僕は胸キュンができない。

敵当人間

読切(脚本)

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〇桜並木
男「・・・」
男「────ッ!!」
男「好きだッ!!」
「・・・」
男「引いたか?」
「まさか・・・」
「私も好きだよ」
男「良かった」
男「改めて、よろしくな!」

〇学校の部室
てつお「うぇえええぇぇえい!!!!!」
てつお「むずい!」
  俺はスマートフォンを机に放り投げた。
てつお「運営さん、難過ぎるよ!!」
  俺がそう言って頭を抱えていると、親友の透が苦笑いして見せた。
透「てつくん、アセクシャルって言ってたもんね」
てつお「そうなんだよ、ジェンダーレスなんだよ!」
透「じ、ジェンダーレスは、また別の意味になっちゃうけど、」
てつお「んな話は良いんだよ!」
てつお「とりあえず、きゅんきゅんが分かんねえから、Wikipediaで調べたらさ、益々訳分かんなくなってさ!」
透「僕もそう思う・・・」
透「こういう時、玉置先輩ならどんな話にしたんだろうね?」
  申し遅れたが、俺たちは文芸部だ。
  部員たちは各々で好きなサイトに登録し、小説を投稿している。
  玉置先輩は先月卒業してしまった部活の先輩で、数々の賞も受賞していた。
  小説家としてデビューすると思いきや、将来が不安だからと大学進学を優先したリアリズムな人だ。
透「先輩モテたし、さぞかしキュンとする話、沢山書けるんだろうなぁ・・・」
てつお「だな」
てつお「先輩にアドバイス貰いてー」
  実は俺たちはこの4月から3年生で、後輩たちを文化祭まで引っ張らなければならなかった。
  玉置先輩と同じ歳になるのに、足下にも及ばない。
  俺たちはお互いに深くため息をついた。
  突然、部室の扉が音を立てて開いた。
玉置「よーぉ、お前らー」
「先輩!!」
透「大学はどうしたんですか!?」
玉置「もー、ことごとくオンライン」
玉置「すんげー退屈で遊びにきちゃった」
てつお「ちょうど良かった!! 俺、煮詰まってたんですよ!!」
玉置「オッケー、見せてみな」
  俺は不安と期待を入り交ぜて、先輩へ携帯を渡す。
  だが、先輩は読んでいく内に表情を失くした。
玉置「ハッキリ言っていい?」
てつお「は、はい」
玉置「これ、少女漫画の二番煎じ?」
  胸を突き刺されたような感覚に陥った。
  本当に、その通りだった。
  ドラマや漫画で、俗に言えばこういう展開が”きゅん”だろう・・・
  そんな惰性で書いた作品に違いなかった。
玉置「てつはさぁ」
玉置「アセクシャルって奴なんでしょ?」
てつお「・・・はい、多分」
玉置「ていうことはキスはおろか、それ以上なんて以ての外だわな」
玉置「だからダメだとかそう言うんじゃなくて、やったことがないことを無理矢理文章にしたところで」
玉置「どう足掻いたってボロが出るって話」
玉置「つか、今どき直接会って告白なんて絶滅危惧種だろ」
玉置「せいぜい電話が関の山だと思うぞ」
てつお「ですよね・・・ でも、コンテストには応募したいんです」
  俺がそう言うと、ようやく先輩は笑顔を取り戻した。
玉置「大丈夫、ドキドキは疑似体験が出来ないが、胸キュンの疑似体験なら出来るさ」
透「先輩、僕、逆だと思うんですけど・・・」
玉置「まさか!ドキドキは好きな相手が居ないと成立しないぞー」
玉置「でも、胸キュンなら、好きな物があったら体験出来る」
玉置「例えば、腹が減って仕方がない時に、自分の好きな食べ物を誰かにプレゼントしてもらうと」
玉置「貰えて嬉しい、ずっと口元が恋しかった、手に入る度に幸せ、そんな感覚だろ?」
玉置「でも、好きな食べ物を見た瞬間に鼓動が鳴り止まないっていう人は少ないんじゃないか?」
玉置「ドキドキは、相手が近づけば近づくほど、マトモな思考が出来なくなるんだ」
玉置「でも、胸キュンは、一度体験した感覚を思い起こすだけだから、割と冷静に対処出来る」
透「きっと、運営の人はそんなつもりじゃないと思いますよ?」
玉置「まー、そーだ!あくまで個人の意見だしな!!」
  俺は、先輩の言ってることが分かるようで分からずため息をついた。
てつお「じゃあ、ドキドキと胸キュンの区別が付かない俺は投稿を諦めようかな」
玉置「男が女をきゅんとさせなきゃいけない訳じゃないだろ?」
玉置「まだまだ締め切りは先なんだし、諦めんなよ」
  そう言って先輩は、俺に携帯を渡してきた。
てつお「先輩、携帯からいい匂いがするんですけど・・・」
玉置「あ、わり!ハンドクリームが付いたかも・・・」
てつお「女子ですか、先輩!!」
玉置「彼女とお揃いなんだよー」
  気が付けば、透はその場を離れていた。

〇桜並木
男「あーぁ」
男「気付いてねーのな」
  桜が満開の中、アイツの残り香が鼻腔を擽る。
男「季節外れなんだよ」
  その匂いはいつも物悲しい秋を連想させて、
男「”俺”といる時より、いつも楽しそうでさ」
男「でも無駄に期待させるようなこと言って」
男「嫌いだわ・・・」
  居もしないアイツに向かって俺は言う。
  桜が散るように、俺の想いも散らばれば良いのに。
男「頼むから気付くなよ」
  そうすれば拾い集めなくても良いのに。
男「察しの良いアンタが気付かない訳ねーか」
男「ならせめて見逃してくれよ」
男「二度と関わったりしないからさ」
  拾い集めない、
  そう誓ったはずなのに、
  俺の指先は花びらへと伸びていく。
  運良く掴めれば、願いごとが叶うんだっけ?
  だとしたら・・・
男「早く秋になるように祈るよ」
男「そうすれば、”俺”は寂しくないから」

コメント

  • 胸キュンの定義を考えたことがなかったですが、説明を読むと「もののあはれ」に似ている気がしました。視野を広げていればもっと色んな胸キュンを探せたように思えて個人的に悔しいです。
    テーマへの回答の角度が鋭くて(社会としては鋭くちゃいけないのかもしれない)おもしろかったのと、お話としても明かさない切なさがあって印象的でした。

  • アセクシャル? あとでwikiるとして、かっけぇす。とにかくハードボイルド的セリフの連打にふらふらだんす。追伸、友達はいすこへ

  • 胸キュンの定義って確かに色々ありますよね。とても色々考えさせられる作品でした!所々共感できる部分もあり、心に響きました。とても素敵な作品、ありがとうございます!

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