迷路に入ったら…見つからない(脚本)
〇渋谷のスクランブル交差点
愛菜(まな)は、夕刻を過ぎた渋谷を歩いていた。そこから、ふと花屋が見えた。
三千里薬局の隣の小さな花屋。
〇お花屋さん
愛菜(まな)は、綺麗に整理された花屋をふと見つめた。
震える肩が、見えた。
愛菜より少し若い、20歳くらいの女の子だ。
〇お花屋さん
「うまくいかなくて――」
と言う小さな声が聞こえた。
愛菜(まな)は、花屋の奥を見た。
女の子以外に誰も客がいない。
〇お花屋さん
「ここに来られたらすっきりするって聞いたので」
女の子が言った。
店員らしい女性が、優しく聞いた。
〇お花屋さん
「ここに来られたのは良かったです、どうしたんですか」
女性が聞いた。
「ずっと習っていたピアノがうまくいかなくて」
〇お花屋さん
「練習すればうまくいっていたんですが――最近周りの人において行かれるように思えて」
暗い声がした。
〇渋谷のスクランブル交差点
愛菜は、花屋の入り口にたたずんだ。
雨宿りだから良いんだと、言い訳をして。
女の子が気になるわけじゃない。
〇お花屋さん
女の子は、「自信が持てないんです、仕事の疲れを癒やすためのピアノなのに」と言った。
店員は、女の子に向き合った。
〇お花屋さん
「同じように進んでいたのにある日、自分だけができないように思えてくるんです」
女の子が、震えて呟いた。
〇豪華な客間
「仕事に追われても帰りにピアノを弾きに教室に行くと楽しかったんです」
女の子が、店員に話しながら花を見回した。
〇綺麗なダイニング
「帰ってからも料理をしながらもピアノ曲を口ずさんだり」
うっとりと、女の子は話した。
そこで溜息を吐いた。
〇散らかった職員室
仕事で理不尽なことがあっても、帰ってピアノを弾けば心が晴れたし現実逃避できたんです、と女の子は言った。
仕事で理不尽なことがあっても、ピアノを弾きにいけば、すっきりできたし股明日も頑張れるって思ったんです、と女の子は言った。
〇豪華な客間
夏の暑い日も、欠かさず練習したし、少しずつできるようになると気持ちが明るくなった。
「それなのに」と女の子が言った。
〇女の子の一人部屋
だけど、秋になって冬になって、段々周りの子のほうがうまくなっているように思えました、と続けた。
女の子は小さな花を見た。
自信がなくなってきて、楽譜を見ることも嫌になってしまったんですと女の子は言った。
「それでここの話を聞きました」
周りの方がうまく見えて、帰ったら寝るだけの生活になりましたと女の子は言った。
「それで、ここの話を聞きました」
〇豪華な客間
ん??と、愛菜(まな)は耳をそばだてた。
「ここに来たら自信持てるって」
女の子は、店員らしい女性をそう言って見上げた。
〇渋谷のスクランブル交差点
愛菜(まな)は、そっと陰に姿を隠して聴き入った。
店員らしい女性は笑いかけた。
「ピアノ好きなんでしょう」
〇お花屋さん
「全部、気持ち言ってください。他の人が羨ましい都下、そう言う気持ちも」
「えっ」
女の子は顔を上げた。
〇お花屋さん
愛菜(まな)が、女の子と同時に息を呑んだ。
「全部話して良いんですよ、ここの話聞いてきたのでしょう」
〇お花屋さん
ここの話?と愛菜は声を立てそうになった。
「はい――。他の子が羨ましかったです」
でも羨んでも自分がうまくなれなくて。
〇渋谷のスクランブル交差点
外は雨が激しくなった。
「このお花をあげます。
このお店は無料です」
店員らしい女性が、花を数本手渡した。
〇お花屋さん
「花――?お花屋さんだからですか」
女の子は聞いた。
「憂鬱を吸い取る花があるんです。この店は」
女性が言った。
〇お花屋さん
「ありがとうございます」
女の子は小さく言った。
「香りを吸ってみて」
女性が言った。
すうと、女の子は香りを吸った。
〇渋谷のスクランブル交差点
数秒して、女の子は笑った。
「なんだか靄が晴れたみたいです」
「そうでしょう」
くす、っと女性が笑った。
〇お花屋さん
女の子が笑い、思わず愛菜も笑った。
女の子は店を出た。
雨が止んでいた。
〇渋谷のスクランブル交差点
はっと、愛菜は花屋の方を見つめた。
女の子が店を出て、そうしたら、花屋が消えていた。
跡形もなく。
〇渋谷のスクランブル交差点
女の子と愛菜(まな)がすれ違った。
女の子は小さな花を抱えていた。笑いながら。
愛菜も、すれ違った瞬間に笑った。
憂鬱を吸い取る花、本当に実在しているような気になりますね。自身でも疲れているときにお花屋さんに吸い込まれるように入ってしまうことがありますから。いろんな花に負の感情を吸い取ってもらったり、パワーを貰っている気分になります。
花の香りで人生が豊かになるような、そんな力もあるんだよって伝わってきました。
ピアノ然り、色々なことで悩んだ時に一つの手として香りを楽しんでみようかなと思いました。
読みながら、私も第三者の立場から聞き耳を立てているようでした。女性にとって、やはり花を受け取るという行為は嬉しいもので、些細な感傷を癒してくれる賜物ですね。