第玖拾玖話 悩み相談 急(脚本)
〇学校の裏門
姫野晃大「くそっ、手加減されてこれかよ・・・」
剣を構える晃大は肩で息をしながら目の前の相手を睨みつける。
魔族「手加減なぞしてはおらん」
魔族「先程も言ったが、この擬態のおかげで力を出しきれぬだけだよ」
リーダー格の男が晃大に向けて構える。
橘一哉「コウちゃん、悪いけどそっちは任せる」
姫野晃大「んな!?」
橘一哉「こっちもこっちで手一杯だわ」
気楽そうな口調とは裏腹に、一哉は四人の魔族に囲まれていた。
姫野晃大(ババ引いたかなぁ・・・)
晃大はリーダー格の男と一対一。
しかし、リーダー格ということは、実力も頭一つ抜けているだろう。
その証拠に、一哉は四対一で拮抗。
対して晃大は、僅かに劣勢。
姫野晃大(瑠美がいなくなった途端にこれかぁ・・・)
『背中は任せる』。
一哉に言われた矢先にこれである。
あっという間に二人は分断されてしまっていた。
〇応接スペース
野上「この際、思い切ったことをしてみてはどうですか?」
穂村瑠美「思い切ったことを?」
野上「そうです」
自分の言葉を反芻して怪訝な顔をする少女に、野上は頷いた。
野上「あなたは思慮深く温厚な人柄と見受けられます」
野上「周りのことを思いやれる、良い資質をお持ちだ」
野上「しかし、」
穂村瑠美「しかし?」
野上は僅かに間を置き、
野上「その貴方の優しさに、周りも無意識のうちに甘えてしまっているかも知れない」
穂村瑠美「甘え、ですか」
野上「そうです」
野上は首を縦に振る。
野上「これくらいなら、あなたが機嫌を損ねることはないだろう」
野上「そう判断して、自分の好きなように振る舞っているかもしれない」
野上「単刀直入に言いましょう」
野上「たまには、喧嘩してみたら如何です?」
穂村瑠美「喧嘩!?」
野上「そう、喧嘩です」
野上「とはいっても、ひどく深刻な対立をするものではありませんよ?」
野上「貴方が普段抱えている不満や不安、それを仲間にぶつける」
野上「本心をきちんと伝える、ということです」
野上「当然、仲間たちも驚くでしょう」
野上「場合によっては、嫌な顔をするかも知れない」
野上「ですが、それを気にすることはありません」
野上「それで離れてしまうようなら、所詮その程度の関係性だったというまでの話」
野上「むしろ、雨降って地固まる、という事になると思いますよ」
穂村瑠美「・・・」
〇センター街
辰宮玲奈「ねえ頼ちゃん」
梶間頼子「なに?」
辰宮玲奈「瑠美ちゃん、大丈夫かな」
梶間頼子「なんで?」
辰宮玲奈「今日の瑠美ちゃん、ちょっとおかしかったもん」
梶間頼子「確かに、そうだね」
親友の言葉に頼子は頷く。
梶間頼子(瑠美の感情、確かに乱れがあった)
頼子が感じ取った脳内の電流の乱れ。
思考や感情の波長に乱れがあった。
が、それを口にすることはできない。
常日頃から親しい人間を観測しているなどと言ってしまえば、不信感を抱かれる。
そんな事で仲間内の結束にヒビを入れる訳にはいかない。
梶間頼子「それにしても、よく気づいたね、玲奈」
感心すべきは玲奈の観察眼だ。
頼子のように龍の力を使って相手の変化を読み取っているわけではない。
ごく普通に、相手に微妙な変化を読み取っている。
辰宮玲奈(なんだか、『風』がおかしかったんだよね・・・)
正に雰囲気と言うべきか。
二人と話している瑠美の態度や声音が、普段と微妙に違っていた。
辰宮玲奈「明日会ったら、何かあったのか聞いてみようか」
梶間頼子「そうだね」
自分たちは普通の高校生ではない。
龍をその身に宿して戦う龍使い。
この世にたった八人の、かけがえの無い仲間なのだ。
辰宮玲奈「できることは、何でもしないとね」
〇住宅街
穂村瑠美「喧嘩、かぁ・・・」
帰り道、野上に提示された助言を瑠美は思い出していた。
〇応接スペース
野上「これは私の持論なんですがね、」
前置きをして野上は話し始めた。
野上「最近の社会は、争いに対するアレルギーが強すぎると思うのです」
野上「何があろうと、相手を傷つけるようなことはあってはならない」
野上「それはそれで良いのですが、攻撃行為に対して余りにも過敏すぎる」
野上「人間には感情があります」
野上「感情に従うことは、人として正しい在り方です」
野上「己の内から湧き上がるものを強制的に押さえつける」
野上「それはストレスとなり、ひどい時には精神を病んでしまう」
野上「一回一回は大した事は無かったとしても、それが重なれば人の心は変調をきたします」
野上「そうして本来の自分を見失い、悩みを抱えてしまう人を私は何度も見てきました」
野上「喧嘩は悪ではないのです」
野上「ぶつかり合うことで加減を知り、互いを知る」
野上「喧嘩とは、相互理解の為の直接経験たりうる有益な行為なのです」
〇住宅街
穂村瑠美「ああいう考え方もあるんだなぁ・・・」
喧嘩とは、互いを傷つけ合う悪しき行為。
親からも、教師からも、喧嘩を悪と教え込まれてきた。
だがそれは、『相手を傷つける』という点にばかり着目しているからなのだろう。
穂村瑠美(大事なのは、その理由か・・・)
穂村瑠美「・・・よし」
意を決したように、瑠美は小さく呟いた。


