁ、先ほどは失礼しました」
富車(ふぐるま)「本の整頓までしてもらって、どうもありがとうございます!」
陽日(ようひ)「・・・気にしないでください。慣れてるので」
陽日(ようひ)「これ、本を売りたいんです 査定してもらえますか?」
富車(ふぐるま)「え? 売りに来たんですか?」
陽日(ようひ)「ええ・・・買取、やってないんですか?」
富車(ふぐるま)「いえいえ、やっておりますよ! とりあえず確認しますね・・・」
富車(ふぐるま)(日焼けもないし、ページの破損もなし、 どの本もまるで新品のようだ・・・)
富車(ふぐるま)「もしやあなた、そうとうな本好きではありませんか?」
陽日(ようひ)「・・・いえ、全然」
富車(ふぐるま)「いやでも・・・よっぽど手入れしていなければ、こうはなりませんよ?」
陽日(ようひ)「たまたまですから・・・」
陽日(ようひ)「──査定、どれぐらいになります? いくらでもいいから、引き取って欲しいんです」
富車(ふぐるま)「本当に、売ってしまうんですか?」
陽日(ようひ)「あの、買取が迷惑なんですか?」
富車(ふぐるま)「とんでもない! 新しい本が増えるのは大歓迎です!」
富車(ふぐるま)「ただそう・・・本があなたから離れたくないようなので・・・」
あまりに本が不憫なので、ぽろりと口からこぼれてしまう
陽日(ようひ)「本が・・・?」
富車(ふぐるま)「ああいや、お気になさらず・・・」
富車(ふぐるま)(しまったなぁ・・・頭がおかしいと思われる・・・)
陽日(ようひ)「あの、変な質問なんですが・・・」
陽日(ようひ)「富車さんは、本に意思があると思いますか?」
〇本屋
富車(ふぐるま)「──本が、あなたのことを嫌っている?」
陽日(ようひ)「昔から誰かと話してたり、別のことをしていると決まって本になにか起こるんです」
陽日(ようひ)「さっきみたいに本が落ちてきたり・・・そのせいで、気味悪がられたりもしました」
陽日(ようひ)「だからきっと本には意思があって、 私のことを嫌っているんじゃないかと思うんです・・・」
富車(ふぐるま)「本があなたを嫌うなんて、そんなことありませんよ」
陽日(ようひ)「・・・信じてもらえないなら、それでいいです」
富車(ふぐるま)「そうではなくて──」
富車(ふぐるま)「あなたは本に好かれてるんです!」
陽日(ようひ)「え?」
この誤解はよくない。本にも、彼女にも
富車(ふぐるま)「頭のおかしい男と思ってもらってかまいません」
富車(ふぐるま)「僕はね、本の声が聞こえるんです!」
〇黒背景
僕は、本が大好きだ
それが高じて、本の意思が聞き取れるようになった
〇本屋
富車(ふぐるま)「あなたが店に入った瞬間、店中の本が拍手喝采で出迎えるのを聞きました」
〇本屋
富車(ふぐるま)「ぬわぁ!?」
富車(ふぐるま)「あなたに声をかけると、近くの本が嫉妬して邪魔をしてきました」
〇本屋
富車(ふぐるま)「初対面の本にも好かれてしまう、天性の本たらしがあなたなんですよ!」
陽日(ようひ)「本たらしって・・・」
富車(ふぐるま)「それだけじゃありません」
富車(ふぐるま)「あなたの本はどれも、自分がいかに大事にされたかを語ってきます」
富車(ふぐるま)「だから驚いたんです」
富車(ふぐるま)「そんなに本を大事にする人が、まさか売りに来るなんて思いませんでしたから」
陽日(ようひ)「大事だなんて・・・」
富車(ふぐるま)「一冊一冊、タオルで拭ってやったりもするんでしょう?」
陽日(ようひ)「──どうして、それを?」
富車(ふぐるま)「どの本も自慢ばかりしてますから」
富車(ふぐるま)「・・・話してみませんか? ボク、本に関する話は、いくらでも聞けますよ」
〇女の子の一人部屋
陽日(ようひ)「子供のころから、本を読むだけじゃなくて集めるのも好きでした」
陽日(ようひ)「棚を用意して、ちゃんと手入れをしてやらないとすぐに汚れてしまう」
陽日(ようひ)「私にとって本は、手のかかる家族みたいなものだったから・・・」
〇本屋
陽日(ようひ)「けど、本が私のことを嫌ってるように思えて・・・私も次第につらくなって・・・」
陽日(ようひ)「捨てるよりはまた読んでもらえるように、店に引き取ってもらおうと思ったんです」
富車(ふぐるま)「やっぱり、好きなんですね。本のこと」
陽日(ようひ)「・・・あの、本当なんですか? 本が私のことを好いてるって話」
富車(ふぐるま)「ええ、本当ですとも! あなたの本はもちろん、この店の本も一目惚れですね」
富車(ふぐるま)「本当に羨ましいですよ・・・いつも手入れしてる僕じゃなくて、あなたへの嫉妬で落ちてくるなんて・・・なんなら僕が嫉妬に狂いそ」
陽日(ようひ)「ふ、富車さん?」
富車(ふぐるま)「おっと、すみません・・・僕も本が大好きでしてね・・・」
富車(ふぐるま)「まだ引き取ってほしいようなら、僕が責任をもってあなたの家族を幸せにしますよ」
陽日(ようひ)「・・・いえ、持って帰ることにします」
陽日(ようひ)「少し大変なこともありますけど、やっぱり好きですから」
富車(ふぐるま)「ええ、その方が本も喜びますよ」
〇本屋
陽日(ようひ)「今日はありがとうございました」
陽日(ようひ)「私、陽日っていいます また来てもいいですか? 今度は買いに来ますから」
富車(ふぐるま)「ええ、もちろんです! 陽日さんが来てくれるなら、うちの本もきっと喜びますよ」
陽日(ようひ)「・・・今度は急にぐいぐい来ないでくださいね? 怖かったので」
富車(ふぐるま)「ああ、すみません・・・あんまり本が騒ぐから気になってしまって・・・」
富車(ふぐるま)「彼らの言う通り、とてもきれいな人でしたから」
陽日(ようひ)「き、今日はこれで帰りますね! それでは、また──」
富車(ふぐるま)「え? 陽日さん!?」
それは嫉妬だったのか、それとも呆れだったのか、そばの棚がぐらりと揺れた
〇古本屋
富車(ふぐるま)「ぬわぁ!?」
本に意思があるという発想がとても素敵だなと思いました!
本によって巡り合った、本好きの二人がこれからどうなっていくのか……それを想像するだけで胸がキュンとします。
素敵な作品ありがとうございました。
「本たらし」って単語、独特の響きがあって好きです。素敵なお話でした!
本に好かれていたんですね。
いえ、「好かれてる」というよりは愛されてますよね。
彼の嫉妬してるところも楽しかったです。
本に意思ってやっぱりあるような気もするんですよ。