〇街中の道路
？？？「おや、八代くんではありませんか」
　　久しぶりの休日。
　　とくにすることもなく街をぶらついていると、声を掛けられた。
八代壬継「あ・・・如月さん」
　　如月。今の幽々舎にとって一番大事なクライアントがそこにいた。
如月「お願いしていた件、ひと段落ついたそうですね。由宇さんから連絡がありました」
八代壬継「はい。動画の編集にはまだ時間がかかるみたいですけど」
八代壬継「自分はその辺のこと手伝えないんで、しばらく休みでいいそうです」
如月「そうですか。ではもしお暇であれば、コーヒーでもどうですか？」

〇レトロ喫茶
　　あまり気乗りはしなかったが、クライアント様の誘いを断るわけにもいかない。
　　誘われるまま、コーヒーに付き合うこととなった。
如月「どうです。 幽々舎の仕事にも慣れてきましたか？」
八代壬継「ええ、まあ、なんとか。 最初は戸惑いましたけどね」
　　なにせ、「見ず知らずの人間を徹底的に調べあげ、あらゆる手を尽くして、一番効果的なホラー体験を仕掛ける」のだ。
　　こんな特殊な仕事に戸惑うなと言う方が無理な話である。
八代壬継「前から知りたいと思ってたんですけど、如月さんはどうしてこんなことを幽々舎に依頼しているんですか？」
八代壬継「こう言っちゃなんですけど、かなりお金かかってますよね？」
　　当然だがホラーを仕掛けるといっても、タダで行えるわけではない。
　　人件費はかかるし、美術や機材などにも惜しみなく予算をつぎ込んでいる。
　　そしてそれらはすべて、如月からの報酬で賄われているのだ。
　　それだけの費用を払いながら、如月が得られるのは「ターゲットにホラー体験をさせた映像」だけ。
　　普通に考えれば、割に合うとは思えない。
如月「さて。どうしてだと思います？」
八代壬継「・・・華さんは『復讐の代行』なんじゃないかって言ってました」
　　如月が指定してくるターゲットは、『誰かを死に追いやっておきながら、社会的な制裁から逃れている、ろくでもない人物』ばかりだった。
　　やりきれない遺族が私的な制裁を望み、それを如月が果たしてやっているのではないか──そう華さんは考えたようだ。
八代壬継「でも、自分にはそうは思えないんです。 手計莉子さんのご遺族は、そうじゃなかったから」
　　手計莉子の遺族は、莉子さんの死に久里嶋が関わっていたことを知らなかった。となれば、久里嶋への復讐を依頼するとは思えない。
如月「そうです。ご遺族の無念を晴らそうとやっているわけではありません」
如月「私はね・・・ホラーが好きなんですよ」
八代壬継「はい？」
　　好きだからやらせているという、ただの道楽だとでもいうのか？
如月「幽霊、怨念、バケモノ・・・まあ『この世に非ざるもの』たちというのは、その多くがこの世に強い執着を持っていましてね」
如月「いつだって『この世に出たい』と思っている。だから私は、そのお手伝いをしてあげているわけです」
八代壬継「でも、全部作りモノですよ？」
　　まさか、幽々舎が仕込んだホラー現象の数々を「本当に起こったもの」だと信じているわけではあるまい。
如月「おや、本当に全部作りモノだと思いましたか？」
如月「八代くんは、作りモノではない『なにか』の気配を、感じませんでしたか？」
八代壬継「それは・・・」
　　この間、俺だけが聞いたらしき言葉。
　　それはもしかしたら、本当に莉子さんのものだったのかもしれない。
　　・・・バカな。
　　霊なんてものが、存在するとでも？
　　もしそうなら、如月が俺に送ってきた動画に入っていた少女の声も、本当にあいつの──
如月「なんてね」
八代壬継「え？」
如月「そうであればいいなと思っている。 ただそれだけのことなのですよ」
如月「それに、私は単純に由宇さんたちのファンなんです」
如月「彼らは本当にすばらしい『業の産物』を生み出してくれますから」
八代壬継「はあ、そうですか・・・」
　　まあ確かに、由宇さんたちは予算を度外視して作品のクオリティを追及する。
　　それに熱心なファンがつくというのもあり得る話ではある。
如月「そうそう。また次の依頼を幽々舎さんには頼もうと思っていましてね」
八代壬継「あ、そうなんですか。 由宇さんたち、喜ぶと思いますよ」
如月「ええ、楽しみにしていてください。 今度のターゲットは、きっと八代くんも気に入ると思いますから」