エピソード19 幽々舎復讐篇②(脚本)
〇森の中
神峰みのり「逃げ、なきゃ。早く、逃げ、なきゃ。やだ。こんなのやだ。聞いてない。たすけて。だれかたすけてよ」
神峰みのり「たすけて。だれかたすけてよ」
神峰みのり「うそ・・・いや・・・どうして・・・。たすけて、お兄ちゃん」
神峰みのり「たすけて、お兄ちゃん!」
〇森の中
由宇勇「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
山中を、俺は逃げていた。
何者かがすぐ後ろまで迫ってきている。
捕まれば、きっと殺されることだろう。
・・・鏡夜のように。
由宇勇「くそっ、くそっ、くそくそくそくそくそっ! なんだって俺がこんな目に!」
実のところ、追ってきているのが誰かなんて考えるまでもなくわかっている。
八代壬継だ。俺たちが死なせてしまった、神峰みのりの、実の兄の。
2年前の夏。俺たちは下請けとして映画の撮影に携わった。
事前に聞いた話では、重要なシーンであるにも関わらず、それを演じるの神峰みのりとかいう女は、演技の素人だということだった。
まともな演技は期待できない。だから、俺たちはサプライズを仕掛けることにした。
撮影のことを本人に知らせず、「本当の怪奇現象に巻き込まれた」と思い込ませることで嘘ではない迫真の反応を引き出そうとしたのだ。
由宇勇「くそっ、だいたい、俺たちは別に、あの小娘を殺したってわけじゃない! あれは事故だったんだ!」
目論見は、上手くいった。
神峰みのりは、俺たちの仕込みを本物だと思い込み、必死に逃げた。
みのりを追いかけ回すのは、朱人に特殊メイクを施された鏡也だった。
鏡夜の演技にはあまり期待していなかったのだが、いざやってみるとなにやらスイッチが入ったらしく、本物かくやという狂気をまき散らしていた。
こりゃ、完成すればホラー映画史上に残る名シーンになるぞ──そんな手ごたえすら感じていたものだ。
だが・・・このとき撮ったフィルムは、決して世に出ることはなかった。
必死に逃げていたみのりが足を滑らせ、崖下へと滑落してしまったのである。
俺も、鏡也も、当麻も、懸命にみのりを探した。だが、どこを探しても、みのりの遺体を見つけることはできなかった。
幸い、サプライズを仕掛けようとしたため、俺たちが現地入りしていることは誰も知らなかった。
だから、あたかも「今到着した」ふうを装い、「役者がいない」と捜索願いを出したのだ。
そして結局、警察も消防団も、みのりの遺体を発見できなかった。
由宇勇「そうだ・・・そうだとも」
由宇勇「あの小娘が勝手に足を滑らせ、勝手に死んだだけだ」
だというのに、そのことで俺たちを殺そうとするだなんて、逆恨みもいいところじゃないか。
由宇勇「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
限界だ。もう走れない。
こっちはとっくにヘロヘロだ。
それにも関わらず、迫りくる何者かは俺にまだ追いていなかった。
きっとわざとだ。わざと追いつかないようにして、俺がみじめに逃げ回る様を、見て愉しんでいるのだろう。
由宇勇「くそっ、なぶる気かよ・・・」
だとしたら、それで付き合ってやる必要はない。相手を俺を殺そうというのであれば、こっちだって相手を殺していいってことだ。
由宇勇「そうだ。殺せ。殺しちまえばいい」
近くに落ちていた太めの木の枝を拾い上げる。こいつで頭にガツンとくらわしてやればいい。
こいつで頭にガツンとくらわしてやればいい。
ガサガサガサガサ。
近づいてくる。
由宇勇「そうだ、こい。 姿を見せた瞬間、こいつで──」
由宇勇「え・・・」
そこにいたのは、壬継ではなかった。
なんで、死んだはずのこの小娘が?
・・・いや、そうか。こいつは仕込みのタレントだ。ただの他人の空似だ。
こいつも壬継の仲間だっていうなら、ぶちのめせば──
〇黒
『また、私を殺すの?』
〇森の中
そういう小娘の姿は──ああ、畜生、確かに死んでいた。
肉が腐り落ち、骨が見えていた。
傷口に、じくじくと蛆が蠢いている。
由宇勇「やめろ・・・来るな」
女が一歩、また一歩近づいてくる。
鼻孔を刺す、すさまじい臭気をまといながら。
由宇勇「やめろおおおおおおおおっ!」
〇古めかしい和室
当麻朱人「へえ、いいね」
目の前に、筑紫鏡也の死体があった。
そう、死体。本物だ。
当麻朱人「やっぱり、本物は美しいね。 ついさっきまであったはずの命がなくなった」
当麻朱人「たったそれだけなのに、ただの肉塊が芸術品になるんだから不思議だよね」
ああ、そうだ。せっかくこんなに美しいものがあるんだから、形に残さないと。
そう、あのときのように。
〇山中の坂道
2年前の夏。僕は滑落した神峰みのりの遺体をたまたま見つけることができた。
それはとっても美しくて・・・つい、独り占めにしたくなった。
由宇さんや鏡也くんとも、分かち合いたくなかった。
だから二人には遺体を見つけたことを黙っていた。そして、ロケの車に積んであった印象材で、型を取った。
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