黒猫亭の天然さん

六月一日

黒猫亭の天然さん(脚本)

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〇リサイクルショップ(看板文字無し)
  ──古書喫茶『黒猫亭』
  店主の好みの古書と、作品に関連した雑貨を揃えたレトロ喫茶。

〇リサイクルショップの中
  落ち着いた雰囲気の店内に馴染むこの男こそ
  店の主人、戸塚雅春だ。
  一年前からこの店でバイトをしている自分のボスでもある。
戸塚雅春「おつかれさま。少し休憩にしようか」
  本の整理をしていると、店長が声をかけてきた。
戸塚雅春「新メニューの試作ができたんだ。感想をきかせてくれるかな?」
  そう言われてカウンター席に移動する。
戸塚雅春「旬の桃を使った冷製パスタ。 これから夏に向けていいかなって」
  店長が作る食事やスイーツはどれも絶品だ。
  この風変わりな店が続く一番の理由である。
「熟しきる前の桃がオリーブオイルと塩味に合ってとてもおいしいですが・・・」
戸塚雅春「あれ、あまり好みじゃなかった? それとも何か足りないかな」
「いえ、そうじゃなくて──」
  料理上手で物腰柔らかなイケメン店長だが、一つだけ困ったことがあった。
「店長、旬のフルーツを使ったスイーツを作るっていってませんでした?」
戸塚雅春「そうだ!うわ〜ついお昼時だから桃のパスタ作ろうと思っちゃって・・・」
  この男、ド天然なのだ。
戸塚雅春「ごめんごめん!ありがとう〜そうだった!」
戸塚雅春「これを食べたら午後からはスイーツの試作品を作ろうと思うんだけど、本の整理は任せちゃって大丈夫だったかな?」
「大丈夫ですよ、あともう少しなので」
戸塚雅春「助かるよ、ありがとう」
戸塚雅春「それじゃあ、午後からもよろしくね」
「了解です」
戸塚雅春「キッチンにいるから本棚とどかない場所があったら言ってね。じゃあお願いします!」

〇リサイクルショップの中
「・・・よし、と」
  本棚に収める最後の一冊を手にとり、目を留めた。
  数年前に読んだことのある短編集だったなと、そのままぱらぱらとページをめくる。
  それは上等な揃いの銀盃を持ち同じことを良しとする少女たちと、
  黒い地味な盃を持って少女たちの前で堂々と水を飲む、人と違うことに誇りを持った芯のある少女の話だった。
戸塚雅春「森鴎外?」
「──!!」
  急に耳元で声がして、後ろから肩越しに店長が覗き込んできた。
  しっとりとした声と近すぎる距離にどきりとする。
戸塚雅春「僕も鴎外の最初は短編を読んだよ。 美しいけれど、中学の頃には難しくてね」
戸塚雅春「見慣れない漢字もままあって、聞いたこともない外来語もよくでてくるし・・・ほらこれとか──」
  そう言って後ろから抱え込む体勢で、こちらが持っている本の文字列に指を添えなぞる。
戸塚雅春「コンサントリックなんて言葉きいたこともなかったし、同心円状と書いてくれたほうがわかりやすいのにね」
「ちょ、あの、店長・・・」
戸塚雅春「うん?」
「ちょっと、近いです」
戸塚雅春「あはは!急にびっくりしたね、ごめんごめん」
  店長はたまにこういったことがある。
  この一年で嫌というほど理解した。
  イケメンで料理ができてド天然の3連コンボは正直勘弁してほしい、惚れてしまう。
「そうやって人を翻弄するのほんとにやめてくださいよ」
戸塚雅春「そんなに驚かせるつもりじゃなかったんだけどな〜」
戸塚雅春「あ、そうそう!」
  そう言うと店長は店の奥から小さな箱を二つ持ってきた。
戸塚雅春「注文していた商品がちょうど入荷してね。 ほら、さっきの作品に出てくる銀の盃と黒い盃」
戸塚雅春「どちらも有田焼なんだけれどね、僕のイメージだと銀の盃もマットな質感がいいなと思って」
戸塚雅春「銀彩ていうんだけれど・・・触ってみる?」
  頷いてこちらが手を出すと、店長が銀盃を渡してくれた。
  斑な模様が美しく、思わず見入ってしまう。
「降り初めの雪みたいで綺麗ですね」
戸塚雅春「・・・・・・」
戸塚雅春「君は本当に、たまに文学的なことを言うね」
戸塚雅春「降り初めの雪か・・・素敵な表現だなぁ」
  そう言ってこちらの手ごと銀盃を包み込んで、店長の顔の前まで持ち上げられる。
戸塚雅春「まるで物語のワンシーンを見ているみたいだね」
戸塚雅春「君の場合は手に持つ盃の色が違うだろうけれど」
  ──カランカラン
  店長の言動に驚いて硬直していると、来客を知らせるドアベルの音がした。

〇リサイクルショップの中
黒田「黒田堂でーす」
戸塚雅春「クロ!いらっしゃい」
黒田「前に探してた初版本手に入ったからもってきた」
戸塚雅春「手に入ったの!?」
戸塚雅春「ありがとう〜!」
  入ってきたのは店長の幼馴染の黒田さんだった。
  近所の古書店の三代目で、よく店長の探す古本を持ってきてくれる。
  おかげで硬直状態を打破できたのでありがたい登場だ。
黒田「よっ元気か?」
  黒田さんの言葉には、動揺のため激しく頷くことしかできなかった。
黒田「元気ならなによりだな」
戸塚雅春「そうだ!」
戸塚雅春「試作の紅茶と桃のタルトができたんだ。 クロも一緒に皆んなで食べない?」
黒田「美味そうだ」
「じゃ、じゃあ、飲み物用意しますね! 牛乳きらしてたので買ってきます!」
戸塚雅春「そんなに急がなくても──」
「いえ、牛乳は代えが利きませんから」
  多少強引な逃げ口上を残し急いで店を後にした。
  これだからド天然は困る。

〇リサイクルショップの中
戸塚雅春「・・・・・・ふふ、牛乳は代えが利かないって・・・!」
戸塚雅春「その通りだけど・・・おもしろいなぁ」
黒田「おまえなぁ・・・」
戸塚雅春「あのこは本当に言葉選びが面白いよ」
戸塚雅春「かわいかったなぁ」
黒田「さっきだって俺が入ってこなかったらどうするつもりだったんだよ」
戸塚雅春「本当にクロ邪魔だったね」
黒田「お前がいかに腹黒い猫かぶりかあの子に教えてやりたいわ」
戸塚雅春「一年かけてここまできたんだから、馬に蹴られたくなければ邪魔はしないでね」
黒田「はいはい」
黒田(とんでもないのに気に入られたな)

コメント

  • 甘い香りに包まれかけた最後、背中に冷たい水1滴を垂らされた様な感じがに引き込まれました。

  • え? ホラー? 一刀両断、こんな風にしたかったんですよねぇ。勉強になります。

  • 文学的表現が全体に散りばめられていて、会話の内容が非常にお洒落だと感じました!店長が虎視眈々と狙っている部分も、いいなと思いました!
    素敵な作品ありがとうございます!

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